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【夫婦巡礼】無職の夫婦が800km歩いてお店を出す話【旅物語】No.22

巡礼14日目

カストロへリス(Castrojeriz) ~フロミスタ(Fromista)

■''ほんの少し''だから有り難い

朝、まだ暗いうちに目が覚めた。周りを起こさないように支度する。ヘッドライトに頼らなくとも困らない程度に、天窓から月の明か差し込んでくれていたのは助かった。

食堂に行くと、ホスピタレロが朝ごはんを用意してくれていた。ちょっとのパンとビスケット、それとコーヒー。これで充分。

【ありすぎる】のも困るから、このちょこっとの加減が良いのだ。ちょこっとだから、有り難い。朝食が有り難いと言うより、朝食を用意してくれる気持ちが嬉しいのだから。

「いい街だったね」と二人で振り返る。

次の街へと向けて、僕達は薄闇の中を歩き出した。

■俯瞰

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カストロへリス(Castrojeriz)を発つと、先ずは緩やかな坂を登り、丘を越えるところから一日が始まる。

ここが本当に美しかった。すっかりお馴染みになった夜明けの風景(いや、正確に言えば一日たりとも同じ景色はないのだけど)だったが、この日はとりわけ美しいと思った。

四方を山に囲まれた盆地ならではの魅力だろうか。周りをぐるりと囲われ、その中に街があり、畑があり、 森がある。道に沿って木々がポン、ポン、ポンと置かれている。それを丘の上から俯瞰で見るのが良いのだ。

まるで箱庭を見て楽しむような、そんな凝縮された美しさだった。

文学の才の無い僕には、この表現が精一杯だけど、上手く伝わってくれたら嬉しい。

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やがて丘を登りきると、道の脇に十字架が建てられているのに気が付いた。

巡礼の道にはこうやって十字架や、モニュメントが建てられていることが多い。巡礼中に亡くなった旅人の慰霊碑もある。

きっと、昔の過酷な巡礼者達にとってはこの丘を越えることさえも一つの試練だったのかもしれない。いつに建てられたものかもわからないが、この十字架もまた、遥か昔から人々を見守っているのだろうか。

■旅人の数だけある道

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青い空の下、一面に広がる麦畑が風に吹かれている様は、まるで波打つ海を見ているようだった。風が吹く度にそこかしこでうねりをあげる光景に、僕は故郷の海を想った。

今日もたくさんの旅人に出会った。

イタリア人の若者は、巡礼者達のポートレートを作るのだと言って、僕達二人の写真を撮ってくれた。

バルで再会したカップルは、プエンテ・ラ・レイナ(Puente-la-reina)で晩ごはんをおすそわけしてくれた二人だ。

ある巡礼者とは、同じ男性として妻や彼女に対する恋愛観の話をした。

それぞれがそれぞれに道を歩く。

巡礼者の数だけ旅と人生があると言う事だ。

同じ道を歩きながら、一人として同じ道を歩かない。でも、間違いなく道の上に仲間がいる。

それぞれが共に支えながら、それぞれの道を歩くだけである。

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■変化する道

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フロミスタ(Fromista)へ続くカスティーリャ運河を歩く。

果てしなく続く畑ばかりの一本道から、少し風景が変わるだけで気持ちが楽になるから不思議。

「ここが明確な境界線」と言うものはない。気が付けばいつの間にか変わっていた景色に、ふと視線を上げた時に初めて気が付く程度の緩やかで、自然な変化なのだが、ともすると変化していたことにすら言われるまで気がつかないこともある。

変化は、自然なものでしかないのかもしれないなぁ。そんなことを考える。

道に限った話ではなく、僕達が暮らす社会も同様か。注意深く視線を巡らし、日々感覚を研ぎ澄ます。そうしなければ、いつの間にか移ろう時代の変化に取り残されてしまいそうだ。

頭の中では真面目に振り返りながら、

しかし当時僕が妻に熱弁していたこと。

それは、哲学的なことでも文学的なことでも、ましてや経営的なことでもない。

ただ、スラムダンクについてだけだった。

熱弁しながら歩くうちに、気が付くと僕達は目的地の街に辿り着いていたのだった。

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■子猫と遊ぶ''ちょっと''良い宿

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フロミスタ(Fromista)で泊まる宿の目星は付けていた。前日、カストロへリス(Castrojeriz)のホスピタレロがおすすめしてくれた私営アルベルゲだった。

昔の住居を改装したような、洒落た宿。館内は様々な絵画で飾られていた。裏庭にはかわいい子猫がいる!部屋に入るといつもより''ちょっとだけ''上質なベッドと毛布が用意されていた。

向い合わせのベッドに寝そべった女性巡礼者が、笑顔でこう言った。

「宿にふわふわの毛布がある!そんな小さな事でもすっごく幸せよ!カミーノではそう言う小さな幸せがとても嬉しいのよね!」

彼女の言った通り、大広間に寝袋で雑魚寝の日々の中で、たまにふわふわの毛布で寝られるのは幸せだ。もちろん寝袋で寝るのも悪くない。これも''ちょっと''良いから嬉しいと言うことだ。

それもあったが、僕達夫婦はそれ以上に甘えん坊の猫ちゃん達にメロメロだった。

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■巡礼の金銭事情

今日の宿は10ユーロ。普段の公営アルベルゲは6ユーロ前後だから、いつもよりちょっとだけ贅沢した事になるが、この金額を高いと取るか安いと取るかは人それぞれだ。

スペインの相場だと、コーヒーが一杯1~1.5ユーロ。巡礼者用のメヌー(定食)も、8~12ユーロでメイン二品+デザート+ワインだから、コストパフォーマンスは最高だ。

大切なのはバランスだ。

現地の食材で自炊して皆でご飯を食べるのも楽しいし、何より交流の場になる。一方でバルでの食事もとても大切。良き出会いがあるかもしれないし、巡礼者のために用意された食事は、その土地の食文化を知る意味でも良い機会だ。

様々な選択肢をシーンや心境で使い分けること、こだわりすぎないことが、巡礼の旅に彩りを加えてくれると思う。

■受容

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ミサに参加するため外に出て、散歩から宿に戻る頃には部屋に西日が差し込み、あちこちでイビキが聞こえてきていた。

出来るだけ、巡礼中ミサに参加しようと思っている。

言葉は分からないし、流れもわからないのだが、あの、「汝の隣人を愛せ」と言って握手する瞬間が気に入っているからだ。

あの瞬間、巡礼者同士、また初見の地域の人々でさえ、互いに手を握り合うあの行為に、「受け入れられているのか」と感じるわけだ。

僕は信仰が無いため理屈は分からないが、あの握手の時間は垣根も、しがらみもないように思うのだ。あれがどういう事なのか、それを学ぶために通ってみることにした。静かだから、一日の振り返りにもちょうど良い。

もう何度か参加しているのだが、相も変わらずさっぱり理解に至らない。

ただ僕の両親よりも年を取った老婆が手を握り、「Buen Camino(良い巡礼を)」と声をかけてくれた瞬間に満たされる感覚は好きだ。

「明日も良い巡礼が出来そうだ。」

そう思えるのである。

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カストロへリス(Castrojeriz) ~ フロミスタ(Fromista)

歩いた距離 26km

サンティアゴまで 残り約424km

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