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正義と悪は目線で逆転する!


… 目が覚めると頬にザラっとした砂を感じた。

湿った砂に直射の太陽。少しずつ広がる視界には海と砂と太陽があった。なぜこんな場所に。

体のあちこちが痛い。何処かで激しくぶつけたらしいが、頭上からギラギラと光を放つ太陽のせいでもある。

少しずつ思い出す…  家族を故郷に残して高給がもらえるという貿易船に私は乗り込んだのだ。

長い旅になるのは覚悟していたが、途中絶望的な故障により我々の船は漂流を余儀なくされた。

積み込んでいた食糧も底をつきかけた頃、大きな嵐に見舞われ我々は海に投げ出された…

目についた木材に身体を預けたところで私の記憶は途切れていた。


「お前も生きてたのか!」

不意に背後から声が聞こえた。

同じ船に乗り込んでいた仲間たちだ。

「お前がたぶん最後だ。他は皆海の中だろう。」

どうやら何十人もいたクルー達は私を含め数人がここに辿り着いただけで、あとは海の藻屑と消えたみたいだった。

「ここは… ここはどこなんだ?」

「わからん…が、アジアのどこかだろう。」

生き残りに航海士がいたのは幸いだった。

彼らは私より少し早くここに辿り着いて、半日ほど辺りを見回ってきたらしい。

「ここから少し行くと集落があった。見た感じアジア人だ。言葉がわからないが、とにかく食糧を分けて貰おう」

不安しかなかったが少し安堵した。人が住んでいるならなんとかなりそうだ。

少し休んでから仲間達と集落に向かった。もちろんどんな民族なのかもわからないから、警戒は怠らない。

私が流れ着いた浜から半刻ほど山の中の道を歩くと小さな集落があった。

念の為、手には船の廃材を持っておく。敵対的な人種だった場合の保険だ。


集落に入ると男がいた。アジア人らしく、背が低い痩せこけた男だ。

彼はこちらを見るなり、大声をあげて走っていった。

我々のようなコーカサス系の人種にあった事が無いのかもしれない。極東の国なら当然だろう。

木や土でできた小さな家が数軒。とても小さな集落だが、誰もいなかった。

さっきの男が大声で何か叫んでいたから、皆どこかに行ってしまったようだ。

我々はもう何日もまともなものを食べておらず正直歩くのもやっとだった。騎士道精神に反するが、許可を得ることなく物色した。

幾つかの野菜と牛や鶏がいた。

空腹で倒れそうだが、それでも家人が戻ってくるのを待った。しかし、太陽が西に傾いても誰も戻ってこなかった。

致し方なく食べられそうな野菜を腹に入れる。

美味い… もともと野菜は好きではないのだが採れたてと思しき幾つかの野菜は身体中に染み渡る気がした。

夜になり、我々はどうしたものかと思案していたのだが、何処かから声が聞こえてくる。

どうやら家人達が帰って来たようだ。

声がする方に向かってみる。

なんて事だ…  数十人のアジア人が手に手に手斧や農具を持ってこちらに向かってくる。

「殺されるかもしれない…」

仲間の1人が呟く。言葉も通じない異国だ。交渉の余地もないだろう。

「とにかく威嚇しろ。相手は子供みたいな体格だ。無駄な殺生は避けたい。とにかく声を出せ。」

誰かがそう言うと、我々は力の限り叫んだ。

アジア人達は蜘蛛の子を散らすように松明も投げ出して逃げていった。

「彼らなんて言ってたのだろう?」

アジア人達が口々に何か叫んでいた言葉。

「ONY」?

どう言う意味かはわからなかった。

朝まで交代で見張りをし、悪いと思いながら集落の家を間借りして泥のように眠った。

その後はパタリと誰も集落に戻ってくる事はなく、空腹を満たすために我々は牛や鶏を食べざるを得なかった。

その後も集落を起点にあちこち歩いてみると、同じように小さな集落があったのだが何処も最初の集落のようにみんな逃げ出してしまう有様だった。

身体に合う衣服も見つける事が出来ず、腰になんとか住民の残したものを巻いて過ごした。

強い日差しで仲間は皆赤ら顔になり、髭も髪も伸び放題だ。

食べ物があまり口に合わず、農耕も猟も知らない我々の体力は著しく低下していった。

このままではきっとみな餓死してしまうだろう。

数ヶ月ほど経過した頃、我々が棲家として間借りしていた集落に誰かがやってくるのが見えた。

体格の良いアジア人の若者だ。我々と比べても見劣りしない。それに、大きな犬と…猿?  肩には山鳥がいた

やっと話し合う事ができる!

「とにかく話をしてみよう!」

そう言って1人が彼に向かって走っていった。

ひとしきり何か話してる様子だったが、おもむろに仲間が倒れ込んだ。

喉元を大きな犬に咬まれている。瞬間、若い男は長い刀を手に取り仲間の胸をひと突きした。

「おいおいおい!うそだろ!」

若い男と大犬、猿と山鳥?は雄叫びをあげてこちらに走って来た。

「まてまて!まて!」

1人また1人と若者の凶刃に倒れる。

そして私の目の前には獰猛で大きな犬が…

飛びかかられた瞬間に私は喉元を咬まれ、息もできなくなった。

「死ぬのか…?」

私以外の仲間はもう立っていない…

目の前に近づいて来た若者は返り血で赤く染まり、目は狂気を孕んでいた。

私の胸を貫くような熱を感じたが…もう痛みは感じなかった。

最後に聞こえた声は、以前集落の男達が叫んでいた言葉だった。

「ONY」


桃太郎を鬼側から描くと恐らくこういう感じだろうなと思う。
毛むくじゃらの赤い皮膚。大きな身体。家畜を殺し作物を奪う悪い存在。

日本各地に残る鬼伝説は、恐らくほとんどがこうしたケースだったのではないだろうか。

歴史書、ニュースなど身の回りにあるもの全ては書く側の視点やそれぞれの正義で語られる。だが、それは事実であったとしても真実とは限らないと言う事だ。

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