見出し画像

おじょーと生きる

おじょーは生きている。
当然だ。
生きて、夕木くんと会い、時間を共有する。
朝に目覚め、夜は眠る。
呼吸をし、食事をする。

私はおじょーを見る。見ている。
おじょーは、見つめられることに慣れていないと不満をもらす。
私はおじょーが存在することを見て確認する。
そこにいることを、目の前にいることを認識する。
今ある私の目で見て記憶する。

私はおじょーに触れる。
顔や手、お腹、足。
おじょーの肌は綺麗だ。
すべすべしていて、きめ細かい。
私はその肌にいつでも触れたいと思う。
今ある私の手で触れる。

私はおじょーと話す。
取り留めもない会話だ。
音楽の話。スポーツの話。天気の話。
おじょーは篠原だったら大丈夫だ、と言う。
なんのこっちゃわからないが、おじょーがそう言うなら大丈夫なのだろう。
おじょーの声は少し鼻にかかる。
私はその声が大好きだ。
今ある私の耳で声を聞く。

夕木くんはおじょーと共に生きている。
この世界に存在している。
おじょーと、この年代に生きている。
私は目と耳と体で、おじょーを感じる。
おじょーは生きている。

大好きな人がこの世に存在するということ。
今まさに生きているということ。
そして、それらを感じられる自分もまた、
この世に存在し、生きているということ。
こんなにも素晴らしいことは他にない。
それは当然ではない。

おじょーの存在が生きていることの素晴らしさを教えてくれた。
この気持ちを忘れずに生きていきたい。
おじょーと共に。





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?