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02恐竜体験記『ジム史上最弱女がトップボディビルダー木澤大祐に挑んでみた』

#02 恥辱のスクワット

「じゃあ、まずはスクワットからやっていきましょうか」

連行されたラックの前で私は愕然とした。

「……すみません。私、バーベルスクワットやったことないです」

宿敵・パワーラック


ゴールドに入店した当初、トレーナーが全く上がらないどころか即座に潰れた私を見て、慌ててやめさせた種目だ。それ以来、ラックの前は目を伏せて通ってきた。

「そうですか。じゃあ今やりましょう」

射撃を指示する軍曹に似た、淡々としているが有無を言わせない強さ。やるしかない、覚悟を決めて死刑台に臨んだ。

「ちょっとまって」

恐る恐るバーに潜り込んだ私の肩を、いかつい手が掴んだ。

「担ぐ位置が違う。もっと下」

ローバーの位置に指が刺さる。
今後たびたび出てくるのであらかじめ言うが、木澤さんはかなり身体を触りながら指示を行う。
当たり前だが、それは具体的な指摘以外の意味を持たず、むしろ感覚としては、医者に臓器を触られている感じに近い。

身体を透かして筋肉を見られているという緊張感。とはいえ、推しに触られるのはテンションがあがる。俄然やる気をもって担いだとき、またも指摘が飛んだ。

「下がりすぎ。そんなにこなくていい。半歩後ろで十分」
「足幅がちがう。そう。足先はもう少し閉じて」
「視線落とさない。顔上げる」
「膝もっと開いて、……そう」
「で、」

まだあんのかよ! 無限に続く指摘。プレートなしでも20kgの負荷が肩にある。貧弱な肩はすでに「やめて」と言っている。絶対むりだ。助けてくれ。

「じゃあ、そのままゆっくり降り」

潰れた。最後まで聞こえる前にやっぱり潰れた。2年前から何も進歩していない。木澤さんが背後で絶句している。人間バーベルカールの要領で助け起こされた。

「……ちょっと待った」
「ちょっと、一回、やめよう。自重でスクワットしてみて」

消え入りたいほど恥ずかしい。はい、とか細く返事をして、スクワットの体制に入ろうとして気づいた。私は、スクワットをやったことがない。

「すみません、ブルガリアンスクワットか、ワイドレッグプレスしかやったことないです、どうやってやるんですか」

木澤さんは「まじか」という表情をした。2年ジムに通っていて、正式なスクワットすらした経験がない人間が来たことがなかったのかもしれない。

「さっきバーを担いだ感じでいいから、そのまま降りてみて」

そのまま10回ほどだったか。ちょっとまて。なんだこの苦しさ。というか、姿勢が保てない。何か言われても、動きに頭がついていかない。混乱しながら続ける途中、

「やっぱり」

木澤さんはぼそりと言った。

「今のカロリー、ぶっちゃけ辛くないです?」

今、なぜその質問を? そう思ったが答えた。

「辛いですけど、痩せたいから根性でやるしかないと思ってます」

んー……、と苦笑いしながら木澤さんは続けた。

「正直ね、全然力が出せてない。自重も支えられてない。これ経験とかテクニックの前に、糖質の不足が原因だと思う。栄養が足りてない」


ここからはダイエットをしている女性にとって非常に大切な話なので、セリフを一切端折らず全てを記す。

「あのね、さっきのモデルさんも僕たちもだけど、筋肉つける時っていうのは太るの。ボディメイクには、当たり前だけど余剰に筋肉を作るだけのカロリーが必要なの」

「あとは、撮影の時、大会の時用に向けて絞って完成させてるだけで、普段からこうだと思っちゃダメだよ。彼女も普段はもっとふくよかなはずで、あれは撮られる用の姿だから」

「あなたはその絞りの段階の栄養をずっとやってる。これじゃ筋肉もつかないし、それどころか力がまず出ない。だからトレーニングにならない」

「必要なのは、今は出力を出せる状態をつくる。筋肉をつける。だからカロリーも体重維持・ないしは微増くらいで摂ってやってく必要がある。絞るのはその後でいい」

そうして、一旦トレーニングを中断してPFC管理アプリを元に、カロリーと糖質を大幅に増やし、逆にたんぱく質と脂質の比率を減らすよう具体的なパーセンテージの指示をもらった。

やっぱりトップ選手はすごいな、動きを見ただけで足りないものが分かるんだ。そう感動しているのも束の間、じゃあもう一回いきましょう、の声がかかった。

「1、2、浅い、3……」
「もう一回」
「もう一回」

何レップ繰り返されたか覚えていない。とにかく夢中で、本気でやった。ストップをかけられてホッとしたときに、木澤さんは笑顔で言った。

「どうです?効いてますか?」

「あ、はい。脚のこのへ」

「効いてないね」

空気が凍った。

「本当に効いてたらね、喋れないんだよ。息もすぐ落ち着いてるし、汗もそんなに出てない。表情も、本当に効いてたらこんな風にはならない」

ブラフだ。ダニエル・J・ダービーもこんなブラフはちょっと遠慮して使わない。

ご存じ稀代の天才イカサマ師 ダービー(兄)


こんなテクニックを使うのか。しかし、私は私なりに本気でやったのは事実だ。そこは伝えなくては。

「ひょ、表情が変わらないのは我慢してるだけです……ほんとに……」

必死の弁明。木澤さんはYouTubeでよく見せるあの口の端を上げる皮肉っぽい笑顔をするだけで、何も言わなかった。

「わかりました」
「じゃあ次、デッドリフトいきましょう」

デッドリフト。私が最も嫌いで、この世から概念ごと無くなればいいと思っている種目だ。渦巻く嫌な予感に、あまりかかない汗が背中を伝った。

#03へ続く

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