管理職の臨床指導時に生じる怒りの一次感情と性格特性の調査
今回のnoteは 研究 に関してです。
論文は既に雑誌に投稿されているため、今回はより自分の言葉と自分の思いを込めてお示ししたいと考えています。論文の解説編としてお気軽にお読みいただけましたら幸いです。
出典
齋藤義雄,西田裕介:管理職の臨床指導時に生じる怒りの一次感情と性格特性の調査.
理学療法学.2018;45(6):373-379.
はじめに
まずこの場をお借りしまして、本論文作成にあたり多くのご教示を頂きました、国際医療福祉大学成田保健医療学部理学療法学科西田裕介教授に心から感謝を申し上げたいと存じます。西田教授のご指導なくてはここまでたどり着くことができませんでした。また大学院の各先生方、共同執筆者の河野健一先生、竹内真太先生、に改めまして感謝の意を表すと共に、心から御礼申し上げます。この他関係各位、過去私の記憶全てに関係した皆様方に、心から感謝御礼を申し上げたいと思います。ありがとうございました。私の臨床の集大成といっては大袈裟ですが、そのような思いで書き上げました。研究者としては新人ですから多くのご批判あろうかと存じます。集大成と考えた論文でしたが、おそらくやっとスタートラインに立てた取り組みであると意を改めます。この歩みを止めないようにこれからも精進してまいります。ご意見ご指導多くの方々から賜りたいと存じます。
もくじ
1. 研究疑問
2. 怒りの一次感情とは
3. 性格特性と怒りの関係
1. 研究疑問
僕には数えきれない劣等感があります。解決したくてもどうやって解決していいのか分からない日々を過ごしました。友達や先輩後輩、家族や親戚、担任や部活の先生、職場の同僚、上司や部下、色んな人に頼ってみてもスッキリしない自分がいます。何故なら「自分で動く」ことを避けていたからです。勉強、運動、仕事、趣味、何かにつけて「他人が羨ましい」と思う自分。実に情けない自分がいます。
そんな中、自然に時が流れ、良くも悪くも管理職になりました。管理職といっても大企業とは異なり、せいぜい数十人を束ねるリハビリの職能団体。はじめは「焦り」、次に「慣れ」、そして「勘違い」へと感情が移り変わっていきます。このことに初めから気づいていれば苦労はしません。私達理学療法士の仕事のうち、患者さんのセラピー以外の仕事で、「何とも言えない感情、自身では整理が付かず、どうして良いか分からず迷い苦しむもの」このような感情に気が付きました。それが「怒り」です。
患者さんの前では一人前の理学療法士なのに、どうして医療従事者間や学生指導、後輩や先輩に対して「イライラ」するのだろう。自分が管理職だからそう見えるだけか。いや違う。後輩でも学生指導に「怒り」を示している人がいる。怒っているように見える先輩。上司や組織上層部にもつ不満。色んな場面でのこの感情とは一体何なのだろう。自分が大人じゃないから「怒り」感情が沸くのか。考えると余計苦しくなる。
そこで考えました。自分は多くの劣等感の持ち主です。ずっと「自分で動く」ことを避けてきました。ならば自分で動いてこの問題を解決しよう。そうしなければこの職を終えることも人生を終えることも出来ないと考えました。そこで大学院に進学して「自分で動く」ことをしなかった自分と決別しようと心に決めたのです。
50歳を目の前に、自分自身と向き合えることができました。これは本当にありがたいことでした。私の研究疑問・リサーチクエスチョンは、大袈裟かもしれませんが、自身の劣等感との決別作業です。仕事上の題材を取り上げつつも、これはメタ認知から導き出された自己改善プログラムだと考えています。
2. 怒りの一次感情とは
業務多忙と精神的不健康状態、多忙と主観的ストレス、ストレスと怒り、怒りと攻撃性、これらに関係性があることが過去の論文から理解できました。よって指導者の怒り感情の表出にも何らかの影響があると考えるようになりました。
怒りは「自己が想定していることとは異なる出来事や扱い方をされた時に、期待と現実のズレ(不一致)が生じることで喚起される感情」と定義されています。
また怒りの原因は、指導時の期待とのズレ、プライドの損傷、相手のための行動規制、指導者への自尊感情の侵害、自己利益の妨害、などが報告されており、これらの原因により怒りが喚起されています。
また怒りは第二感情と言われ、怒りの前提となる一次感情が存在すると言われています。指導者自身の怒りの一次感情を理解する事は、指導時の怒り感情を制御し、円滑な指導をする上で極めて重要であると考えました。
つまり、臨床で私達が経験する「指導」において、「怒り」の感情が喚起される時、その前には何らかの「一次感情」が喚起されているということです。例えば、何度も何度も同じことを繰り返し指導しているのに、全く改善されない学習者がいたとします。指導者である皆さんはどのような感情を持ちますか? 落胆・心配・悲しみ・寂しさ・傷つき・不安・つらい・苦しい・痛い・困った・嫌だ・疲れた、このようないずれかの感情を持ちませんか?
また、最大の関心事としては、指導者側の性格特性と怒り喚起との間には、何かしらの関係性がないかということでした。
臨床での怒り、その一次感情、性格特性と怒りの関係性、簡単に言ってしまえばこれらを明らかにしたかったのです。
3. 性格特性と怒りの関係
結論からすると、とても満足のいく結果を得ることができました。今回は管理職がターゲットです。次世代の管理職に対して、夜道を照らすヘッドライトのようになれたら幸いです。
怒りの生じる指導場面は、後輩指導が最多となりました。
怒りの一次感情は,「困った」「心配」が高頻度出現。
性格特性と各調査項目の相関は、
外向性と敵意(r =-.46)、協調性と怒り喚起(r = .52)、
自尊感情と怒り喚起(r =-.49)などに有意な相関が認められました。
そもそも、どうしてこのような研究をしようかと考えたのか。これは繰返しになりますが、自身のメタ認知で得られた課題と向き合うことでした。もう一つは、医療業界・リハビリ室の「閉鎖的な空間」「慣習的な指導体制」「指導を取り巻く諸問題」に違和感や疑問を抱いていたからです。
先輩職員の「先輩づら感覚」。同じ学校出身者同士の「学生感覚」。同期入職者同士の「お友達感覚」。中堅職員の「他人事感覚」。トップの「ハラスメント感覚」。他職員の「ハラスメント・ハラスメント感覚」。
これは自分だけがこのように感じているのか、世間的にはどうなのか、非常に強い関心となりました。決して日常的に悪い事ばかりではありませんが、ふとした時に湧いて出る感情の一つ「怒り」。これについて正しく認識する必要があると思ったのです。
今回の研究結果では、外向的な管理職、つまり明るく他部門とも積極的にやり取りをしているような上司は「敵意」を持つ感覚が低いという結果でした。しかし面白いのは、協調性がある管理職では「怒りやすい」という結果になったことです。協調的にという性格特性からのみ観察すれば、おとなしかったり、礼儀正しかったりというイメージを持ちますが、管理職に関しては「怒り」が喚起されやすいようです。何故かと言えば、チームを統率しなければならない管理職。その中で指導や注意を繰り返すものの、管理職自身が望む結果や行動に結びつかないような反応を示す学習者がいた場合、「怒りの定義」や「怒りの原因」が発動し、怒り喚起されやすくなるのだろうと考えました。
もう少し分かりやすく解説します。それは「運動部の顧問の先生や担任の先生が、言うことを利かない生徒を叱っているような場面」でしょうか。職業倫理をしっかり身に着け、組織のためにと努力されている管理職こそ注意が必要です。このことは、管理職のみならず、組織を何らかの形でまとめようとしている若手職員にも大いに役立つ結果だと認識しています。この若手職員にはより注意が必要と感じるのが「自尊感情」です。今回の研究でも「自尊感情」が高い管理職は怒り喚起されにくい結果になりました。裏を返せば、自尊感情が低い人々、つまり何らかの「劣等感」に苛まれている人は怒り喚起されやすいことが示唆されました。
多くの理学療法士に言いたいのは、「患者さんのために」というフレーズをよく聞きますが、この言葉が一番危険だと感じます。この言葉はある意味「負のマジックフレーズ」です。大義名分、伝家の宝刀。「それじゃ患者さんのためにならないだろ!」って言えば何でも成立します。
管理する側としてはどうしても人がやっていることが気になります。重大事故を防ぐには日常のささいな危険を摘み取る必要があります。しかし、負のマジックフレーズを多用し過ぎると、職員は疲弊します。「怒り」は非常に強い感情です。人のことを気にし過ぎて自分自身を見失わないようにしなければなりません。よく言う、「自分のことを棚に上げて」というやつです。まず自分のことに集中し、自身の自尊感情を豊かに保てるようにしたいものです。そして、組織として疲弊しないような仕組みを整えること。チームは敵ではなく、仲間であり家族であるという認識を再構築する必要があると考えます。
最後に申し上げたいことをお示しします。
今回の研究の相関では、協調性があり、勤勉でなく、自尊感情が低い指導者に怒り喚起しやすいことが示されました。また、怒りの一次感情としては、「困った・心配・落胆・不安」などの感情が多かったです。
現在管理職の皆様、次世代リーダーになる皆様。私自身も完全なリーダーではありません。繰返しですが、自分自身の劣等感に向き合う研究を行った結果です。少なからず共感された方々は、今から職場環境を再構築できるように、勇気ある行動を周囲の職員と一緒に行ってほしいと思います。そして、悩んでいるのは自分一人ではなく、私がいたり、他の誰かも同じようなことで悩んでいるんだということを忘れないでいただきたいと思います。
向後千春 幸せな劣等感 小学館新書 2017
向後先生の著書が非常に参考になります。
全ては「自分のため」です。誰かのためではありません。自分が変わる勇気を持つことこそが自尊感情を高めてくれます。自分を高めることではじめて「誰かのため」になるのです。誰かとの比較ではありません。過去の自分より少しでも成長した自分を理想におき、現在の自分を輝かせましょう。愚痴や不平不満は不要です。怒りをコントロールしてこそ社会人です。
和田秀樹・監修 アドラー100の言葉 宝島社 2016
性格は変えられないと良く聞きます。
この本によれば、「性格は死の一日前まで変えられる」と示しています。
自分のライフスタイルを変え、過去の解釈を変え、無駄でもいいからまず一歩を踏み出す。
怒りに支配された人生より、怒りを支配する勇気を持ちましょう。
この研究の成果が更なる私のチェンジでありチャンスです。
同志であるあなたにもチェンジでありチャンスでありますように。
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