[ネタバレ映画感想文]│『アトミックブロンド』観終わってから面白くなる不思議なスパイアクション
いつの時代も人気のスパイ映画。
「スパイ大作戦(ミッション・インポッシブル)」や「007」等の定番シリーズも未だ根強い人気な中、昨今は女性が主役の作品も増えてきた。
以前観た「ANNA」も良かったし、スパイよりもアクションに比重を置いたマーベルの「ブラックウィドウ」もやはり面白かった。
ANNA
ブラックウィドウ
今回私の目に留まったのはAmazon PrimeVideoで配信中のシャーリーズ・セロン主演映画「アトミック・ブロンド」である。
どんな映画なのか
まず何を置いても、主演をつとめるシャーリーズ・セロンの存在なくして本作は成立し得ない。
シャーリーズ・セロン
私の中でシャーリーズ・セロンと言えば「イーオン・フラックス」だ。こちらもスパイ要素は含まれているが、どちらかと言えばSFアクションで、様々なトンデモ兵器を使いつつも、持ち前のしなやかな体躯を活かしたアクションが目を惹く作品であった。映画そのものの面白さはともかくとして、彼女の魅力を楽しむという意味ではこれ以上ないほどの名作だと信じている。
また「ハンコック」は彼女の強さ・美しさを楽しみつつ気軽に誰でも楽しめる作品と言えるだろう。またドクター・ストレンジの最新作でも最後に登場し、出演時間は短かったものの存分に存在感を発揮していた。今後はMCUでの活躍も期待できる。
少し爬虫類を思わせる顔の造形と、年齢を重ねても妥協なく維持し続けている体型で、幅広いアクションをこなす名女優である。
おおまかなストーリー
ベルリンの壁崩壊間際のドイツにて、MI6諜報員のリストが記録された一本の腕時計はKGB(バクティン)の手に渡ってしまう。時計の奪還を命じられたMI6諜報員ロレーン(シャーリーズ・セロン)は、その任務の報告を求められるも、そこには何故かCIAの姿もあり、各組織の思惑が交錯する中で任務の詳細が語られてゆく…といった内容で、回想と現在の様子が交互に展開される作りになっている。
回想が中心であるため、ほぼ完全にロレーンの主観で描かれており、彼女が知り得なかった或いは物語の進行上見られては都合の悪い部分は明かされずに話は進んでゆく。その性質上、テンポはそれほど良くないので、スパイ映画らしい目まぐるしい展開というのは殆ど無く、これを新鮮に感じるか退屈に感じるかで本作の評価は分かれそうな気がする。
また、話の中に出てくる組織や登場人物が多い割に前述の通りロレーンの主観で話が進むので、誰が何をしている人なのかを頭の中で整理するのが難しい。ただし話はゆっくり目に進行するので、ついて行けなくなる程ではないだろう。結果的にテンポの悪さが致命的な欠点にはなっていないのかも知れない。
重厚なアクション
本作の中で印象的な点としては、まず重厚なアクションが挙げられる。
いわゆるスパイもののスタイリッシュでクールなアクションとは違い、本作のアクションは泥臭くて現実的だ。ロレーンも対峙する相手も腰の入った重そうな一撃を繰り出し、殴られれば痛いし負傷もする。撃った弾が命中するとは限らないし、被弾もしてしまう。傷を負う毎にダメージは蓄積し、動きは悪くなる。傷が増えても尚その美貌を崩さないシャーリーズ・セロンはきっと作り手側が意識したものに違いない。繰り返される氷風呂のシーンが何よりの証拠だろう。何しろ息を飲むような広背筋のアップから始まるのだ。
ただいくら現実的だと言っても映画なので、ある程度の嘘は外連味として目を瞑る必要がある。前述の氷風呂は傷跡こそ消さないものの「ウォンテッド」に登場するプールくらい万能そうに見える。
「ウォンテッド」と言えば、主演だったジェームズ・マカヴォイは、本作でも諜報員として活躍している。彼の役どころが少しフワフワしている(意図的なものかも知れないが…)せいで話がボヤけている気はしたが、しかしロレーンとはまた違った雰囲気のアクションを演じていた。
さておき、序盤こそダルく感じてしまうネットリしたアクションが、中盤には癖になって来る。周囲にある物は手あたり次第武器にしつつ、効果的にダメージを与えることを考えつつも、傷を負った体が思うように動かず無防備な姿を曝してしまったり、相手が思った以上にタフだったりするのでなかなかクールな格闘戦にはならない。それが段々と味わいを増してくるのだ。
ダニエル・クレイグ主演の「007」は意外と泥臭い場面も多いものの、本作ほどではない。しかしそれこそが本作の持ち味と言えるだろう。終盤に登場する踊り場での大立ち回りは撮影や編集にも力が入っており(マジでどうやって撮ってたんだ…?)、特に惹き込まれる場面だ。
気になるポイント
さて、本作にはどうしても引っ掛かってしまう点や納得のいかない点が幾つも存在する。
壁の崩壊
冒頭に「THIS IS NOT THAT STORY」と宣言し、ベルリンの壁崩壊の物語ではない旨を示されるのだが、これが効果的に作用しているようには思えない。この部分の演出は面白くて好きだが、最後まで「アレは一体何だったんだ…?」と疑問の残るポイントであった。
例えばこの直後に話は現代に飛び、クライマックスに差し掛かったあたりで「実はね…」という感じで壁崩壊にまつわる話が絡んで来るような仕掛けであるのならば、この演出は効果的だと感じられただろう。しかし本作は壁の崩壊と同時に話が進むし、何ならそこにCIAの思惑が絡んでいたというようなことまで示唆される。つまり「THIS IS THAT STORY」なのだ。
ロレーンの設定
次に気になるのがロレーンのキャラクター設定についてだ。ロレーンは一貫してウォッカのロックを愛飲している。その上で序盤にロシア語が堪能と言う点も語られている。普通に考えればロシア側つまりKGBとの繋がりを臭わせる要素であるが、これについても特段触れられている様子は見られない。
これについては、もしかしたらラストのシーンへ向けてミスリードを誘う狙いがあったのかも知れない。しかし、だとしたら少しやり過ぎな気がするし、有っても無くても大した違いは無かっただろう。
寧ろ違和感の方が残ってしまって逆効果に思える。
他キャラクターの存在感
そして更に気になるのが各キャラクターの希薄さである。主役であるロレーンは別として、他の多くのキャラクターは最後までどんな奴だかわからないまま死んでゆく。これは冒頭でも書いたようにロレーンの主観で話が進むという性質上、ある程度は仕方ないことなのだろうが、それにしても愛情が無が感じられない。だから誰が殺されても「ああ、そう…」と言う感じでイマイチ気持ちが動かない。
何より大きなテーマであるサッチェルの正体について、余りにも的が絞られ過ぎてしまうのだ。可能性として考えられるのは頻繁に登場するデヴィッドかデルフィーヌ、そしてミステリ小説なんかでは今時定番になりつつある、「アクロイド殺し」パターンくらいなもので、重要そうなポジションの割に何も掘り下げられない「C」なんかは、そもそもキャラクター自体が不要だったのではないかと思える程である。(アイツ何かしたっけ…?)
また、頻繁に登場する上にロレーンとの唐突なベッドシーンまで演じて見せたデルフィーヌ(ソフィア・ブテラ)は、「キングスマン」で元気に飛び跳ねていた姿が恋しくなるくらい大人しく、そしてそのまま死んでしまった。スパイ映画の身の上話ほど信用ならないものも無いので、彼女がどんな人物で何をしたかったのかは殆どわからない。その割に印象的な場面が多いので、どう受け取って欲しかったのか理解したいのにできないもどかしさが残る。
デヴィッドは最初から最後まで荒れたキャラクターであり、一貫しているのは信用できないヤツという点のみなので、コイツがサッチェルだったらかなり面白くない。サッチェル探しを真剣にするならば真っ先に除外するべきキャラクターだろう。Cやエリック、そしてエメットはデルフィーヌ以上に影の薄い存在なので更に面白くないだろうし、そうなれば自ずと結末は見えてくる。
キャラクターの描写がもう少し丁寧ならば、観ている側もサッチェル探しに頭を使えただろうに…と、実に惜しい点である。
キャラクターの違和感
存在感はあるものの違和感が拭えないキャラクターも存在する。
まずロレーンについては、ガスコインとの恋仲が序盤に明示され、(氷)風呂上りに写真を燃やすシーンが結構な尺で描かれている。にもかかわらず、今後この設定が活きる場面は見当たらない。復讐に燃える様子も、関係性によって立場を追われる危機も無い。
ロレーンについてはもう一点、序盤に警察から追われるシーンにも違和感が残った。屋内でのホースを使った格闘戦はまぁ良いとして、脱出後に駆けつけてきた2名を倒す際、タートルネックで口元を隠してから格闘に臨むのだが、この演出が何なのかもよくわからなかった。身元を隠そうとするのならば手遅れだろうし、集中力を高めるためのヒーロー的変身めいた儀式だとするならば、その後一切出てこない点は納得いかない。一応ラストにそれらしきシーンは存在するが、タートルネックではないのだ。
更に謎なのがスパイグラスの存在である。
スパイグラス(エディ・マーサン)は殺されたガスコインに時計を手渡した人物として登場し、更に問題のリストを全て暗記したと言い張る重要人物である。しかしその真偽が問い質されたのは1度きりであり、しかもデヴィッド行きつけの店の売春婦が諜報員だと説明しただけである。これだけで彼がリストを暗記したという内容は事実として扱われてしまう。
更に謎なのが、そんな人間を亡命させるためにロレーンは危険な目に遭うし、デヴィッド自身も危ない橋を渡ることになる。あらゆる立場から考えて、さっさと殺してしまって時計を追った方が得策であるように感じる。
彼を亡命させることで得をする人物が思い当たらないのだ。万が一時計が手に入らなかったとしても、そんな怪しい人物の情報は信用できないし、だったらいっそ消してしまった方が良さそうだ。
ガイ・リッチー版「シャーロックホームズ」に出演していた時と同様、マヌケなのか切れ者なのか読み切れないエディの演技は良かったのだが…。
怒涛のラストと更にその後
大きな見せ場である格闘戦を展開した後でスパイグラスは死に、その陰で暗躍していたデヴィッドは時計を手にするも、突如存在感をアピールし始めたデルフィーヌに企てを感付かれた為に彼女を手に掛ける。全てがゴチャゴチャになるクライマックスで、ロレーンが動く。
サッチェルの正体
多くの人間が予想したであろう通りサッチェルの正体はロレーンであり、それに気付いたデヴィッドを殺す。デヴィッドがサッチェルだったと偽りつつ報告を済ませたロレーンは皆が去った聴取室で、うまそうに紫煙を吐き出すのだった。煙草自体がスクリーンから姿を消しつつある現代に於いて、こういうシーンはとても印象に残る。何より煙草を吸うシャーリーズ・セロンの姿が何とも絵になる。
その後ブレモヴィッチと密会したロレーンはブレモヴィッチと手下を手際よく射殺し(ここで件の「変身」が活きると良かったのに…)、全てを終えてエメットの待つ飛行機でCIA本部へと帰還するのであった…。
つまりCIA諜報員のサッチェルはロレーンという名前でMI6諜報員として活動していたのだ!という種明かしをしてエンディングというわけなのだが、イマイチ「そうだったのか!」とならないのが実に惜しい。エメットの存在感がもう少しあれば…他のキャラクターがもう少し怪しければ…各組織の思惑がもう少し仄めかされていれば…少しの「if」で実に爽快感のあるラストになったのではないだろうか。
観終わった後で面白くなる
何だか色々なモヤモヤが残った本作だが、振り返って考えれば段々面白くなってきた。
ラストのブレモヴィッチ及び手下の射殺シーンだが、ここに来て初めて「ジョン・ウィック」よろしくのスタイリッシュアクションが披露された。じゃあ最初からソレやれよ!と最初は思ってしまったのだが、しかし実は最初からやっていたのではないだろうか。
どういうことかと言うと、つまり聴取室での報告はサッチェルの正体以外も大半が嘘であり、本当は余裕の戦闘を続けていたが、雰囲気を出す為に敢えて傷を負っていただけ…もっと言えば自ら(若しくは仲間たちの手によって)付けた傷だった可能性も考えられる。ジェット・リー主演の名作「HERO」で始皇帝に対して無名がやっていたアレである。
そう考えれば大半の違和感や納得いかない点も説明がつくのだ。
例えばスパイグラスを助けたかったのはサッチェル探しをしようとしていたデヴィッドの方であり、サッチェルが意図的に殺したのではないか。デルフィーヌはサッチェルの正体に気付いたからこそ殺されたのではないか。そもそもガスコインはロレーンではなくサッチェルと親しい仲であり、全ては単なる弔い合戦だったのではないか…。
色々と妄想ができて実に面白いのだ。
ところで継ぎ接ぎしたテープが証拠の品として提出されていたが、ビルに挟まれた屋外や賑やかなパブの中で、胸元に隠したマイクがどれだけの精度で録音できていたのか。ロクにノイズを除去する技術も無い中でそれらを継ぎ接ぎしたところで、違和感なく仕上げられるのだろうか…?という疑問も残っていたが、これについても静かな屋内で自供を迫ったのだとすれば説明がつく。…が、これについてはやはり少し無理があるので、映画だから仕方ないと思った方が良さそうだ。
そう言えば劇中のニュース映像で「サンプリング」について触れるシーンが長々と写っていた。こういう部分の誘導は意外にも丁寧に作られているのが何だか面白い。
サンプリングとは直接関係ないが、本作は冒頭からラストまで、賑やかな曲がほぼ常に場面を彩っている。私は少々邪魔に感じてしまったが、好きな人にとってはこれらも楽しめるのではないだろうか。
おわりに
全てをセリフで説明してしまうような作品が多く見られる昨今、こういった余白を残してくれる映画はそれだけ楽しみの幅が広いと言えるのではないだろうか。あまりウケなさそうだけど。
多くは単なる深読みの可能性が高いものの、「そうかも知れない」と思っていた方が幸せだし、この映画を面白く感じられる。
誰が何と言おうと、少なくとも私はそういう風に信じておこうと思う。