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声は誰のもの?著作権・著作隣接権・パブリシティ権で考える声の保護
こんにちは、弁理士の岡崎と申します。
この記事は 「知財系 もっと Advent Calendar 2024」12/20のエントリーです。Miyaさんからバトンをいただきました!
声の権利とは?
みなさんは、AI音声が無断で利用されたというニュースを耳にしたことはありませんか?
声優や歌手の方々の声が、広告やキャラクターの声として使用される場面は、私たちの日常にも少なからず存在します。声は身近で親しみのあるものですが、それが法的にはどのように扱われているか、普段はあまり意識されていないのではないでしょうか。
近年、AI技術の進化に伴い、声の利用に関する法的問題が大きな注目を集めています。たとえば、俳優のスカーレット・ヨハンソンさんが、自身の声に酷似したAI音声が無断で使用されたとして抗議した事例は、声の権利を巡る議論を改めて浮き彫りにしたと思います。
今回は、声にまつわる法的な権利について、著作権、著作隣接権、パブリシティ権、そして人格権の観点から掘り下げていきます。声がどのように保護され、どこに課題があるのか。一緒に考えてみましょう。
声の著作権性とは
結論から言えば、現行法の解釈では、声そのものに著作権は認められません。しかし、声を使った表現が創作性を持つ場合、その表現自体が著作物として著作権の保護を受けることがあります。
例えば、歌手が歌う楽曲や、声優が吹き込むセリフの表現には著作権が発生します。これらは音楽の著作物や言語の著作物に該当するからです。一方で、普通の会話や日常の話し声には創作性がないため、著作権の対象にはなりません。
ここで重要なのは、声そのものが著作権の保護対象ではないという点です。声が保護されるのは、それが創作性を伴う表現行為に結びついている場合に限られます。言い換えれば、著作権が守るのは声そのものではなく、その声を通じて表現された内容です。声は、あくまで表現物を構築するための素材にすぎず、創作性が認められる表現がなければ著作権の対象外とみなされます。
著作隣接権と声
著作隣接権は、著作物を伝達する行為に対して与えられる権利です。たとえば、歌手がライブで歌う行為や俳優が舞台で演じる行為などに適用されます。この権利は、著作物を補完する形で認められるものであり、声そのものを保護するための権利ではありません。
では、声優の声を素材として使い、新しいキャラクターの声を作る場合はどうでしょうか?
このようなケースでは、著作隣接権が適用されない可能性があります。たとえば、藤田咲さんの声を元に作られた初音ミクの音声データは、声の質を素材として利用していますが、これ自体は著作隣接権の保護範囲外と考えられます。これは、著作隣接権が「伝達行為」を前提としているためであり、声そのものを守ることは想定されていないからです。
声とパブリシティ権
パブリシティ権は、有名人の氏名や肖像が持つ顧客吸引力を保護する権利です。声優や歌手のように、声そのものに顧客吸引力が認められる場合、この権利が適用される可能性があります。私自身も、声に対するパブリシティ権の適用が十分に考えられると考えています。
しかし、現時点では声に関するパブリシティ権の裁判例は非常に少なく、その適用範囲について明確な基準はまだ確立されていません。たとえば、ある声優の特徴的な声が無断で広告に使用された場合、それがパブリシティ権の侵害に該当するかどうかについては、いまだ議論の余地があります。
また、声がパブリシティ権の対象となるかどうかは、その声がどれほど広く認識され、顧客吸引力を持つかに大きく左右されます。この点で、声を職業上の重要な要素としているかどうかが、適用の判断において重要な要素となります。
さらに、パブリシティ権の背景には人格権があるという立場を取る場合、声を職業的なアイデンティティとしている人物には、この権利が適用されやすいと考えることができます。この点については後述しますが、声の持つ顧客吸引力と人格権の関係性も、今後の議論の鍵を握るといえるかもしれません。
声と人格権
パブリシティ権の背景には人格権があります。人格権は、その人の尊厳やプライバシーを守るための権利であり、氏名や肖像に適用されるのが一般的です。では、「声」が人格を象徴する要素とみなされる場合は、どう解釈されるのでしょうか?
声優や歌手にとって、声は単なる「音」ではありません。それは、職業的なアイデンティティであり、キャリアを築く上で欠かせない要素です。例えば、声優の特徴的な声や歌手の唯一無二の歌声がAI技術を使って無断で再現される事態が起きたとします。この場合、その声が人格権として保護されるべきかどうかが問題になります。声は、氏名や肖像のような目に見える存在ではないため、従来のパブリシティ権の枠組みでは扱いが難しい面があります。したがって、声に対する保護には独自の論理構成が必要です。
一方で、一般人の声については、人格権の保護を主張することはさらに困難です。声がその人のキャリアや社会的影響力と結びついていなければ、顧客吸引力や人格的価値を証明するのは難しいでしょう。この点では、声は肖像や氏名とは異なり、保護の議論が分かれる領域です。
興味深いのは、エルビス・プレスリーのような歴史的に著名なアーティストの声がAIで再現され、広告や映画で使われている現状です。彼の声がファンにとって特別な意味を持つことを考えれば、それが商品化される際に人格権やパブリシティ権の問題が絡むのは当然と言えます。また、近年では日本国内でも、生成AIを使った声の模倣が話題になりつつあり、この分野での法整備が急務とされています。
術が進化するほど、「声」の持つ価値を再認識することが求められています。声は単なる音ではなく、人間性やアイデンティティそのものを体現するものです。この新しい領域にどう向き合うべきか。これからの法制度や社会的議論が、私たちに「声」の意味を改めて問い直すきっかけとなるでしょう。
声の保護に向けて
AI技術の進化に伴い、声の利用はますます多様化しています。生成AIによる音声合成技術は、既存の音声を再現するだけでなく、新たな声を生み出し、創作の幅を大きく広げています。これらは単なる模倣にとどまらず、全く新しい表現を生み出す力を持った存在へと変わってきているのです。
この進化により、オリジナル(クリエイターやアーティスト)と、それを利用する社会との間で、法的・倫理的なバランスをどう取るべきかが重要な課題となっています。同時に、これらの課題に対応するための法律の枠組みを再整備する必要性が高まっています。
現状、声の保護に関する法律は、著作権、著作隣接権、パブリシティ権、人格権など、複数の権利の枠組みによって部分的に対応しています。しかし、これだけでは十分ではありません。声を含む人間固有の特性に対して、より包括的な保護の枠組みが求められる時代に突入しているのかもしれません。
声は単なる音ではなく、その人の個性やアイデンティティそのものを表す重要な要素です。私たちは、声をどのように守り、活用していくべきかについて考え続ける必要があります。
声が持つ価値や可能性について改めて関心を持ち、その保護の在り方に目を向けるきっかけとなれば幸いです。ぜひ、自分の声や他人の声に、どのような権利が関わっているのか、一度考えてみてください。