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グローグーではしゃぎまくって、アドレナリンでまくって、他の人のnoteを読んで、我に返る。あっ、でも一瞬。

憧れるとか尊敬するとかいう気持ちを抱く対象が、年下の方が多くなってきた事に思い至って少しだけ驚いた。

高校野球の選手たちが自分の年齢より下になった時、少しだけ違和感を感じたことはあるけれど、最近ではみんな年下だ。

みんなが知ってる有名人とかもそうだけど、noteの記事を読ませてもらっていても「私がこの年齢だった時って、こんなに自分のことや毎日の行動なんかを理路整然と分析したり、自分に課せられた責任や義務みたいなものをきちんとこなしたりできてたんだろうかと思ってしまう。

赤ちゃんを育てることに奮闘しながら、他の家族の用事もこなして、家事をして、それでも自分を大切にしながら、時間と考えを整えようとしたり、読ませてもらっていて、いくら家族のことだとしても、縛られてる感じも時間もストレスになるんだろうなと想像する。
果たして自分がその状況に置かれたとしたら、そんなことできるんだろうかと。
おまけに家事やなんかが好きだったり上手にできたとしても、赤ちゃんは別な気がする。生きてるし、お母さんがいないと自分ではまだ何にもできない。
そんな時間に追われているのに、noteをきちんと書いたりしてる。
なんか、自分のこととか、時々お父さんの用事とか、毎日通わなくちゃいけない仕事なんてしてない私が、時間がないなんて言っちゃいけないような気がしてくる。すごいな。

そしてまた自分より年上の方のnoteも驚く。行動力とか、時間の管理とか、趣味とか、自然な生き方とか読んでると、果たして自分がその年齢になった時にそんな生き方ができるんだろうかと思う。

お母さんにもならず、ずーっと自分でしか生きてきてない私は、なんだか何一つ変わってないような、仕事とかそんなことは色々こなしてきたかもしれないけれど、はたして人としては成長っていうか、なんか育った部分とかあるのだろうかと考えてしまう。

それでも、忘れ物したり、キッチンにスマホをとりに行ったのに、途中でフト洗濯室にいって洗濯機のスイッチを押したらそのまま書斎に戻ってきて、椅子に座ってから「あーあ」って気づいたり、自分では望んでいない成長は確実にしている。

今を一生懸命生きてる人は、将来のことを考えても不安にならないんだろうか。
それともその不安を払拭するために、日々一生懸命生きているのだろうか。

後どのくらい生きていくのかわからないけれど、ボーッと歩いてて車に轢かれたりしなければ、世間的な感じでは10年も20年も生きるような感じだと思うけれど、まだ、そんなにあるのかー長いなーとも思うし、逆に振り返ると今までの時間なんて、思い出は蓄積されてるけれど、あっという間だった気もするなとも思う。

思い出すときも、本当にそんなことあったんだろうかとも思えるくらい、遠くの出来事の様な気もするし、それでもつい最近その場所やその景色を見た気もする。

まいっか。
そう、すぐ「まいっか」で次。

グローグーが、横にすると寝るの💤
ムニャムニャ言って、ちょっとイビキかくの。どうしよう。可愛くて仕方がない。

この子を見てると、後10年は頑張れる気がする。
赤ちゃんってこんな感じかなあ。なんていうと、子育てしてる人に「そんなわけないだろ!」って怒られそうだな。
少ーし、癒されてるってことで許してもらお。
大事にしよう♡

いい子にして、おネンネしてる☆

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