【夫婦巡礼】無職の夫婦が800km歩いてお店を出す話【旅物語】⑳
巡礼12日目
ブルゴス(Burgos) ~ ホルニロス・デル・カミーノ(Hornillos del Camino)
■足が痛くて辛すぎる
朝起きると、昨日僕達を苦しめた雨は止んでいた。今日はカッパ無しでも歩けそうだ。
衣類も洗って乾かした。ザックもバッチリ。
靴だって、二人分快適に歩けるほどには乾かした。昨日随分乾燥に気を遣ったからね。
ただ一つ気になる事があるなら、それは僕自身の足のこと。
ログローニョ以来感じていた足の違和感は、昨日の24kmで完全に痛みになっていた。
正直、痛い。どうやって靴を履いても痛いし、後は歩き方で調整するしかないか…
とにもかくにも、今日も歩き始めなければ。目的地のホンタナス(Hontanas)まで30kmあるのだから。
昨日一日で大好きになったブルゴスの街並みに、僕達は後ろ髪を引かれるような思いだった。
もう二、三日いられたらいいのに。
そう言いたい気持ちをグッとこらえる。
僕たち巡礼者は、毎日少しずつでも前に進まなければならないからだ。
■広大な大地に続く一本道
カミーノの中盤、巡礼者たちはこの【メセタ】と呼ばれる高原地帯を歩く。
ただただ広がる平原に続く、代わり映えの無い景色を眺めながら歩く一本道は、人によっては「退屈だ」と感じてしまうこともある。
それも無理はない。いくら美しい景色とはいえ、毎日20kmも30kmも同じ景色を見ながら歩いて、それも一日だけの事なら「良い思い出だったねぇ」と笑い話にできるかもしれないが、何日も、何日も、それが繰り返されるとなれば、確かに【退屈だ】と思ってしまうのも仕方ないのかなと思う。
従って、このメセタと呼ばれる区間をスキップしてしまう人は、意外に多いみたいだ。
ちなみに僕はこの果てしない平原を歩くのは嫌いじゃなかった。
それは何より、妻と一緒にいたから。と言うことがあるからなのかも知れないし、単純に退屈に思える余裕が無いほど、足の痛みが辛すぎたからなのかもしれない。
とにかくここからしばらくの間、僕の巡礼はいよいよ耐えがたい足の痛みとの戦いになっていく。
■小さな教会で貰ったもの
途中、教会に立ち寄った。
決して大きくはないが、道に添うようにひっそりと建つ小さな教会。
ブルゴス大聖堂のような、民衆の信仰の結晶と言うような大きな教会も素敵なのだが、こうやって小さな村に暮らす人々を見守っているような、そんな場所もまた心を穏やかにさせてくれる。
そんな場所で見かけた、静かに絵画を眺めていたジョンレノンの様な丸眼鏡をかけた巡礼者。
自転車で旅をしている彼も【強さ】を持った巡礼者だったのだが、その強さを見るのはこの日の晩、アルベルゲでの出来事なのでもう少し後の事になる。
教会で貰った首飾りのマリア
■妻の機転に救われる
ホルニロス・デル・カミーノ(Hornillos-del-Camino)に着いたのは午後一時頃。
正直な話、既に足にキていた。でも、あと10km先まで歩きたいなぁ。どうしようか。と考えていた。
「足痛いの?」
と気にかけてくれる妻に、
「いや、大丈夫、歩ける。」
それだけ返す。その返事ですら余裕が無いのが伝わってしまう。
僕の背負っている荷物は12kg。歩くときに負荷のかかる脛を痛めていて、あと10km歩くのが今の自分に出来ないことは、流石に自分でもわかっていた。
それでも、予定していた計画を変更することに、踏ん切りをつけられなかったのだ。
葛藤の解決は、意外な形で訪れた。
「あー!私は今日ここに泊まりたいなぁ!」
見かねた妻が、そう切り出したのだ。
私がここに泊まりたいのであって、あなたの都合ではない。と言う意味だった。それを、気持ちは素直に、言葉だけを変えて伝えてくれたのだ。
流石に僕も理解した。これは僕の都合を考えてのことだ。
僕達は今日の予定を変更し、この街に止まることにした。今となっては感謝しかない。彼女のあの機転が僕達の旅をより豊かなものへと変えてくれたのだから。
■妻の意外なスキル
泊まらせて貰った教会横のアルベルゲ。
足の痛みに耐えかねた僕は、チェックインを済ませてベッドに倒れ込む。もう動けない。
妻がテーピングしてくれた。とりあえず、これで楽になるなら明日の朝また巻き直そうと。意外なスキルに驚いた。どうして音楽の先生だった君がテーピング出来るなんて、今の今まで知らなかった!
張り詰めた緊張の糸が切れたのか、僕はこの巡礼で初めてのお昼寝を満喫させて貰った。おかげで洗濯はしてないし、実はシャワーも浴びなかったけど、体を休めることに比べたらその位何てことはなかった。
■ジョンの【強さ】
夕食の少し前、昼寝から覚めた僕が広間で日記を書いていると、初老の男が入ってきた。
しかし、既に宿は満室。新たな巡礼者は受け入れられないようだった。
初老の男が途方に暮れていると、
昼に教会で会ったジョンレノンがホスピタレロに声を掛けた。
察するに「僕の代わりに彼を泊めてあげて」と言ったのだろう。ジョンは、素早く荷物をまとめて初老の男て握手を交わし、そして次の宿を探しに出発した。
繁忙期前とはいえ、夕方にもなれば宿も埋まってしまうだろう。次がある保証はない。
宿は先着順だから、あとから来た者は場所が用意されていなければ、他を当たらなければならない。
しかしジョンは、男に代わって宿を出た。
「その必要はない」と言う人もいるかもしれないが、彼の行動は間違いなく初老の男を救ったのだ。
美しい【強さ】を垣間見た気がした。
■繋がり、夢が輪郭を現す
夕食は、ホスピタレロが食事を振る舞ってくれるコミュニティディナーだった。
ホスピタレロと呼ばれる宿の管理人が作った料理を囲み、巡礼者達が語らう場だ。
この日の食事はクスクス。これが旨い。
食通の妻も納得の美味しさだ。
美味しい食事と美味しいワインに、仲間達との会話も弾む。僕達のテーブルには大柄な人が多く、一人辺りの分け前は極めて少なかったけど大満足だ。
食後も巡礼者達の語らいは続く。
ライアンはギターを弾き語り、ヨンチャンはパズドラに勤しむ。
僕達は同世代の日本人の男性や、イタリア人のおじさんと仲良くなった。
「今は長い休暇でさ、カミーノが終わったら、次は日本に行くんだ!でも、マジで足が痛くてどうしようかと思ってる!」
そう話すイタリア人の彼もまた、足がテーピングだらけだった。やっぱり、皆辛さはあるわけだ。
イタリア人と言えばお茶目なトニーとフランシスコだけど、最近彼らも見ていない。
今どこを歩いているんだろうか。
振り返って、コミュニティディナーは本当に参加して良かったと思っている。
そして、この時抱いた感情が帰国してお店をやるに当たって根本にあると言うことは間違いない。
「人と人が繋がる場所を作る」
「そこに美味しい酒と料理があれば最高だ」
日本でもそんな場所を作りたい。
共通の趣味を持つ繋がりを広げる場でもあり、新たな発見と出会いを求める場でもある。
そこで僕は、日本の酒と、ちょっとした日本の料理でもてなす。僕が、ホスピタレロだ。
ホルニロス(Hornillos)は、スペイン語で【ストーブ】と言う意味がある。Hornoで【窯】となるのだけど、Hornillos del Caminoは、直訳すると「カミーノのストーブ」
…どう言う意味だろう。暖めてくれる場所と言うことだろうか。
だとしたら、今夜はそれにぴったりな時間を過ごせたと思う。
広間に構える大きな暖炉で暖まり、飯を食い、語り合う。思い描いた理想の時間がそこにあった。
もちろん、その機会を作ってくれたのは妻の一言だ。それは間違いなく、感謝している。
ともあれ、この夜のおかげで僕は、自分が目指すべき場所の方向性を見つけることが出来た。ここは、僕にとって特別な場所だ。
信じて、明日も僕達は歩いていくのだ。
---------------------------------------------------------------
ブルゴス(Burgos) ホルニロス・デル・カミーノ(Hornillos-del-Camino)
歩いた距離 20km
サンティアゴまで残り 472km