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暗黒報道60 第七章 戦争勃発

■蓮見の含み笑いに、大神がキレた


 「おやっ。大神さんじゃないですか、珍しいですね」
 選挙事務所の応接室に突然現れた大神を見て田島が驚いたように言うと、民自党代表は「びっくりするじゃないか、いきなり入ってくるなんて。選挙戦をめぐる作戦会議中だ。マスコミが出入りする所ではない」と怒りを含んだ表情で、出て行くように言った。首相公選に立候補してくれと何度も頼み込んだが断られたことで大神に対しては恨みの感情しかなかった。大神も場違いな雰囲気に戸惑い、「失礼しました」と言ってドアを閉めようとした。

 「まあまあ、込み入った話は少し中断しましょう。頭が痛くなってきた。大神さんどうぞ、こちらにきてください。紹介したい人がいます」。田島はそう言うと、大神をソファの空いた所に座らせた。蓮見とテーブルをはさんで向かい合わせになった。

 「こちらは内閣官房副長官の蓮見忠一さんです」
 「初めまして」。顔を見るのも嫌な男だが、大神は丁寧に頭を下げた。
 田島が大神を紹介しようとするのを蓮見は遮った。
 「大神さんのことはもちろん知っています。よく話題になる人なので一度お目にかかりたかった。今日はどういう要件で田島さんに会いに来られたのですか」
 「取材です。選挙情勢について陣営の幹部の方に話を聞きに来ました」。実際は永野に「おもしろい人物が来ているから来い」と言われ、半ば好奇心で駆け付けたのだが、そうは言えなかった。
 「情勢についての取材ですか。わたしはまた、大神さんが新たなスクープネタをつかんで田島さんに報告に来たのかなと思いましたよ。大神さんがスクープをうつたびに、下河原総理の票が一気に減り、田島さんの票が増える。田島さんと大神さんはタッグを組んでいるのはないか。私の周りの人間はそう言っていますよ」。蓮見が言った。

 「いや、大神さんは私の妻の親友です。公選首相の候補者として名前があがり、私も説得しましたが、きっぱりと断られた。それだけです。私の選挙には全く関わっていません。記者としての仕事を全うされているだけです。誤解のないようにお願いします」。大神が言おうとする前に、田島が先に言った。蓮見の発言にかちんときた大神だったが、田島の説明を聞いて、ぐっと我慢することにした。

 それにしてもなぜ、蓮見が田島の事務所にいるのか。理解できない組み合わせだった。疑問に思っていたことを大神は口にした。
 「蓮見さんこそなぜここにおられるんですか」
 「敵情視察ですよ」。蓮見は言葉を用意していたように笑いながら言った。
 民自党代表が説明した。
 「蓮見君はこれから田島陣営に入ってくれることになりそうなんだ。参謀になってくれれば百人力だ。劣勢を挽回できるかもしれない。おっと、これはオフレコだ。田島君の最終的なゴーサインがでていない。新聞に書いたらだめだぞ」
 陣営のスタッフに誰が加わったかなどは記事にはならない。だが、なぜ、蓮見が田島陣営に入ることになりそうなのか。大神は信じられない気持ちになって田島を見た。田島は瞬間、気難しい顔になった。迷っている様子だった。

大神v蓮見 火花が散った

 民自党代表が唐突に毒物混入事件の犯人逮捕のニュースに話題を振った。オフレコの話を口を滑らせて言ってしまい、あわてた様子で無理矢理話を変えた。
 「毒物混入事件の真犯人の逮捕は、朝夕デジタル新聞のスクープだったらしいな。大神君が奮闘したと聞いたぞ。逮捕を報じる記事の翌日には、夏樹を犯人視した報道に対しての『お詫び』が載った。『お詫び』であれだけの紙面を割くのは前代未聞だ。大神君の謝罪コメントも載っていたな。どういう内容のお詫び紙面にするのか社内で相当議論があったんだろう。聞きたいなその経過を」
 夏樹の名前が出てきたので、大神は一気に暗い気持ちになった。胸が詰まった。お詫びの紙面を掲載したからといって、初報の記事を書いた「罪」が許されるものではない。

 「確かに検証記事の内容については社内で何度も検討しました」。「お詫び」に至るまでの一連の経過をかいつまんで説明しようとしたとき、ふとなにか異質な雰囲気を感じた。正面に座る蓮見が、ニタニタと笑っていたのだ。
 「おかしいですか」。大神は蓮見を睨みつけて唐突に言った。蓮見は驚いたように真顔に戻った。
 「私ですか。笑っているように見えましたか。そんな表情をした覚えはないな。大変だったんだろうなと気の毒に思っただけですよ」

 そう言い終わった時の蓮見の表情に、また含み笑いが浮かんだ。大神の頭の中でプチンと何かが弾けた。
 「話を戻して恐縮ですが、田島さんの陣営に蓮見さんが参加するという話が進んでいるようですね。田島さんの気持ちは決まったのですか」。いきなり振られた田島は一瞬、戸惑った表情を浮かべながら言った。

 「熟考中だ。選挙は戦争だ。負けたら終わり。すべてを失う。きれいごとではすまない。まだまだ劣勢が伝えられている今、蓮見さんから魅力的な提案があった。今日、明日中にはどうするかを決めようと思っている」

 「その件について私の個人的な意見を言っていいですか」。大神はもう抑えがきかなくなっていた。
 「どうぞ、君の意見もぜひ聞いてみたいな」。田島が言った。
 「はっきり言わせてもらいますが、蓮見さんは信用できない人だと思います」
 「なんだと」。にこやかだった蓮見の表情が邪悪な顔に一変した。田島も民自党代表も驚いて目を見開いた。
 「蓮見官房副長官は私たち記者を罠にはめたんです。『夏樹さんを取り調べて逮捕する方針だ』と先輩の警察庁キャップに漏らしたのは蓮見さんです。その情報をもとにキャップは本記を書いた。それが誤報だった。蓮見さんは夏樹さんが毒物を混入したのではないと知りながら虚偽の情報をキャップにリークしたのです」
 
 蓮見は怒りで打ち震えていた。下河原の信頼を得て以後、面と向かって口答えをする人間は1人もいなかった。それが、目の前の一女性記者から「信用できない人だ」と言われた。侮辱され、プライドを傷つけられた。

 「驚くべき責任逃れだ。だからマスコミは怖い。水本夏樹の件は、私の耳には、『犯人で間違いない』『逮捕する方針』と入っていた。それを興梠に耳打ちしただけだ。感謝されてもいいぐらいだ。真犯人が夏樹なのか、別の人間なのかなんて知らないし関心もない。記事にするにあたってはもっと慎重な書き方があったはずだ。それをあんなにストレートな表現で書くなんて。悪いのは興梠の方だ。そしてそのまま記事として掲載した朝夕デジタル新聞社の杜撰な危機管理の方が問題だろう」

 「私でも信頼していた人から情報を提供されたら記事にしていたと思います。書かせておいて、国会で痛烈に批判し、マスコミ規制法違反で摘発しようとした。最初から誤報を書くようにそそのかしたとしか思えません。政府の方針に厳しい論調を展開していた朝夕デジタル新聞のイメージダウンを図るという意図があったと見ています」

 「ふざけたことを言うな。俺を誰だと思っているんだ。誰に対してものを言っているのかわかっているのか。貴様の想像だけで勝手なことを言うな。失礼極まりない」。蓮見の怒りは頂点に達し、田島の方に向き直った。
 「田島、大神を今すぐ追い出せ。選挙協力の話をしていたのに、大神が入ってきておかしくなった。こいつは頭がおかしい。話が脱線していって収拾がつかん」。蓮見の声がうわずってきた。

大神の発言に、蓮見の怒りは頂点に達した

 「蓮見さん、そんなに熱くならないでください。私にとってはとても関心のあるおもしろい展開になってきました。大神さんは記事の顛末、背景について自分の見解を示した。蓮見さんも反論があるなら具体的に言ってください。2人とも冷静に話し合いましょう」。田島が言った。だが、大神も頭に血が昇っていて、冷静さを失っていた。後戻りはできなかった。

 「毒物混入事件では、民警団の江島事務局長が逮捕されました。その民警団の会長、後藤田武士の号令で報道機関の記者が次々に襲われている。蓮見さんは後藤田会長の盟友ですよね。記者襲撃の実態について後藤田会長から聞いていたのではないですか。いや、むしろ報道記者の『ターゲット・リスト』を作成した張本人として襲撃を指示していたのではないですか。これは取材です。答えてください」

 「ふざけるな。反社会的勢力に在籍していた女が何を言う」。蓮見の顔は真っ赤になっていた。大神は続けた。
 「しかもあなたは今まで、下河原総理のブレーンだった。手のひらを返し、田島さんに取り入ろうとするなんて信じられません。スパイとなって入り込もうとしているのではないですか」
 「スパイだと。お前は報道の世界でしか生きていない。政治には、表もあれば裏もある。奥深い政治の世界を全く理解していないこんな女の言うことなんか聞かない方がいい。なにが取材だ。こんなところで、お前の取材を受ける必要も義務もない。いいから出て行け」

 「出て行くのは蓮見さん、あなたの方のようですね」。田島が言った。  
 「お断りすることにしました。私も票がほしい。喉から手が出るほどほしい。ついぐらついてしまった。でも今、大神さんの話で目が覚めた。大神さんも興奮してしまっているが、話していることは事実だし、見方についても辻褄があっている。それに対して、あなたは真正面から答えず、罵倒しているばかりだ。あなたを陣営に迎え入れること、そして提案、取引についてはなかったことにしてください」

票が欲しい。のどから手が出るほど票が欲しい。

 蓮見はあっけにとられて、しばらく言葉がでなかった。そして思い直したように言った。
 「俺を怒らせたらどうなるのか。敵に回したらどうなるか。わかって言っているのか」
 「どうするというんだ」。民自党代表があせって言った。
 「田島、おまえがいかにあと10日間頑張って票を上積みさせたとしても絶対に首相にはならない。なれない。俺の力を思い知らせてやる」。そう言い残して蓮見は部屋から出て行った。

 「蓮見を怒らせていいのか? あいつは敵に回すと恐ろしい男だ。ポストを与えてでも、手なずけて置いた方がいいと思うぞ。まだ、遅くない。俺が連れ戻してくるから一緒に謝ろう」。民自党代表は心配そうに言った。
 「大丈夫です。私も目が覚めました。私たちの陣営に入るなどあり得ない。すべて下河原と練りに練った策略です。油断させて、こちらの情報を入手しようとしたに違いありません」

 「非合法な手段にうってでるかもしれんぞ」
 「その時はその時です。私も命を賭けて選挙戦を戦っています。なにが起きても運命として受け入れます」。民自党代表が何を言っても、田島の気持ちは変わらなかった。

 大神は3者会談の場を混乱させて、ぶち壊したことを自覚した。茫然としたまま、応接室を出て、スタッフや支持者らでごった返す事務所の1階に降りた。奥の方の椅子に永野が座っていた。大神を見つけると手招きした。

 「応接室に入ってから結構長かったわね。今さっき、蓮見が顔を真っ赤して出て行った。なんか怒っていたみたいよ。中で一体なにがあったの?」

 大神は、毒物混入事件の話をしている時に蓮見が笑っているのを見て、ついカットなってしまい、我を忘れ、蓮見と激しくやりあった顛末を話した。
 「田島さんにご迷惑をかけてしまったのではと申し訳なくて」
 「そうだったの、それは、それは大変だったわね」。永野は少し驚いた様子だったが、すぐに冷静になった。
 「でもよかったんじゃない。そもそも蓮見が田島の陣営にはいるなんておかしいわよ。ひっかき回されて選挙どころじゃなくなるわ。選挙に立候補すると票が欲しくて平常ではいられなくなるというけど、田島も迷うなんてどうかしている。でも今、目が醒めたんじゃない」

 蓮見の怒りの行方は、非合法な手段へと向かった。  

(次回は、■自爆型ドローン爆発 大神吹っ飛ぶ)

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       小説「暗黒報道」目次と登場人物           
目次
プロローグ
第一章 大惨事
第二章 報道弾圧
第三章 ミサイル大爆発
第四章 孤島上陸
第五章 青木ヶ原の決闘
第六章 暗号解読 
第七章 戦争勃発 
第八章 最終決戦
エピローグ

主な登場人物
大神由希 
主人公。朝夕デジタル新聞社東京社会部の調査報道を担 当するエ ース記者。30歳独身。天性の勘と粘り強さで' 政界の不正を次々と 暴いていく。殺人集団に命を狙われる中、仲間たちが殺されたりして苦悩しながらも、「真相の究明」に走り回る。
下河原信玄 
内閣総理大臣、孤高の党代表。核武装した軍国主義国家を目指す。
後藤田武士 
国民自警防衛団(民警団)会長、元大手不動産会社社長。大神の天敵。

★朝夕デジタル新聞社関係者
橋詰 圭一郎 
東京社会部調査報道班記者。大神の1年下の最も信頼している相棒。
井上 諒   
東京社会部デスク。大神の上司で、大神と行動を共にする。
興梠 守   
警察庁担当キャップ。

★大神由希周辺の人物
河野 進
「スピード・アップ社」社長。下河原政権の広報・宣伝担当に就任。大学時代の大神の先輩で婚約者だった。
岸岡 雄一
「スピード・アップ社」のバイトから取締役へ。子供の時から「IT界の天才」として知られる存在。
伊藤 楓
インターネット会社「トップ・スター社」を創設した伊藤青磁の長女。大神に憧れて記者になる。
鏑木 亘
警視庁捜査一課警部補。夫婦とも大神のよき理解者。大神が時々夜回りに通う。
永野洋子
弁護士。大神の親友でよき相談相手。反社会的勢力の弁護を引き受けることもある。
田島速人
永野の夫で元財務官僚。総選挙で当選し、野党「民自党」副代表になる。

★下河原総理大臣周辺の人物
蓮見忠一
内閣官房副長官。元警察庁警備局長。報道適正化法(マスコミ規制法)制定の責任者。        
鮫島 次郎
内閣府特別顧問兼国家安全保障局長。下河原総理の指示で、最新鋭のミサイルとドローンの開発にあたる。いつも紺色仮面を被っている。
江島健一
民警団大阪代表から、民警団本部事務局長になる。
香月照男
民警団員。精鋭部隊入りを目指している。

★事件関係者
水本夏樹
スーパー美容液を売るマルチ商法の会社経営者。会社倒産後、姿を消していた。
水本セイラ
水本夏樹の一人娘。知能指数が際立って高い小学3年生で、謎の多い少女。


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