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暗黒報道 IFストーリー58 第7章 最終決戦■大神V下河原 公開討論会で激突

■批判し合って乱打戦に


 大神由希は、首相公選に立候補することを表明した記者会見後、政党幹部の指示に従って全国各地の支持母体を挨拶して回った。

 北海道へのミサイル攻撃に下河原が関与しているという、大神の記者会見での発言が契機になって報道機関は集中的に取材をした。「遅れをとってはいけない」という報道機関の本能を刺激したかたちとなり、「裏が取れた」とした社からさみだれ式にニュースにしていった。朝夕デジタル新聞社も総力戦で裏取りに走り大々的に記事にした。「ノース大連邦」の独立系メディアも「『ノース大連邦』の潜水艦からミサイルが発射されたことが確認された」と世界に向かってネットニュースで報じた。

 下河原は全面否定を貫いたが、相当な痛手を被った。北海道へのミサイル攻撃疑惑で「100万票は失った」と言われた。
 
 下河原が批判されている状況をみて、与党「孤高の党」から立候補に名乗りをあげようとした代議士が2人ほどいたが、下河原が圧力をかけてやめさせた。水面下で巨額の金が渡された。
 民自党、立憲民政党など野党5党は、下河原に対抗するためには団結するしかないとして、候補者を大神一本に絞って調整を進めたが、野党の中でも古い歴史のある「共民党」は民自党との憲法観の違いから「野党公選協」から脱退、独自に市民運動家を担いで闘うことになった。

 5月3日の憲法記念日。首相公選がスタートした。
 立候補者は3人になった。

 「孤高の党」代表の総理大臣   下河原信玄 62歳
   ジャーナリスト          大神由希  30歳        
   市民運動代表           花房京子  51歳
 
 立候補には国会議員20人の推薦が必要という縛りが効いて当初予想された候補者乱立の状況にはならなかった。

首相公選の選挙が始まった。初代は誰になるのか

 新たに制定された「首相公選法」では、テレビⅭMなど広報、宣伝活動についての規制は投票日の2週間前まではほとんどなく、資金力のある下河原陣営が圧倒的に有利だった。大手広告代理店を使って10通り以上のCMをテレビやラジオで流した。インターネットもフルに活用した。
 
 「孤高の党」の都道府県支部が序盤の情勢調査を実施した結果、下河原総理が優勢で、大神が続いた。花房は伸びがなかった。下河原と大神の差は相当あった。「野党公選協」による情勢調査でも同じような結果がでた。北海道へのミサイル攻撃疑惑による影響はあったものの、現職の下河原総理の優勢は揺るぎがなかった。

 候補者3人による日本記者クラブ主催の公開討論会の日がやってきた。前半戦のヤマ場で、霞ヶ関のプレスセンターの会場は満員になった。ネットでの参加申し込みも過去最高を記録した。

 候補者3人が壇上に並んだ。全国紙のベテラン編集委員が司会者となって討論会を仕切った。

 最初にそれぞれの公約を述べた。下河原は核兵器を保持して軍備の増強を進め、国際社会での発言力を強めていくことを公約にあげた。大神は「平和な日本、平和な世界」を掲げて民主主義を守り抜くとした。軍事独裁には断固反対。世界で起きている戦争、紛争については、その芽を摘むために当事国の責任者との対話を続けるとした。決して傍観者にはならないと強調した。市民運動家は「平和憲法こそ日本が誇る世界遺産だ。当選すれば削除された全文を復活させる」と語った。

 司会者の質問に候補者が答えるという形で、経済問題、外交、防衛、福祉、少子高齢化問題、地方の疲弊、過度なAI活用の是非などについて候補者3人が自論を述べた。落ち着いた感じで討論会は進んだが、候補者同士が相手に質問する形式になってから様相が変わった。

 下河原は大神を選んで質問した。
 「平和な日本、平和な世界とか夢物語を語っている。人の批判ばかりしてきた新聞記者に日本の公選首相が務まるはずがない。立候補した後に主張していることも空理空論だ。私は軍備を充実させて日本の防衛を万全なものにしながら世界の首脳と渡り合う。そして世界大統領を目指すという明確なビジョンを持っている。大神候補は、世界平和の実現とか言っているが、具体的にどのようなビジョンを持ち、どうやって実現しようとしているのか」

 大神が答えた。
 「世界中すべての人の心の根底にあるのは平和と自由への願いです。多くの国で独裁者による権謀、弾圧で抑え込まれている。日本も軍事独裁への道を突き進もうとしている。夢物語と言われても私は自由と人権が尊重される民主主義を守り抜きます。軍事力を背景にした外交には反対です。私は対話を重視していきます。ビジョンですか? 戦争も紛争もない世界の構築です。簡単なことではありません。戦略性を持ち、十分な戦術を練った上で臨んでいきます。自由と人権を無視するどす黒い野望には厳しく対峙します」
 「30歳の政治経験の全くない人物が、当たって砕けろの精神で世界の首脳に向かっていっても相手にされない。はねのけられるだけだ」。下河原が批判した。

 今度は、大神が下河原を指名した。
 「下河原候補は、軍備を増強して世界でも有数の軍事大国にしようとしています。政治体制としては独裁です。民主主義の崩壊です。なぜ、独裁を目指すのですか。権力欲ですか」

 「軍備増強はその通りだ。だが、私がいつ独裁を目指していると言ったのか。私こそ民主的な国家を築くために尽力しているのだ。この選挙を見てほしい。選挙は民主主義の根本だ。政治経験の全くない30歳の女性とこの私が対等な立場で議論している。こういう場を提供している。どこが独裁なのか。権力欲ではない。国民の幸せの実現のために私は公選首相に立候補したのだ」
 
 「独裁を目指していないというのはまやかしです。すでにマスコミ規制法を成立させました。報道の自由を規制し、市民の知る権利をはく奪していっています」 
 「マスコミ規制法は国民の支持を得て成立したのだ。国民は旧態依然としたマスコミの態勢に嫌気が差している。マスコミ業界にいる人間はもっと現実を直視するべきだ」

 互いに自論を述べ、相手を攻撃する乱打戦になってきたところで、市民運動家が手を挙げて2人に聞いた。
 「北海道へのミサイル攻撃は、下河原総理の出来レースなんですか。大神候補は自信を持って発言しているし、下河原候補は全面否定している。ニュアンスの違いではない、シロかクロかの問題です。おかしいですよね。どちらかが嘘をついている。嘘をつく人の言うことは公約もなにもかもが全く信用できないということになりますね。そんな人は選挙から退場するべきだと考えます」
 北海道へのミサイル攻撃について大神は切り札として後半のヤマ場で持ち出そうと考えていた。だが、市民運動家の発言で考えていたよりも早く議題に上った。

 この質問に下河原は強く反応した。
 「私が指示したなどとんでもない。嘘っぱちだ」と下河原が大声を上げた。
 「多くの人の証言と証拠が揃っています。だからどこのメディアも裏が取れたとしてニュースにして取り上げているのです」と大神が言った。
 「マスメディアはどこも信用できない。大神が立候補表明の記者会見の場で発言したことがニュースになった。その流れで私がすべてを画策していたというようなでたらめな内容のニュースが流れだした。大神候補が仕組んだ路線にマスコミが乗っかっているだけだ」

 頭に血がのぼった下河原は大神を睨みつけた。その時、大神は手元のファイルの中の書類に熱心に目を通していた。余裕があるように見えた。下河原はピンときた。日本海での「北方独国」との衝突の話を持ち出そうとしているのだ。大神のことだ。なにか証拠をつかんでいるに違いない。この流れの中で、日本海の衝突を持ち出されるのはまずい。

 「ここで重大な発表がある」。下河原は突然立ち上がった。
 「みなさんは御存知ないかもしれないが、現政権に対して暴力で革命を起こそうとしている地下の抵抗組織が存在している。『虹』を名乗る武装集団だ。クーデターを計画し、社会を混乱の渦に陥れようとしている。そして驚くべきことに、大神由希はこの『虹』のメンバーなのだ」
 
 「おー」という声が会場で起きた。下河原は続けた。
 「国家に抵抗し、庶民の生活を脅かす非合法組織の一員が公選首相を目指して立候補している。実権を握ったら一体どうなるのか。そんなことが許されるのか。今すぐ、立候補を辞退するべきだ」

 会場に来ていた蓮見内閣官房副長官は「まずい展開になった」と感じた。選挙戦は現状、下河原の優位は動かない。公開討論会でもジャブの応酬だけで乗り切ればそれでよかった。そのために、司会の編集委員に金を渡したのだ。下河原の方から『虹』の話を持ち出す必要などなかったのだ。
 大神が見ていた書類は、北海道へのミサイル攻撃について詳細に書かれたメモだった。日本海の衝突事案はまだ、確たる証拠がそろっていなかった。さすがに疑惑としてでも持ち出すことはできなかった。

 「虹」についての質問が続き、下河原が答えていった。大神が追い詰められていった。司会者が大神に話を振った。

 「私は『虹』のメンバーではありません」。大神はきっぱりと言った。
 「現政権に追われて、『虹』という組織に匿われていたことは認めます。そして、行動を共にしたこともあります」。集まった記者が速報を書くためにパソコンのキーボードを打つ音が激しくなっている。

 「私が『虹』のメンバーと行動を共にしたのは、東京湾沖の『白蛇島』に上陸した時です。そこで私は、遺体が折り重なっているのを目撃したのです。大半が報道関係者だと思われます」。爆弾発言だった。

 「なんだって」。会場が騒然とした。集まっているのが報道関係者ばかりだからなおさらだった。
 「それはホ、ホントウのことですか」。司会者が聞いた。
 「本当です。私がこの目で見たのです。ジェノサイドです」
 「遺体を見たというのですか。記事になっていませんね」
 「白蛇島」で起きたことは現在警視庁で捜査中です。立件されれば重大な問題が明るみにでてくるはずです」

 テレビやネットは待ち望んだ展開だった。刺激的な文言が次々と飛び出し、視聴率が跳ね上がった。

 「その折り重なった遺体はどうなったんですか」。会場最前列の記者が前のめりになって質問した。
 「消えました。私たちが島を脱出した直後に消えてなくなったのです」。大神は正直に答えた。
 「消えた? 消えたというのはどういうことですか。そもそも遺体ではなかったとか。あるいは幻を見たとか」
 「幻ではありません。遺体は研究所の冷凍庫の中で凍った状態でありました。私以外の別の人も見ています」

 「ばからしい。作り話だ。頭がどうかしてしまったのではないか。司会者、もうこんな話は打ち切れ。ばかばかしくて聞いていられない。政権反対派の集会ではない。公開討論会だ。裏のとれない話を元に議論する場ではない」。下河原が司会者を睨みつけて言った。
 「そうですね、そろそろ時間が来ましたので、このへんで」と司会者が打ち切ろうとすると、大神が立ち上がった。
 「待ってください。最後まで言わせてください」
 
 「続けるべきだ」「白蛇島での話をもっと聞きたい」という声が会場のあちこちからあがった。市民運動家が「『虹』の話を持ち出したのは下河原候補の方です。大神候補にも言い分があるでしょう。聞きましょうよ」と言った。壇上に座る市民運動家の冷静な発言は司会者に影響を与えた。

 「それでは大神さん、手短にお願いします」。司会者がしぶしぶ言った。
 「はい、ありがとうございます。民警団という組織のことはみなさん、御存知ですね。事務局長は大阪で起きた毒物混入事件で逮捕されました。その民警団員が白蛇島に大勢いたのです。武器を持っていました。報道関係者を中心に現政権に批判的な人たちを処刑していたのです。そして民警団に補助金を出して支援していたのが、下河原総理です。殺人については下河原候補も聞いていたはずです。いや、率先して指示していたのかもしれません。退場するのは私ではなく、下河原候補の方です」
 「率先して指示をしていたのかもしれません」というのは、大神の「飛ばし」だった。これまでの取材では、指示を出していたのは後藤田だった。

 「やめろ、やめさせろ。すべてでまかせだ。名誉棄損も甚だしい。白蛇島は鮫島の研究所があっただけだ。処刑場とかうそっぱちだ。遺体が消えただと。すべてをでっちあげて私の責任にしようとしている。反体制派の連中のいつもの手口だ。大神はその中心的な役割を果たしてきた。最も危険な人物だ」。下河原が怒鳴りちらした。

公開討論会は、乱打戦になった。行司はどこにいった?

  会場は異様な雰囲気に包まれた。  

 「『虹』の存在について政権はこれまで隠してきました。批判勢力が勢いを増すことを警戒したからです。水面下で壊滅しようとした。しかし、今、下河原候補がその存在を明らかにした。『虹』の拠点に対して次々に攻撃を仕掛けたことをなぜこれまで発表しなかったのですか。ひた隠しにしていたのでしょうか」

 「捜査に関することだ。警察庁長官に聞け。私は捜査には口出ししない。大神候補は威勢のいいことを言っているが、マスコミ規制法違反容疑で警察庁と内閣府が事情を聴こうとしたところ、怖くなったのか逃げ出したんだ。そしてあろうことかテロリスト集団の『虹』と合流した。世界平和を構築するとか言っているが、紛争地を目にすればきっと逃げ出すに違いない」

 主催する記者クラブはこれ以上混乱に拍車がかかることを避けた。

 「下河原候補の予定がこの後、詰まっております。時間がすでに大幅に超過しましたので、この辺で終わりたいと思います。それでは、最後に、3人の候補者に1人1分で今日の議論を踏まえて言い残したことがあればお願いします」
 
 下河原は「この会見を見た人は、大神という若い女性記者がいかに無責任な発言を繰り返していたかを目撃したと思う。選挙で勝ちたいがために、政権をただ批判し、貶めようとしている。果たしてそのような人物に日本を任せていいのか。平和、平和と言っているだけなら、日本は世界の中で孤立してしまうのが目に見えている。世界で確固たる地位を築いている私か、政治のド素人でテロリストの大神か。よく人物を見て投票してほしい」と述べた。

 「大神さんどうぞ」
 「いったん、軍事独裁政権になったらどうなるのか。暴力の支配で人々の自由はなくなり束縛されます。人権は侵害されます。暴力の連鎖が日常化する生活から抜け出せなくなり、抵抗する気力さえもなくなっていきます。それは世界の独裁国家をみても明白です。独裁者は自分の地位、財産、権威を守り抜くことを考えます。独裁政権を打ち破るためには大変な時間と犠牲が必要です。まだ間に合います。私は自由と人権を守り、平和を勝ち取ります。そのためにどんなことでもします。みなさん、今回の選挙は民主主義を守り抜く最後の闘いなのです」
 
 市民運動家は「平和憲法の復活」を切々と訴えた。

 「いろいろと裏の取れない不規則な発言が出て混乱しましたが、この公開討論会を終わります」。司会者が強引に締めくくった。

 会見後の囲み取材で、下河原は記者団に向かって怒りを爆発させた。
 「あのような嘘っぱちな不規則発言を述べさせて、司会者は止めようとしない。会場からも続けるようにヤジが飛んだ。混乱の極みだ。もう、記者クラブ主催の公開討論会には私は出席しない。日本記者クラブそのものの存在も疑問がある。マスコミ規制法をもっと強化する方向での再検討が必要だ。プレスセンター、記者クラブのありようについて廃止する方向で検討する会議体を設ける」と言って去った。

 最終盤に記者クラブの主催で予定されていた2度目の公開討論会の開催は微妙になった。

(次回は、■リーサルウェポンが動き出す)
 

 
 
 




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