無理のない場所に人は集い、場所は育っていく/東吾妻町原町「朝陽堂」
どんなにインターネットが浸透しても、その場に行かないと成立しないことは多々ある。ポストコロナとなりつつある2023年のゴールデンウィークは人の外出も賑わいがあり、マスクを外す人も多くなってきた。その場に行かないと見られない景色、食べられないもの、会えない人。画面上の情報では行き届かない対象には「本」も含まれる。装丁、重さ、紙の手触り、古本はそれに所有者の痕跡も重なる。大人数で賑わうという感じではないが、良い感じで賑わっていた「朝陽堂」の一箱古本市に足を運んだ。
僕が住む中之条町から吾妻川を渡り東吾妻町に入る。ベイシアやAコープで賑わうバイパスに平行する裏道が実は、江戸時代初期に出浦昌相が町割りをした時からのこの町のメインストリートだった。その通りのガソリンスタンドの隣に、古本と雑貨の店「朝陽堂」はある。築はなんと245年。ブルーノ・タウトも訪れたという以前の本屋は数年前までは閉じていたが、今のご夫婦がリノベーションを行い、ギャラリーとしても使われる素敵な建物になった。
一箱の本を持ち寄って販売する古本市の売り主には、知り合いも数人参加しており、ここに良く出入りしているおじさんもいれば、小説家、俳人、デザイナーらしき人、ガチな本好き、ガチな猫好き、みなさん個性的な人ばかりであった。僕は人に自慢できるような「積ん読派」なのだが、いい本ばかりで安いことを良いことに「世界はうつくしいと(長田弘)」「映画千夜一夜(淀川長治/蓮見重彦/山田宏一)」「向田邦子ベストエッセイ」「猫ばっか(佐野洋子)」「海をあげる(上間陽子)」「最後の伝言(小原玲)」など17冊を購入。ほくほくした気持ちになった(買って満足積ん読派)。
「猫ばっか」を売っていた方は猫の本を多数扱っていた。佐野さんの代表作である「100万回生きたねこ」がとても好きで、あの猫のぬいぐるみを持っているという。「死んだら棺桶に入れてほしいと思ってるの」と言われ、返事に困ったが、今もかわいい猫に囲まれているそうなので、まだまだお元気であるように思う。「最後の伝言」の小原さんは前橋ゆかりの写真家で、愛くるしいアザラシの写真と共にその存在は知っていたが、写真をきちんと見たことはなかった。この写真集は、60歳で亡くなった小原さんの同級生が資金集めなどをしてできた本だという。書店にあれば買うまではしなかったと思うが、一箱店主の「私はこの本で小原さんを知ったので、私の家に置いておくのではなく、本を渡すことで次の方に小原さんとその写真を知ってほしいと思っています」という言葉にグッときて譲り受けた。
僕が中学生の頃、長い閉店&リニューアル前の「朝陽堂」はまだ営業をしていて、土間の本屋だったことを強く覚えている。リニューアル後のこの場所は、店主の山口純音さんの温和な人柄と、古くて力強い建物の存在感が人を惹き付け、読書会や句会や写真展、アートや工芸品の展示などが行われる場所となっている。つまりは「無理なく、この場所やこの場所が好きな人たちの身の丈に合った、柔らかな浸透」をしてきた場所なのだ。ポストコロナにより群馬県内にも新しくてお金がかかっていて大きな場所がぽんぽんと立っているけれど、本来「場所が育つ」とは、こういうことなのだと思う。