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【ゲストコラム】🏍モータージャーナリスト中村さん <後編>〜さようならアレイシ🤚🏻ようこそアレイシ〜

各ジャンルで活躍する「人」を通じ、競技やサイドストーリーなどさまざまなコラムを掲載中。今回はゲストライターとして、モータージャーナリストの中村浩史さんに元MotoGPライダーのアレイシ・エスパルガロ選手についてコラムを執筆いただきます<後編>🙌
(画像提供:中村浩史/Rafa Marrodán)


 アレイシのコラム、後編です。日本にもファンの多かったアレイシは、キッズ時代にカタルニアでデビューし、2024年のラストレースも、予定されていたバレンシアに替わって開催されたカタルニアでした。ホームグランプリで引退レースができるなんて、やはりアレイシは「持っている」ライダーなんでしょうね。(前編はこちら👇)


📷涙の引退発表会見

 2024年。アレイシは引退の意思を秘めてシーズンインする。引退の発表は5月23日、彼のホームコース、カタルニアサーキットだった。

「今シーズン一杯でフルタイムライダーからリタイヤする。素晴らしい旅だった、とても楽しかったよ…」

 レース前に開かれた記者会見で、アレイシは時折、声を詰まらせながら話し始めた。

「その発表を、ここカタルニアサーキットで出来ることが、本当に嬉しい。ここは僕が走り始めた場所だからね。僕は何の才能もないライダーで、努力で夢をかなえてきた。ハリウッドの映画だって、今まで勝ったことがないアプリリアで、30歳でレースに優勝して表彰台に上がれるようになるなんて思わなかっただろうね」

レース前の記者会見で引退発表

「23年には最高のシーズンを送ることができた。最高の思い出をもってフルタイムライダーからリタイヤしようと思ったんだ。これから先、知らない世界に飛び込むことになるだろけれど、最高にハッピーだよ。これからは家族と一緒に過ごす時間をもっと多く持ちたいし、それも引退を決めた理由のひとつだね。キャリア最高の思い出は(初優勝の)アルゼンチンかな。」

2022年アルゼンチンGP グランプリ初優勝
www.remosevilla.com

「もちろん(引退発表の)今日もね。こんな気持ちになったのは初めてだね。現役生活は18年、引退しようと決めたら、妻のロウラはまだ続けたら?って言ってくれたんだ。僕はいつも気持ちが先走りして、たくさん失敗して転倒、ケガをしてきた。弟のポルがひと足早く引退して、家族と幸せそうに暮らしているのも、引退を決めた理由のひとつかもしれないね」

 引退発表の記者会見が行なわれたカタルニアGPでは、土曜の「スプリント」戦でポールtoウィンの優勝をマーク。この時のポールタイムは、カタルニアサーキットのオールタイムラップレコードとして残っている。

💎✨「Shine At Home」ホームレースで予選ポール&コースレコードを樹立
🏆スプリントレースでポールtoウィン

 しかし、その24年シーズンは、いよいよドゥカティが最強の布陣を盤石なものとして、ショートレースの「スプリント」戦を含む20戦40レースで、ドゥカティが36勝をマーク。逃した4つの勝ち星はアプリリアが獲り、そのうち3つがマーベリック、1つがアレイシの手によるものだ。

2024Rd.6カタルニアGPは💯のレース

🏍️感動のラストレース

 最終戦は、いつものバレンシアではなく、バレンシアが大水害に見舞われたことで、急きょ代替え開催されたカタルニアサーキットだった。なんたる因果か、キッズ時代にカタルニアで走り始めたアレイシが、カタルニアでレース人生を終えたのだ。

最終戦に贈られた「Adiós (スペイン語でさよなら)」ヘルメット

「たくさん、忘れられない瞬間があるね。最終戦の朝には、妻から最後のスペシャルヘルメットを手渡された瞬間があったし、クールダウンでは僕の最初のバイク、アプリリアの125ccマシンで走ることができた。」

「レースが始まる前には感傷的になったけど、レースには集中できた。でもチェッカーを受けた後は、また涙があふれて何も見えなくなったよ。僕は、本当にスーパーハッピーな男だ」

全チームメンバーと家族からのメッセージが入ったヘルメット
最終戦もいい走りを見せたアレイシ

 そしてアレイシは、現役を引退した2025年から、HRCのテストライダーとして再び走り始める。
 かつて、思うに任せぬマシンでタイムを出すライダーとしての評価が高かったアレイシが、いま不調のどん底にいるホンダRC213Vをいかに蘇らせるだろうか――。

2025年「ザ・キャプテン」として再出発!

☆ゲストライター・プロフィール
モータージャーナリスト
中村浩史さん(なかむらひろふみ/1967年 長崎県五島市生まれ)

小学生時代から「自転車安全競技会」に出場、市代表に選ばれたこともありました。いま思えばあれが乗り物に熱中し始めた時期だったのかも。オートバイに初めて乗ったのも、その小学生の頃。父が「ホラ乗れ」と、スーパーカブの荷台をぽんぽん、と叩くや、飛び乗っていた記憶があります。あれが原体験なのは間違いないです。自分で初めて運転したのは中学生の頃。「アルバイトに入ったらカブに乗せてもらえる」って都市伝説のあった新聞配達のアルバイトを始めて、広場でワルい先輩にオートバイの操作を教えてもらったのです。私有地とはいえ、もう時効ですね。3ナイ高校のおかげで原付免許を取ったのは18歳の春。もうオートバイ歴40年になるんですね。21歳から二輪雑誌の編集部に潜り込んで35年、2025年からフリーのジャーナリストとしての活動をはじめました。オートバイ関連での得意分野はオールマイティです。特にレース取材歴が長く、たくさんネタ持ってます^^ 身長178cm/80kg

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