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暗黒報道IFストーリー 64(完) エピローグ  

■セイラとの会談、そして国連へ


 「総理、パリから連絡です。リモートでお願いします」
 セイラからだった。
 大神はどんなに重要な仕事のさなかでも、連絡があったらすぐにつなぐように指定した人物が何人かいた。
 セイラはそのうちの1人だった。

 「やっほー、おねえちゃん、元気そうだね。総理の仕事は慣れた?」
 「今度はパリなの? 一体何か国を巡ったの」
 「9か国目かな。パリで大統領と会ってから、また紛争国めぐりをするよ」
 「大統領に会うって。信じられない」
 「今回は1人じゃないから。いろいろな国の子供たちの代表が集まってきている。日本の国益に反するようなことは言わないから安心して」

 「すごい行動力だね。でもお金はどうなっているの。随分、費用がかかるでしょ」
 「親戚の人に援助してもらっている。例の高橋弁護士よ。それでも無くなったら、後藤田のお金を使えばいいし」
 「後藤田? そんな人からのお金を使っているの?」
 「彼から渡されたカードを使っている」
 「そんなことをしたらだめよ。後藤田は記憶喪失と診断されているけど、私はそうではないと見ている。装っているだけよ」
 「さすがはおねえちゃん。総理大臣になるだけのことはあるわ。カードは、使った分だけ新しく補充されている。補充できるのは後藤田本人の許可がないとできないはずよ」

 「やっぱり」。大神が入院していた病室に後藤田が侵入してきた時のことを思い出した。「セイラ」と叫んだ時に振り返った時の複雑な表情は、記憶喪失の人とは思えなかった。
 
 「後藤田からの資金援助なんて信じられない。怪しげなお金を受け取るのは絶対にダメ」
 「また余計なことを言っちゃった。わかったからもう怒らないで。おねえちゃんは聞き上手だからついしゃべっちゃう。ところで、外遊の予定はないの?」
 「10日後に、国連で演説するの。世界平和を訴えてくるわ」
 「ワーすごい。さすがはおねえちゃん。びしっと決めるんだろうな。『真相の究明』とか言って」

セイラは心に闇を抱えている。それを知りながら叱れるのは大神しかいない

 「その言葉、原稿には入れている」
 「あの言葉はかっこいいし、おねえちゃんには似合っている。でも真相とか真実とかの究明って難しいよね。わかった気にはなっても、それが間違っていることも多いよね」
 「どういう意味?」
 「真相なんて簡単にわかるはずないという意味よ」
 「そりゃ、そうでしょ。究明するのは難しい。でも真実は1つ。そこを突き止めてからすべてがスタートする」
 「それはわかるけど、なにが真実かなんて、1人の人間が突き止めることは不可能なのではないかと思うようになってきた。例えば、おねえちゃんが追いかけていた毒物混入事件だってそうだと思うよ」

 「どういうこと?」
 「ヒ素を混入したのが本当に江島なのだろうか」
 「江島は逮捕されて自供したでしょ。証拠だって混入現場をセイラが撮影していたじゃない」
 「そうだけど。じゃあ、江島が鍋に入れていたものがヒ素ではなくてお砂糖だったらどうなるの」
 「そんなはずないでしょ。鍋にはヒ素が入っていたのは間違いないんだから。江島だって『間違いなく混入した』と自供している」
 「だから、あらかじめ鍋にヒ素を入れた人がいて、罪を被りたくない人が江島のせいにするために仕組んだとか。江島に渡したコップの中身がヒ素だと思い込ますことだって難しいことではない」

 「そんなことをできるのはセイラ、あなたしかいないじゃない。でもあなたじゃないんでしょ」
 「まあね、可能性としたら、ママだってある。全く別のコックさんだって可能性はある」
 「夏樹さんは調理場に入ってなかった。別のコックさんって、動機がないでしょ」
 「わからないよ。ホテルに恨みがあって、イメージダウンをねらったのかもしれない。実際、あの後、ホテルの評価はガタ落ちで株価は大幅に下がったし」
 
 「一体何が言いたいの? 江島は冤罪だと言いたいの?」
 「興奮しないでね。一国の総理大臣なんだから。真実なんて簡単には究明できないってことを言いたかったの。事件は例えばという話よ。おねえちゃんは権力を握った。あらゆる情報も手に入る。世界を動かすことが可能な1人になったわけだ。戦争が起きている現場を歩いてみてよ。そして両国の当事者に話を聞いてみてほしい。1つの出来事、事実が見る人によって全く違ってくる。まるで多面体だよ。面の1つ1つが『わたしこそ真実よ』と訴えてくる。なにが真実か、起きたことの真相なんて簡単にはつかめない」

「これこそ真実だ」。多面体のそれぞれの面が別々の主張をする

 「わかったわ、セイラが言っている意味を肝に銘じるから」
 「おねえちゃんは今は政治家。そして総理大臣。生半可な気持ちでやってほしくない。でも総理大臣を経験したジャーナリストっていうのもいいかも」

 「ちょっと待って、話を元に戻すけど、毒物混入事件の真犯人は江島でいいんだよね。そこはセイラしかわからないことだから」
 「いいんじゃない。そういう流れになっているんだから」
 「ねえ、セイラ。あなたは何で人を惑わすような言い方をするの? はっきりと自分が確信している事実を言えばいいでしょ。誠意が大切だと悟ったって言っていたじゃない。あなたはひょっとすると、これから世界を動かす力を持った人物になるのかもしれない。だからこそ、1つだけ言わせてね。これからははっきりと『事実』だけを語りなさい」

 セイラは黙っていた。あまりにも大神が真剣で迫力があったから、どう返したらいいのかわからなかったようだ。
 「わかった? わかったら返事をしなさい」。大神が再び大きな声で叱った。
 「はーい、わかりました。毒物混入事件の真犯人は江島で間違いありません。もう人を惑わすようなあいまいなことは言わないようにしまーす」

 セイラはありったけの大きな声で言った。そして同じぐらい大きな声で笑った。大神もつられて笑い出した。もう会話はなくてもよかった。笑い声だけが東京とパリを行き来した。2人は繋がっていた。

 「あっ、もう時間だ。大統領との面会時間が来た。じゃあ、またね。国連での演説、期待しているよ」

 セイラの行動力にはつくづく感心する。そしていろいろと経験を積んでしっかりと身になっていることを実感する。

 今、世界中で強い発信力を持った子供たちが現われてきている。セイラもその一人なのかもしれない。底知れない能力は平和な世界の実現のために使って欲しい。なにかの拍子で悪の道に進まないように心から願う。時々、道を外れそうになったら、思いっきり叱らなければと思った。セイラには当分目が離せない。

 大神は国連での演説の内容を読み返した。30分にわたる演説文の中で、「真相の究明」という言葉が3回、出てきていた。
 セイラが言うように、軽い言葉では決してない。
 2か所の「真相の究明」を削り、最後に1回だけ使って締めくくりにしよう。その代わり、渾身の願いと決意をこめてありったけの声を張り上げることにした。

 今日の仕事は終わった。多くの要人と会ったが、半分以上が「ここだけの話」だった。公にできない内容という意味だ。どっと疲れが出た。
 
 鍵のかかった机の引き出しから真新しい「日記帳」を取り出した。
 今日から総理大臣任期中の日々の出来事を、使い古した万年筆で記すことにした。
 冒頭の文章を書き出した。

 「総理大臣として世界と日本の平和のために全力を尽くす。そして任期を全うしたら、再び、報道の現場に戻る。世界中で起きている理不尽な事象、不条理な死について、調査報道で真相を究明していく」                                                                                       
                            了

         ■       ■       ■

近未来を舞台にした小説「暗黒報道」のIFストーリーが終わりました。
12月27日からの13話でした。

本編は昨年10月7日から毎日更新で、第8話67話でした。

首相公選の選挙に、本編では大神由希は立候補しませんが、「IFストーリー」では立候補を決断しました。本編の第7章以後、2つの物語が展開されることになりました。

長期間にわたり読んで頂いている方々に、心からお礼を申し上げます。
本当にありがとうございます。

今後も、小説を書いていきますのでよろしくお願いします。
 
                 2025年1月8日 緒方謙


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