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暗黒報道63 第八章 最終決戦

■ホテルのスイートルームに現れた女は


 ドローンが選挙カーに突っ込むという大事件の捜査は、警視庁警備部と刑事部が合同であたったが難航していた。犯人がドローンをどこで操作していたのか初動捜査で突き止められなかった。会場全体を撮影していた防犯カメラの動画をチェックしたところ、爆弾を積んだドローンが落下する少し前、数人の観客が選挙カーから遠ざかる動きを見せていた。相当慌てた様子だった。それぞれの顔をアップにしたが、帽子やサングラスを被ったり、変装したりしていて人物の特定には至らなかった。

  捜査一課の鏑木警部補に一通の封筒が届けられた。大神が入院している病院の医師からだった。中を開けると一枚の紙が出てきた。
 「こうづき てるお」と書かれていた。
 大神が病室で一瞬、目をさました時、看護師に消え入るような声で伝えた言葉だった。
 「こうづき てるお」が、民警団に所属する香月照男であることはすぐに判明した。なぜ、大神が香月の名前をつぶやいたのか。ドローン爆破事件と関係があるのか。鏑木はわからず首をひねった。

 警備部との調整の結果、香月の取り調べは、捜査一課が担当することになった。刑事が香月の自宅に駆け付けたところ、1人で家にいてテレビのバラエティ番組を観ていた。任意同行を求めて、鏑木が直接事情聴取した。香月は田島の演説会場に行ったこと自体を否定した。だが、爆発直前に選挙カーから遠ざかった1人が香月に酷似していることを警視庁の鑑識が突き止めたことを踏まえて追及すると、演説会場に行ったことをあっさりと認めた。鏑木による厳しい取り調べを受けた結果、「民警団本部からの指令で精鋭部隊が会場に集まった」と供述し始めた。

大神は香月の顔を覚えていた。香月は厳しい取り調べに耐えられず全面自供した

 香月の供述によると、前日に民警団本部から田島の集会に行くように連絡を受けて駆けつけた。ミッションは、「田島を襲撃する」ことだった。具体的には会場で指示があると言うので、ナイフを所持して待った。会場には1人で行ったが、あちこちで精鋭部隊のメンバーの顔を見つけたので心強かった。10人はいたように思う。ただ、田島の警護と会場の警備が厳重すぎて、襲撃する機会はなかった。その後、「空からの襲撃に変更になった。すぐに選挙カーから離れるように」という連絡がスマホに来た。空を見上げたら、ドローンが上空を舞っているのを確認し、あわてて選挙カーから離れたという。

 民警団は後藤田会長の失脚、事務局長の逮捕で弱体化していた。精鋭部隊もかつての選りすぐりの鍛えられたメンバーは逮捕されたり、自ら脱退して逃げたりした。最近は希望したら誰でも入隊できようになっていた。香月もその1人で1か月前に隊員になったばかりだった。

香月は話し始めると止まらなくなった。
 「精鋭部隊のリーダーからの指示だった。ドローンを実際に操作したのもリーダーだった。今回は蓮見副官房長官からリーダーへ直接の指示があったと聞いている」と供述。さらに会場にいた精鋭部隊のメンバーの名前を知っている限り、紙に書き出した。
 主犯の蓮見とリーダーは、雲隠れして行方がわからなかった。

 報道機関からの問い合わせに対して、捜査一課長は「事件の概要は徐々に明らかになってきつつある。だが、中心人物をまだ逮捕できていない。事件の全容が解明された段階で発表する」として、詳しい内容については触れなかった。
 
 下河原は、田島を襲撃するという連絡は蓮見から事前に聞いていたが手段については任せきっていた。まさかドローンで襲撃するとは思いもよらなかった。蓮見と精鋭部隊のリーダーがどこにいるのか下河原もつかめていなかったが、2人が逮捕されるのは時間の問題とみられた。

 下河原は追い詰められていた。もはや、公選首相になるしかなかった。選挙で勝ちさえすればあとはどうにでもなる。万が一負けたりすると、これまで抑えてつけていたことが一気に噴出して大混乱になる。選挙で勝つことが生き残りの唯一の手段になってきた。

 大神の意識が完全に戻った。大学病院に詰めかけた報道陣は、「時の人」となった大神の様子を刻々と伝えた。腹部を直撃した破片は肝臓に達し、肝臓がぱっくりと割れたが、外側の膜を応急処置したことで出血を抑えることができた。頭の傷も外傷だけですんだ。

大神の手術は成功した。意識は回復したが安静状態は続いた

 安静状態は続いていたが、食事も自分で摂れるようになり、テレビを観て、新聞も読めるようになった。特に、「北方独国」との日本海での衝突についての記事は全紙、隅々まで読んだ。
 
 面会は短時間であれば許されるようになった。朝夕デジタル新聞の田之上社会部長が来た。田之上は日本海衝突の事案が記事になるまでの経過を説明した。暗礁に乗りかけた時に、弁護士永野洋子が持ってきた情報が決め手になったと言った。大神は岸岡の情報だと察してほっとした表情を浮かべた。新聞が発行停止になったことについてはニュースで知り心配していた。

 「このまま発行停止が続くと経営に甚大な影響を及ぼすことになる。だが、発行停止の措置について国民から批判が出ているし、政府内部でも異論が出始めている。最後は、正義が勝つことを信じるしかない」。田之上が言った。

 鏑木警部補がやってきた。香月が全面自供したことを伝えた。
 「香月の名前を伝えてくれたことで捜査が一気に進んだ。なぜ君は香月の名前を看護師に言ったのだ」
 「香月が田島さんの集会にいたのを見たんです」
 「なんだって。香月を知っていたのか」
 「橋詰君を殺した容疑で逮捕された時に警察が配った容疑者写真を見て覚えていました。当時は丸刈りでしたが、集会では長髪でした。そしてサングラスもかけていた。でもわかりました。全体の雰囲気でビビッときました」

 「信じられん。集会の聴衆を映した動画は何度も見たが、わからなかった。君から香月という名前を聞いて再度、鑑識がチェックしてようやく酷似しているというのがわかった。取り調べでは、集会にいたことが動画に映っているぞと言って自供に追い込んだ」
 「顔や雰囲気を一度見たら忘れないという点については自信があります。友人からは異常だと言われますが」
 「背後に蓮見の存在が見え隠れしている。君には心当たりはないか」
大神は田島事務所での蓮見とのやりとりを伝えた。
 
 入れ替わりに、永野洋子と伊藤楓がやってきた。
 一番ほっとできる親友だった。永野は、岸岡の録音データが記事化の決め手になった経過を説明した。田島の容態については、「足の痛みが続き、あまり体調はよくない。でも命に別状がないのは、大神さんのおかげね。感謝している」と言った。選挙情勢については、「あと一歩のところまで追い上げている。下河原の支持者は強固で、牙城を崩すのは簡単ではない。田島のけがで同情票は獲得できるが、一方で『健康面で不安がある』という声も根強くある。最後の決め手は、無党派層が投票所に行ってくれるかどうかね。若者は下河原に反発している。彼らが選挙に行ってくれて投票率が上がれば勝算ありだけど果たしてどうなるか」と話した。
 
 楓は意識を取り戻した大神を見てとてもうれしそうだった。大神が病院に運ばれたことを知った時には、わんわん泣いたという。「さすがは大神先輩、不死鳥のように蘇りましたね。それにしても、自分の命を顧みないで突進していくなんて。ネットでは、神ではないかと言われていますよ。私には到底できない。真っ先に逃げちゃう」
 「咄嗟の判断だったから。楓だっていざとなったら同じ行動をとると思うよ」。大神は言った。
 「早く元気になって取材を再開しましょう。選挙の結果はどうなるかわからないけど、まだまだやらないといけないことがいっぱいある。新聞社も大神先輩の取材力がないと前に進まないようだし」
 
 「その件なんだけど」。大神は、待機部屋にいた田之上社会部長、鏑木警部補を呼び出した。永野と楓もあわせた4人に対して、ある提案をした。
 全員があっけにとられた。
 「危険すぎる。おれは認めることはできない」と鏑木が真っ先に反対したが、大神の意志が固いことで、最後には「勝手にしろ。俺は聞かなかったことにする」と言って突き放した。
 
 選挙戦最終日がやってきた。午後8時まで選挙運動が繰り広げられる。情勢はこんとんとしていて、世論調査でもわからなくなっていた。
 下河原陣営は、国立競技場に5万人の大観衆を動員した。真ん中に立った下河原が1時間にもおよぶ大演説をした。八方ふさがりになっていたが、それでもまだ強気だった。
 
 「私はいつでも他国と戦闘に入ってもいいように、ミサイルを発射させるのに必要なボタンをカバンの中にしまって持ち歩いている。いつ、敵が襲ってくるかわからないからだ。一方、対立候補は大けがをした。大変不幸な出来事だが、容態は良くない。果たして公選首相の激務に耐えることができるのか。対立候補は敵国から日本を守ることができるのか」
 
 「できるわけ、なーい」。客席から声が飛んだ。
 「私があたかも『北方独国』との衝突を仕掛けたかのような主張を展開しているが、そんなことがあるはずがない。でっち上げだ。あり得ないことを記事にして国民を惑わす新聞は廃刊にするべきだ。そんなマスコミと手を組んでプロパガンダを展開する田島には政権を維持する能力も資格もない」
 
 この後、得意の弁舌で、公選首相から日本大統領、そして世界大統領を目指すという抱負をぶちあげた。演説が終わると同時に、上空を最新鋭のジェット戦闘機10機が飛んだ。戦闘機は大空に「Ⅴ」の文字を描いた。
 
 田島はこの日も朝から姿を現さなかった。選挙カーの爆発以後、無理して大神の病院に行ったが、その後、体調がすぐれず、選挙演説もできなかった。
 「下河原が言うように、激務には耐えられないのではないか」。選挙活動を展開してきた陣営の中からも心配する声がでてきた。
 支持を表明していた有権者にも動揺が見られた。投票しても「死に票」になってしまうのではないか。結局は、下河原なのか。下河原しかいないのか。
 
 下河原は選挙戦最終日、最後の訴えを終えた後の午後8時過ぎ、選挙事務所近くの外資系ホテルに入った。長い選挙戦を闘って心身ともに疲れ切っていた。ロビーで秘書に言った。
 「今晩だけは1人にしてくれ。当選の記者会見までは、なにがあっても連絡はするな。一切遮断しろ。たとえ戦争が勃発してもだ。俺は休む。休ませてくれ」。そう言うと、1人でスイートルームに入った。広々としたリビングのソファに倒れるように横になった。スマホの電源を切った。時間を止めて、ゆっくりしたかった。

休みたかった。ただただ休みたかった。下河原の目の前に現れたのは……

 下河原は心底、疲れ果てていた。
 一体どこから歯車が狂ったのか。政権を握って以後、立ちはだかる敵対勢力を次々に打破し、思い通りの政策を進めてきた。模範となる「ノース大連邦」と手を結んだ。表面上は民主主義国家とは連携しているふりをしながら、水面下では、民主主義を否定する独裁国家を作り上げていく。憲法改正は大仕事だったがやり遂げた。
 核兵器を独自に開発して軍事大国への道を突き進み、世界で発言力のある国にしていく。そして自分が大統領として死ぬまでトップに君臨し続ける。そのためにも、公選首相の選挙は圧勝のうちに終わるはずだった。すべてが思惑通りに進むはずだった。

 しかし、どこかぎくしゃくして思い通りに事が進まなくなった。
 白蛇島での鮫島の爆死は痛かった。報道記者ら抵抗勢力への襲撃は後藤田に任せたがあまりにも強引すぎて、毒物混入事件を誘発した。そして蓮見だ。頭の回転が速く、冷静沈着にことを進める男だが、プライドを傷つけられると、切れてとんでもない行動を起こすことがある。まさかドローン攻撃を仕掛けるとは。非合法手段をとってもかまわないとは言ったが、あまりにも派手にやり過ぎた。

 1年ほどの出来事を思い返していた時、ソファーの横の電話がなった。
 下河原は舌打ちしながら受話器をとった。秘書だった。
 「なにがあっても連絡するなといっただろう」
 「あっ、はい。警察の幹部の方2人がそちらの部屋に向かいました。警察署に『不審者がホテルに入った』という情報があったということです。断ったのですが、念のため、総理が就寝する前に部屋の中に不審物がないかを調べたいということです。男性の方の警察手帳は確認しました」

 下河原は乱暴に受話器を戻した。間もなくチャイムがなった。来客を知らせるドアの呼び鈴だった。
 「警察など用はない。追い返してやる」。腹を立てながらドアのところまで歩いて行った。ドアを一度蹴とばしてから乱暴に開け放った。

 そこに1人の女がいた。頭に包帯を巻いている。電動車椅子に乗っていた。下河原はこの瞬間、思い出していた苦難の出来事の数々が頭の中を駆け巡った。すべての局面で、立ちはだかった女の姿がくっきりと浮かび上がった。
 
その女の名前は、大神由希。

 今、目の前でにこにこ笑っている女だ。
 下河原は呆気にとられ、女の顔をまじまじと見つめていた。
 
(次回は、■「お前は何者だ」。下河原は大神の首を絞めた)

         ★      ★       ★
         小説「暗黒報道」目次と登場人物           
目次
プロローグ
第一章 大惨事
第二章 報道弾圧
第三章 ミサイル大爆発
第四章 孤島上陸
第五章 青木ヶ原の決闘
第六章 暗号解読 
第七章 戦争勃発 
第八章 最終決戦
エピローグ

主な登場人物
大神由希 
主人公。朝夕デジタル新聞社東京社会部の調査報道を担 当するエ ース記者。30歳独身。天性の勘と粘り強さで' 政界の不正を次々と 暴いていく。殺人集団に命を狙われる中、仲間たちが殺されたりして苦悩しながらも、「真相の究明」に走り回る。
下河原信玄 
内閣総理大臣、孤高の党代表。核武装した軍国主義国家を目指す。
後藤田武士 
国民自警防衛団(民警団)会長、元大手不動産会社社長。大神の天敵。

★朝夕デジタル新聞社関係者
橋詰 圭一郎 
東京社会部調査報道班記者。大神の1年下の最も信頼している相棒。
井上 諒   
東京社会部デスク。大神の上司で、大神と行動を共にする。
興梠 守   
警察庁担当キャップ。

★大神由希周辺の人物
河野 進
「スピード・アップ社」社長。下河原政権の広報・宣伝担当に就任。大学時代の大神の先輩で婚約者だった。
岸岡 雄一
「スピード・アップ社」のバイトから取締役へ。子供の時から「IT界の天才」として知られる存在。
伊藤 楓
インターネット会社「トップ・スター社」を創設した伊藤青磁の長女。大神に憧れて記者になる。
鏑木 亘
警視庁捜査一課警部補。夫婦とも大神のよき理解者。大神が時々夜回りに通う。
永野洋子
弁護士。大神の親友でよき相談相手。反社会的勢力の弁護を引き受けることもある。
田島速人
永野の夫で元財務官僚。総選挙で当選し、野党「民自党」副代表になる。

★下河原総理大臣周辺の人物
蓮見忠一
内閣官房副長官。元警察庁警備局長。報道適正化法(マスコミ規制法)制定の責任者。        
鮫島 次郎
内閣府特別顧問兼国家安全保障局長。下河原総理の指示で、最新鋭のミサイルとドローンの開発にあたる。いつも紺色仮面を被っている。
江島健一
民警団大阪代表から、民警団本部事務局長になる。
香月照男
民警団員。精鋭部隊入りを目指している。

★事件関係者
水本夏樹
スーパー美容液を売るマルチ商法の会社経営者。会社倒産後、姿を消していた。
水本セイラ
水本夏樹の一人娘。知能指数が際立って高い小学3年生で、謎の多い少女。

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