ダイバーシティ&インクルージョン~誰もが安心して能力を発揮できる職場づくりのために【松中 権×荻原 英人 対談】
現在開催中の東京2020オリンピックでは、大会ビジョンの3つのコンセプトの一つに「多様性と調和」が掲げられています。
「人種、肌の色、性別、性的指向、言語、宗教、政治、障がいの有無など、あらゆる面での違いを肯定し、自然に受け入れ、互いに認め合うことで社会は進歩。東京2020大会を、世界中の人々が多様性と調和の重要性を改めて認識し、共生社会をはぐくむ契機となるような大会とする。」
(出典:東京2020大会公式ウェブサイト「大会ビジョン」)
東京オリンピック・パラリンピック2020開催中の今、改めて考えたい「ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)」をテーマに、NPO法人グッド・エイジング・エールズ代表の松中 権氏と対談しました。
松中さんがこれまでリードされてきた、LGBTQ+などの性的マイノリティに関する情報発信を行うホスピタリティ施設「プライドハウス東京」や、ダイバーシティ・マネジメントの促進と定着を支援する任意団体「work with Pride」の運営、日本初の職場におけるLGBTQ+への取組みの評価指標「PRIDE指標」の制定など、LGBTQ+と社会をつなぐ場づくりや差別をなくすための活動を通して感じておられる課題や、企業におけるD&Iの取り組みの成功事例などを伺いました。
(※対談は2021年7月下旬にオンラインで行われました。)
●対談協力:
松中 権 氏(NPO法人グッド・エイジング・エールズ / プライドハウス東京 代表)
1976年、金沢市生まれ。一橋大学法学部卒業後、電通に入社。米国NYのNPO関連事業に携わった経験をもとに、2010年、グッド・エイジング・エールズを仲間たちと設立。2013年、米国国務省「International Visitor Leadership Program」の研修生として、全米各所を巡りLGBTQ関連活動の団体や政府機関を調査。2016年、第7回若者力大賞「ユースリーダー賞」受賞。一橋大学アウティング事件を機に16年間勤めた電通を退社し、2017年7月、二足のわらじからNPO専任代表に。現在は、LGBTQと社会をつなぐ場づくりを中心とした活動に加え、同性婚法制化、2020年を起点とした「プライドハウス東京」等に取り組む。
幼少期からカミングアウトして働き始めるまで
荻原:
松中さんは、LGBTQ+と社会をつなぐ場づくりやLGBTQ+差別をなくすための活動をされていますが、これまでの活動に至る経緯を教えてください。
松中:
僕は、石川県金沢市出身で、社会にもまれる次男坊です。いま思えば、小学校高学年くらいからゲイの当事者だという自認があったのですが、当時はLGBTQ+に関する情報が少なかったこともあり、まだ自分が何者かはっきりとはわからずモヤモヤした小学校時代を過ごしていました。中学生になった頃、某テレビ番組のキャラクターを目にするようになって、そのキャラクターが瞬く間に人気となって嘲笑の対象になるにつれ、「自分は男性を好きな男性なんだ」とわかりました。当時の辞書で「ホモセクシャル」を引くと「異常性愛・性倒錯」と書かれていて、中学生という多感な時期に「異常」という文字を辞書の中で見つけてしまったので、とてもショックだったんです。それまでカラーだった世界がモノクロに思えるくらいの衝撃を得ました。
荻原:
その出来事以降、生活に変化はありましたか?
松中:
表面的にはそれまで以上に明るく元気な自分を演じて、内面では周りの発言や仕草を窺って自分がゲイであることがバレることにびくびくしてしまう生活が高校卒業まで続きました。地元でこのまま暮らしていくことは難しいと感じ、東京に出たら自分と同じような人にも出会うかもしれないと思って進学を期に上京しました。
荻原:
大学時代はどんな生活でしたか?
松中:
当時、カミングアウトしている人は少なかったので、大学に入っても自分と同じような人との出会いはなく孤独を感じていました。スポーツが好きだったので、フィールドホッケー部に入って、部活自体は楽しかったのですが、練習試合中に相手方のチームメンバー同士が作戦会議していると、「あいつら絶対ホモカップルですよ」と誰かが発言してチーム全員が爆笑するような場面もあり、その場では取り繕って僕自身も一緒に笑っていて、これは自分の人生ではない、という感覚がとても強くなっていきました。
そんな折、インターネットで色々調べていたら、オーストラリアではLGBTQ+も自分らしく楽しく生きているという情報を得て、自分の本当の姿で自分らしく生きていきたいという思いで留学を決めました。
荻原:
オーストラリアでは生活に変化がありましたか?
松中:
僕が通っていた大学には、「クィアルーム」という「プライドハウス」のような場所がありました。留学後、1週間程で、勇気を出してカミングアウトし、それから自分の人生が初めて始まった感覚でした。オーストラリアで2年ほど過ごし、そのまま現地で就職することも考えたのですが、その当時出会った電通の方から、「ゲイだとカミングアウトしていることが、将来電通で活かせるかもしれないよ」と言われたんです。どういう意味なのか聞いてみると、電通はコミュニケーションの会社。いろんな人にいろんな情報を届ける立場で、届ける側にも多様性が求めらる世界だから、将来LGBT+の当事者であることが活かせるかもしれないよ。ということでした。それで興味が湧いて、電通に入ってみようと思ったんです。
荻原:
電通ではどのような活動をされて、日々を送られていましたか?
松中:
合計16年ちょっと電通にいたのですが、はじめの8年間はクローゼット、自分のことは隠して働いていました。
そこは想像通りのマッチョな世界で、仕事はとても楽しかったのですが、カミングアウトしていなかったので、コミュニケーションにどこか違和感がありながらも、いわゆる”電通マン”を8年間演じていました。
そんな折、この人にだったらカミングアウトしてもいいかもと思って信頼し、尊敬していた上司が事故で突然亡くなってしまったことをきっかけに、自分の人生を後悔せずに歩んでいきたいと思い、電通の研修制度を活用してニューヨークに行きました。ニューヨークに移住して現地のイベント会社でカミングアウトして働きました。
NYでの経験を経て、自分がゲイであることに誇りをもって生きていきたい、なにか人に役に立つ事をしたいと思い、帰国後の2010年にNPO法人グッド・エイジング・エールズを立ち上げ、電通でもカミングアウトして働く様になりました。
社内だけでなく、お客様にもオープンにしていたので、とても働きやすかったです。自分自身を偽ることに神経注ぐ必要もなく、チームでの信頼関係を安心して築くこともでき、パフォーマンスもかなりあがりましたね。
LGBTQ+と社会をつなぐ場づくり
荻原:
「LGBTQ+と社会をつなぐ場づくり」の様々な活動をしていらっしゃいますが、どのような経緯と思いでされてきたのでしょうか?
松中:
職場を変えるカンファレンス「work with Pride」開催、「PRIDE指標」の制定、ファーストプレイスとしてシェアハウスを運営、サードプレイスとして「カラフルカフェ」運営、マラソン「カラフルラン」開催・・・などです。
どうしても「あっちの人」「そっちの人」と、LGBTQ+とそれ以外という構図になってしまいがちなので、そうではなくて互いにリスペクトして支え合えるような場づくりをしていこうと思って取り組んでいます。
2015年からは、LGBTQ+を応援するプロジェクトとしては、OUT IN JAPANというLGBTQ+当事者のポートレートを撮るプロジェクトを、世界で活躍されている写真家のレスリー・キーさんと共にやっています。
2016年のリオオリンピックあたりから、LGBTQ+フレンドリーなニュースを多く目にする様になりました。僕の仕事についても、「権ちゃん、あの記事みたよ~」という反応が増えていって、入社前に電通の先輩から言われた「カミングアウトしていることを将来活かせるかもよ」は、これなんだなぁ・・・と体感しました。周りとも良い関係を築くことができて、仕事も楽しくできて、自分は本当にラッキーだな、と思っていました。それ以降も電通で働いて、東京オリンピック2020もLGBTQ+フレンドリーにしていきたいと考えていたんです。
ところが、そのタイミングで一橋大学のアウティング事件のニュースを見て、とにかくショックを受けました。自分の母校だし、自分もゲイだし、彼はもしかしたら僕だったかもしれない。自分がいまラッキーだとか仕事が楽しいと感じていたことにもショックを受けました。一橋大学のアウティング事件をきっかけに、かつて学生時代にホモネタやレズネタが周りに蔓延る中で、自分がいろいろ誤魔化してきたことなど、自分の中にしまい込んで鍵をかけていた記憶に直面したんです。電通とNPO、二足のわらじで上手いことやっている自分を突きつけられて、これはほんとうに自分がやりたい事なのかな・・・と思い、電通を退職してNPOの仕事に専念することを決めました。
荻原:
それは大きな決断ですね。
松中:
電通をやめる時に決めたことが3つあります。
1つ目は、一橋大学の事は絶対に変えるということです。亡くなった方のご家族をサポートしたり、LGBTQ+に関する授業を始めていま3期目です。
2つ目は、地元の金沢を変えたいとずっと思っていたのですが、この7月に一般社団法人金沢レインボープライドを地元の方々と立ち上げて、9月26日に北陸初のプライドレインボーパレードをします。
3つ目は、法制度や政治にアプローチすること。制度が変わらないと社会が変わらないと感じているので、2019年からは「MARIGE FOR ALL JAPAN」という団体の立ち上げメンバーとなり、結婚の平等、同性婚のことをイシュー化する活動などをしています。
荻原:
最近では、東京2020オリンピック・パラリンピックを契機に、LGBTQ+などのセクシュアル・マイノリティに関する情報発信を行うホスピタリティ施設である「プライドハウス東京」も立ち上げていらっしゃいますね。
松中:
もともとはバンクーバーオリンピック・パラリンピックの時に、スポーツとLGBTQ+をテーマに始まったのですが、日本では社会全体を変えていくような大きなプロジェクトとして2018年にキックオフして、2019年のラグビーワールドカップの時に期間限定で原宿にオープンしました。その後、2020年の東京2020オリンピック・パラリンピックにあわせて期間限定で立ち上げ、大会後に常設のLGBTQ+センターを作ろうという計画だったのですが、コロナ禍で東京2020オリンピック・パラリンピックの開催延期に伴い、プライドハウス2020も延期となっていました。
そんな中、LGBTQ+ユースがいま辛い状況下にあるという声が聞こえてきて1,600人位にインターネット調査を行なったところ、LGBTQ+ユースの37%が「コロナ禍で自分のセクシャリティを安心して伝えることができる人や場との繋がりが途絶えてしまった」と回答し、73%が「同居する家族との生活に困難を抱えている、安心できない」と回答しました。
荻原:
それはかなり大きな数字ですね。
松中:
LGBTQ+当事者の親や家族に理解がなかったり、中にはDVを受けているケースもありました。ステイホームの期間に、「家の外へのつながりが絶え、家の中では安心できない」という深刻な環境が生まれてしまったんです。
常設の場所は東京オリンピック・パラリンピックの後に設置する計画でしたが、今すぐに必要なものなので、関係各位に相談して2020年10月に新宿にオープンしました。
企業からは東京オリンピック・パラリンピック後の計画で協賛していただいていたので、1社1社説明していったのですが、皆さま快く応援してくださって心強く感じました。
提供:プライドハウス東京
日本のダイバーシティ&インクルージョンのこれまでと現状
荻原:
2013年に東京オリンピック・パラリンピックの開催が決まり、日本国内においてもオリンピック憲章に則ったダイバーシティ&インクルージョンの意識向上や取り組みが、企業やあらゆる組織に期待されてきたと思います。パイオニアとして数々の取り組みを通して、世の中を変えていらっしゃる松中さんですが、松中さんが活動を始めて以降、世の中は変化してきていると感じますか?
松中:
ここ数年、大きく動いてきていると感じます。最近、友人が小学生に授業をしたのですが、「LGBTQ+を知っていますか?」と質問したら、全員知っていたそうです。かつてはいないものとされていたLGBTQ+の存在が可視化されてきたことは大きな変化です。これは、LGBTQ+当事者の方々が受ける差別的な発言だけでなく、医療の現場や教育の現場等でおこる具体的な課題についても少しずつ可視化されてきていると感じます。同時に別の側面で起きている可視化もあります。
荻原:
具体的にはどのようなことですか?
松中:
これまで、気づいていてもスルーしてきた社会全体にある差別意識・嫌悪感・暴力的なアクションなどです。一番大きいのは、先日の理解増進法に関する一連の動きですね。根幹にある理解・風土と制度の課題が浮き彫りになって、ある意味しんどい時期に入ってきたと言えます。情報や理解は進んできているけれど、風土と制度は両輪なので、両方とも進まないと社会は変わりません。明らかに制度側を止める動きがあることが、ここ数カ月で浮き彫りになりました。
荻原:
日本には同質的なものが前提で社会が成り立っている文化が根強くあり、これまでの時代は企業の経営層にもマイノリティへの理解やダイバーシティ&インクルージョン(D&I)の感覚が希薄なリーダーが多かったように思います。そういった人々が動かす社会はローコンテクストというか、ダイバーシティとは真逆の価値観だったのではないかと思っています。海外経験も豊富な松中さんの視点で、グローバルと日本のギャップはどのようなところにありますか?
松中:
確かに日本は異物を排除する動きが強いですよね。海外にはないのかといったら、そんなことはなくて、同じようにあると思うんです。一番の違いは、日本はグローバルの中にいても、いろんな国との関係性で生きているというより、日本例外主義が根強いと感じます。人権・平等が大事と口では言うけれど、「でも日本は日本でいろいろあるから・・・」になってしまいがちです。発言ができる人々は、保守的な男性の高年齢層に偏っていて、そのグループの中で会話されることが社会になってしまっている。そういったカルチャーが根強く残っている印象です。
荻原:
D&Iという観点で、海外の一般企業の先進的な成功事例はありますか?
松中:
例えば、ITVというロンドンのメディアでは、お客さまが多様であることが大前提です。コンテンツをつくる際に、登場人物のバランスが取れているか、誰かの事を傷つけていないか等、多様性の視点でチェックする部署があるんです。その部署と社内の多様性を担保する部署が協力しあって動いています。
あとは、MBAの様に社会人になってから学びなおして会社に帰ってくるケースは少なくないと思うのですが、D&Iについてもポジションをつくっていく必要があるのではないかと考えていて、筑波大学と協業でエクステンションプログラムをつくっています。ゆくゆくは大学院の修士のコースにしようと動いています。グローバルでは、GAFA(Google、Amazon、Facebook、Apple)等に置かれている、Chief Diversity Officers(CDO)が日本には根付いていないので、それをつくることが目的です。
荻原:
経営戦略の中枢としてD&Iが位置づけられているということですね。日本企業では、まだ経営のど真ん中の課題としてD&Iを捉えていない会社がまだまだ多いということですかね。
松中:
そうですね。日本の企業でD&I推進は、人事部門の1つのセクションの役割という位置づけで、あまり経営課題としては捉えられていないですよね。企業の根幹である「人」そして「異質の掛け合わせで生まれる人同士のイノベーション」を促進する職場づくりのために、D&Iを企業の経営戦略として捉えて考えていくポジションが殆どの企業で不在なのは、グローバルと日本の大きな違いですね。
荻原:
D&Iによる成果を実感できていないというか、そういう事例に触れることがまだない会社が多いから、ピンと来てなかったり検討してもらえないという側面もあるのでしょうか?
松中:
日本でも、これまで日本企業の中でも保守的なイメージのあったNTTグループやJR東日本は、D&Iに力を入れていらっしゃるので、経営層の感覚の問題ではないかと思います。
出典:公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会
「PRIDE指標」について
荻原:
LGBTQ+当事者の方々が誇りを持って働ける職場の実現を目指す「PRIDE指標」について、立ち上げられた経緯を教えてください。
松中:
「職場環境をどうやったら変えていけるか」相談を受けることがとても多かったので、指標をつくることが、働く人にも企業にもメリットがあると思って始めたのが原点です。作り始めて思うのは、社会も企業も少しづつ変わり始めたということです。
最近考えていることは、企業ができることは実は企業の中だけじゃないということ、今年のPRIDE指標からは「レインボー認定」を新設しています。
ゴールド、シルバー、ブロンズは企業の中での取り組みが中心だったのですが、レインボーは、どれだけ社会に対してアクションを起こしているかで企業を評価するものになります。
これには3つの軸があって、1つ目はゴールドの認定を獲得していることで、2つ目はLGBTQ+に関する法制度の実現に賛同していることです。欧米では社員もカスタマーも社会の一員であると考え、社会全体が変わらないと自分たちは利益を生めないし、良い職場環境を作れないので、社会に対するアクションを企業が行うんですよね。
そして、3つ目はコレクティブ・インパクト型の取り組みを推進していることです。色々な主体と手を組んで社会を変えていく存在になれるかどうかということです。例えばNPO、学術機関、自治体などそれぞれ強みがあるので、同じゴールを目指す人たちと協同していけば幅は大きくなります。
出典:「PRIDE指標とは」(https://workwithpride.jp/pride-i/)
日本企業におけるダイバーシティ&インクルージョンの取り組み
荻原:
日本企業の取り組みで好事例はどのようなものがありますか?
松中:
マルイさんは本当にわかりやすくD&Iを実践されていますよね。「全てのお客様」が、取り残されない仕組みをつくっていて、例えば靴であれば男性用、女性用共にすべてのサイズをすべてのデザインで作っています。ストック、サプライチェーンを変えていかないと、企業にとってはロスになりますが、それを見越してちゃんと変えていくんです。
P&Gさんも2020年秋から、元就活生でLGBTQ+の方々の体験談を元に、自分らしさを表現できる就職活動について考える「#PrideHair」プロジェクトを行なうなど、商品を売るだけではなく、企業やブランドとしてのコンセプトやスタンスを発信していこうとされています。
P&Gさんでは、LGBTQ+だけでなく、多様性から商品がたくさん生まれている様です。ファブリーズは、開発チームの中に日本人だけでなく様々なルーツの方が数名入っていて、海外で生活していた経験を踏まえて、日本ではどんなファブリーズを作ったらいいだろうかと考えたそうです。すると、「日本で一番臭いのって玄関なんじゃないの、靴を脱ぐから」という意見が出て、玄関用のファブリーズを作ったら大ヒットしたんです。普段当たり前のように靴を脱いでいるから、そこに着眼しないけど、違うカルチャーの人が協業してプロダクト、価値を生みだすのが醍醐味であるとP&Gさんはおっしゃっていましたね。
また、「多様な家族のかたち」について考えたとき、親は必ずしも2人だけではなく、いろんな家族の形がありますよね。今「家族向け」と言っても、親は多くて2人までみたいになっていて、ある意味、固定観念で決めつけてしまっている枠組みだと感じています。それを広げることは当事者にとってもいいことですが、実はマーケットを広げることにもつながるんです。多様性と聞くと人事の話のように聞こえますが、経営選択にも関係すると思っています。なぜ、このような話をするかというと、僕自身にも子どもがいて、いま友人カップルとともに3人の親として子育てに関わっているからなんです。
「ゲイとトランスジェンダーと母と子 新しいファミリーが生まれた 愛し合う二人ともう一人が、赤ちゃんを授かった。」(BuzzFeed Japan)
荻原:
日本の職場において、去年大企業のハラスメント防止対策が義務化されて、「SOGIハラ(ソジハラ)※」についても明記されたことは大きな変化だと思うのですが、日本の職場のSOGIハラにはどんな課題がありますか?
※SOGIハラとは?:
好きになる人の性別(性的指向:Sexual Orientation)や自分がどの性別かという認識(性自認:Gender Identity)に関連して、差別的な言動や嘲笑、いじめや暴力などの精神的・肉体的な嫌がらせを受けること。また、望まない性別での学校生活・職場での強制異動、採用拒否や解雇など、差別を受けて社会生活上の不利益を被ること。 それらの悲惨なハラスメント・出来事全般を表す言葉です。
(出典:「なくそう!SOGIハラ」http://sogihara.com/)
松中:
LGBTQ+の当事者に対しては、多様なハラスメントが存在しています。特にトランスジェンダーの方々は就職をする事すら困難なんです。就活でカミングアウトしたら落ちて、隠したら受かったという話をよく耳にしますが、これは明らかな就職差別で、仕事をする上でも自分の望まない性別を強要されることもあたりまえにあるんです。
なので、パワハラ防止法の中にSOGIハラとアウティングという言葉も入ったことは大きな変化と言えます。しかし、企業がどれくらいそれを理解しているかはまだ疑問視しています。
荻原:
経営者や人事に対して、人事制度や職場環境等についてのアドバイスやサジェスチョンがあれば教えてください。
松中:
いまでは100を超える自治体が導入しているパートナーシップ制度を、社内制度としても取り入れている企業は意外とたくさんあります。今まで職場でカミングアウトをしていなかったゲイの友人が、コロナ禍で決まった海外赴任をきっかけにパートナーを帯同したいと思い、カミングアウトしました。それがとても良い方向に働くようになり、今まで職場で自分を語ることができず、コミュニケーションがうまく取れていなかったようなのですが、それができるようになって仕事の楽しさなどのロイヤリティの改善にまで繋がったと聞きました。
荻原:
支え合ったり相談する仕組みとしてD&Iの観点から見るとどんな仕組みがあると良いと思いますか?
松中:
ピアサポートが重要だと思います。今職場で起きていることだけでなく、今までの職場に対して理解して共感性が高い人がいることが大切だと感じています。研修を受けてサポートができるということだけではなくて、トランスジェンダーの人の悩みはトランスジェンダーの人でないと理解しきれないかもしれないというように、ピアな人たちの経験で話し合える環境が必要だと思います。
荻原:
なるほど。企業としてはそれを促進したり支えるような仕組みがあると良いと思われますか?
松中:
実際、JR東日本さんではLGBTQ+当事者の方々から仲間が欲しいという意見が出て、全社員にメールをしたことで、最終的に50人くらいLGBTQ+当事者としてアイデンティファイされたんです。人事側の制度というよりは、同じ職場で働く方々の中にそういったネットワークがあると良いと思います。
いま、ERGs(Employee Resource Group)などが様々な企業で動き出していますが、そういったリソースグループがきっかけになってもいいと思いますし、まずアライとしてそこに入って、自分にとって安全安心であるかを確認してからカミングアウトする人も存在するので、社員同士のネットワークにおいてクッションとなれるといいと思います。会社側が応援して予算をつけたり、人事の役員がヘッドになるような担保するものがあって、社員同士のつながりを支えられると、ドライバーになるのではないかと思います。
すべての人にとって「はたらくをよくする」ために
荻原:
最後に改めて、マイノリティの方でもどんな人にとっても、「はたらくをよくする」ために大切なことは何だと思われますか?
松中:
アライ※の存在が大きいと思います。LGBTQ+にとって、がんサバイバーにとって、外国籍の人にとって・・・など、全部同じアライではなくて、それぞれが誰かのアライになるんですよね。あるテーマ、あるトピックで自分は誰かのアライにになるという意識が高い職場の方が、それぞれが働きやすいのではないかと思います。
それから、選挙へ行きましょう!制度や仕組みを変えるには、一人一人の小さなアクションが何より大事です。
※アライとは、LGBTQ+など性的マイノリティの人達を理解し支援する人達のことを表す言葉。英語の「同盟、支援」を意味する「ally」が語源。
荻原:
松中権さんご自身の実体験から、日本のD&Iの浸透を最前線でリードされてきた貴重なお話をありがとうございました。今後とも応援しています!
【参考】
LGBTとハラスメント~知っているようで知らないダイバーシティの新常識~(イベントレポート)
ハラスメントを防止するための職場環境づくり、問題に気付いた時の対応