ダサくて地味な、大っ嫌いな私の名前

自分の名前、好きだと思えたことなんてない。

母が私を身ごもっている間、私に付けようと思っていた名前を、子どもの頃から幾度となく、「素敵でしょう」と聞かされた。華やかで、美しい名前。
そしてその後に続けて、母は必ず言うのだ。「ね、あんたの名前、ダサくて地味で、最悪でしょ」って。

私を生んですぐ、母は病床に伏せる事になったため、出生届を出したのは父だった。父だったのに。父が役所に提出した私の名前は、母が心に決めた美しい名前ではなく、父の母、つまり私の祖母で、母にとっての姑、が決めた名前だったのだ。

そうそう、由来。私が生まれたのは秋まっただ中で、ちょうど稲刈り直前の頃合いなんだけど、祖母の家の辺りは、もう田んぼ田んぼ田んぼ、田んぼの中に家がちらほら、みたいな集落なもんだから、そんな時期はもう、辺り一面が、黄金色になる。

辺り一面、黄金色に実った稲穂が風に揺れて、それはそれはきれいなんだと。そんな景色を見て、息子が二人に孫まで男ばっかりだった祖母は、初めての女の子、である私に、この名前をと、思いついたのだそうで。

(で、自分の娘に妻の決めた名前ではなく母ちゃんの決めた名前を付けちゃったマザコン父の話と、だからって気持ちは仕方がないにしても赤子の頃から一貫して「あんたの名前ダッサい最悪あんたのパパはマザコン最悪あんたの顔もパパ似で最悪」って言い続けて私を育てた困ったちゃんな母の話は、はここでは措いておくとして)

田舎者丸出しだし、地味だし、華やかでも美しくもないこの名前が、ずっと嫌いだった。
クソ地味、だっせ。正直ずっとそう思ってた。

一昨年の冬、祖母が逝った。晩年も憎まれ口がまったく衰えず、家族親戚ご近所さんからもため息ばかりつかれていた祖母にしては、あっけない最期だった。風邪をこじらせて結核になり入院した、と聞いた数日後には、だめだった、と落胆した父からの一報が入った。

「仕事はどうしてる」「なんのために学校出たと思ってるんだ」「病弱なのは怠け癖」「子どもは早く保育園に入れなさい」いつ話しても同じことしか言わない祖母。祖母からの着信を確認するたび、うんざりした。いまだに、ふと思うこともある。あ、そういえば最近、おばあちゃんから電話ないな、と。
それから、あ、もうないんだった、と。

祖母の初盆を迎えた夏、初めて、祖母のいない祖母の家に行った。埃被っていた部屋に風を通そうと窓を開けて、はっとした。

辺り一面が、あまりにも美しい、緑だった。

田んぼ田んぼ田んぼ。だっさくて恥ずかしい生まれ故郷の風景を、生まれて初めて、心から、美しいと、誇りに思った。
秋になれば、この一面の青緑の稲が実って、黄金色の穂が風に揺れて波を打つ。それはきっと、涙が出るほど、美しいんだろうと思った。

私の名前。今ではちょっと、思っている。すんごいきれいな名前もらっちゃって、気がひける、って。

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