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キャズムを乗り越える:新技術の広がり方とマーケティング

キャズムとは、裂け目や深い溝といった意味ですが、新しいテクノロジーが普及するときに潜む不連続な落ち込みのことを指しています。あるテクノロジーは社会に広く普及する一方で多くのテクノロジーが一時的に流行しては消えています。ムーアさんはその違いに「キャズム」を乗り越えられるかどうかで説明しています。

今回は、2002年発刊のジェフリー・ムーアさんの「キャズム ハイテクをブレイクさせる「超」マーケティング理論」を紹介します。


5つの顧客層のグループ

本書では、新しいテクノロジーによる不連続なイノベーションによって生み出された製品がどのように市場に広がっていくのかを考察したものです。製品ライフサイクルの進行に伴う顧客層の変化(市場での受け入れられ方)を五つのグループに分けています。それらは正規分布によって表されます。 

  • イノベーター:新しいテクノロジーに基づく製品を追い求める人たち

  • アーリー・アドプター:新たなテクノロジーがもたらす利点を評価して問題解決に資するものであれば購入する人たち

  • アーリー・マジョリティ:新たなテクノロジーに慎重で他社の導入事例を確認してから購入する人たち

  • レイト・マジョリティ:業界標準や実績のある大企業から製品を購入したがる人たち

  • ラガード:新たなテクノロジーには見向きもしたい人たち

テクノロジー・ライフサイクル

この五つのグループそれぞれの説明を聞けば、確かにそのとおりだと当たり前のような気もしてきますが、これまでのプロダクト・ライフサイクルで示されてきた「導入期・成長期・成熟期・衰退期」という時間の流れに伴う変化に対して、テクノロジーに対する顧客の性向や姿勢といったものを連動させることで、それぞれの段階でどのような行動をすべきかを知らせてくれるところが秀逸だと思います。

隣り合うグループには2つの「クラック」がある

ムーアさんは、テクノロジー・ライフサイクルにおける隣り合う顧客グループの間に二つのクラックがあることを指摘しています。

イノベーターとアーリーアドプター間の最初のクラック

最初のクラックは、イノベーターとアーリー・アドプターとのあいだに見ることができる。斬新なアイデアが、現実的な手段として人々のあいだに定着しないときには、このクラックに落ち込んでいると考えてよい。

出典:「キャズム ハイテクをブレイクさせる「超」マーケティング理論」ジェフリー・ムーア(翔泳社)

アーリー・アドプターは、イノベーターほどにテクノロジーそのものへの興味が高くないため、これまで実現できなかったことが新しいテクノロジーで実現できるといった何らかの問題解決に使えることを理解してもらわなくてはなりません。アーリー・アドプターの人たちは、テクノロジーそのものを志向するのではなく、あくまで自らが抱える問題を解決するかどうかで購入を決める人たちであり、用途が明確になっていないとこのクラックは越えられないということになります。

アーリー・マジョリティとレイト・マジョリティ間の最初のクラック

二つ目のクラックは、アーリー・マジョリティとレイト・マジョリティの間にあります。

ひとことで言えば、アーリー・マジョリティはテクノロジーに強いが、レイト・マジョリティはそうではないということである。この段階に達したら、さらに市場で成功し続けるためには、顧客にとってテクノロジーを(つまり製品を)、飛躍的に使いやすくする必要がある。それが実現されなければ、レイト・マジョリティへの移行は停滞してしまうか、あるいは永遠に起こらないだろう。

出典:「キャズム ハイテクをブレイクさせる「超」マーケティング理論」ジェフリー・ムーア(翔泳社)

同じマジョリティでも性質が異なると提供すべき価値も変わってくるということです。レイト・マジョリティはプロダクト・ライフサイクルの後半である「成熟期」に現れてくるもので、みんなが使っているから購入してみようと考えます。そうした人たちに対しては、製品そのものというよりは使い方を日用品化していくことで容易に操作してもらうことが必要になります。

「クラック」より困難な、深く大きな「キャズム」

ムーアさんは、これら二つのクラックは比較的越えやすいと説明する一方で、アーリー・アドプターとアーリー・マジョリティを分ける深く大きな溝「キャズム」こそ越えるのが最も難しいと言います。その理由として、アーリー・アドプターとアーリー・マジョリティが種類も規模も似ていることから見過ごされてしまうからだと指摘しています。そして、似通っていたとしてもこの二つのグループは全く異なることを示しています。

アーリー・アドプターが購入しようとするのは、変革のための手段である。アーリー・アドプターは、同業他社に先んじて自社に変革をもたらし、ライバルに大きく水をあけることを狙っている。
(中略)
彼らは、古いやり方と新しいやり方のあいだに大きな不連続が発生することをいとわず、社内の頑強な反対を押しのけてでもこの変革を実現しようとする。

出典:「キャズム ハイテクをブレイクさせる「超」マーケティング理論」ジェフリー・ムーア(翔泳社)

アーリー・アドプターとは変革者であり、別名ビジョナリーとも言います。テクノロジーにいち早く反応するという面ではイノベーターと同じですが、イノベーターが別名テクノロジー・マニアといわれるテクノロジーそのものの価値がわかる人というのに対して、アーリー・アドプターは新たなテクノロジーが自社の戦略に合うかどうか洞察し、現実のプロジェクトへ移すことができる人なのです。

一方、アーリー・マジョリティとはどんなタイプなのでしょう。

それに対して、アーリー・マジョリティは、現行オペレーションの生産性を改善する手段を購入しようとする。彼らは、古いやり方と新しいやり方のあいだの不連続性をできるかぎり小さくしようとする。彼らが求めているのは進化であって、変革などではない。
(中略)
彼らは、自分たちが採用するときまでには、新しい製品が正しく稼働し、現在採用しているテクノロジーとうまく統合できるようになることを願っている。

出典:「キャズム ハイテクをブレイクさせる「超」マーケティング理論」ジェフリー・ムーア(翔泳社)

アーリー・マジョリティはハイテク製品市場における圧倒的な数を占める顧客グループですが、アーリー・アドプターとは正反対ともいえる性格を持っています。両者に共通点はほとんどなく、アーリー・アドプターがアーリー・マジョリティの適切な先行事例とはなり得ません。なぜならアーリー・マジョリティは慎重に他社の導入事例を検討してから確実になったというところで導入しようとするためです。そして、ここに深く大きな溝「キャズム」が存在するということです。

キャズムを超えるためにはニッチ市場を起点に「火を起こす」

つまり、イノベーターとアーリー・アドプターとのグループで構成される「初期市場」とアーリー・マジョリティとレイト・マジョリティのグループである「メインストリーム市場」では、顧客に対するマーケティングは異なったものになるということです。そして、このキャズムを乗り越えるためには、支配できそうなニッチ市場に全力投入でライバルを追払い、そこを起点に広げていくことが顧客獲得の方法なのです。

ムーアさんは、これを「火を起こす方法」として説明しています。

まずニッチ市場から攻めるというアプローチをとらないでキャズムを越えようとするのは、たきつけを使わないで火をつけるようなものだ。
火をつけるときに使う紙はマーケティングのために使える予算で、燃やす薪はマーケットに潜んでいるビジネスチャンスだ。ターゲットとするマーケット・セグメントがなければ、薪の下に紙を何枚敷こうがその紙はいつかは燃え尽きてしまい、薪には火がつかない。

出典:「キャズム ハイテクをブレイクさせる「超」マーケティング理論」ジェフリー・ムーア(翔泳社)

ムーアさんは、ニッチ市場での販売を成功させて足場をつくり、そこを起点に広げていくことを提案していますが、それと同時にハイテク企業の経営者は販売を重視するがゆえにニッチ市場を避けるとも言っています。こうした動きに対して次のように警句を発します。

ひとことで言うなら、キャズムの時期に販売重視の戦略を立てるのは致命的である。その理由はこうだ。これからメインストリーム市場に進出しようとする企業が目指すのは、何よりもまず、メインストリーム市場での橋頭堡を確保することである。つまり、先行事例となる実利主義者の顧客を獲得し、そこを起点としてメインストリーム市場の他の顧客を攻略するのだ。

出典:「キャズム ハイテクをブレイクさせる「超」マーケティング理論」ジェフリー・ムーア(翔泳社)

ホールプロダクトを顧客に提示せよ

具体的な手法として、自社が販売している製品だけでなく、それを含むより広いホールプロダクトを顧客に提示せよとしています。ホールプロダクトとは、自社が顧客に説明する製品の機能とその製品が実際に発揮する機能との間に差があり、その差を埋めるために本来の製品に各種のサービスや補助的な製品を付け加えて、それらを一括りにしたものを言います。

ホールプロダクトは、セオドア・レビット先生が提唱した概念でプロダクトを四つの層に分けて考えます。

  1. コアプロダクト:実際に出荷される製品

  2. 期待プロダクト:顧客の購入目的を満足させるための最低限そろわなければならない製品とサービスの集合体

  3. 拡張プロダクト:数多くの付属品をつけてコアプロダクトの機能を拡張するもの

  4. 理想プロダクト:さらに多くの補助的な製品が市場に出たり、顧客独自の機能強化施された理論上の上限を示すもの

こうみるとホールプロダクトの提供は大きなコスト負担になります。そのためホールプロダクトを提示する場合、戦略的かつ数を絞らなければなりません。ホールプロダクトを提供した顧客を起点に新たな別の顧客を攻略できそうかが一つの目安になります。

また、ある程度の数の顧客を獲得することで、口コミ効果も期待されます。アーリー・マジョリティの人たちは、他社の導入事例を欲しており、横のつながりで情報を入手します。この口コミこそがキャズムを越える原動力となります。

キャズムの考え方はハイテク製品以外にも応用可能

このキャズムは、ハイテク製品の市場での受け入れられ方からどのような層にどのような形で普及するのかをまとめたものですが、この考え方はハイテク製品に限らず、応用可能だと思います。

例えば、従前になかった製品やサービスで人々の行動を変化させるようなものであれば、そのまま適用できるでしょう。それ以外にも、従前とは若干違う発想で生み出された製品やサービスといったものは、行動の変化までは至らなくても、その製品の認知を変化させる場合があり、こうした例でも適応できるものと思います。

自社の製品やサービスがどのように認知され、どのような顧客層にウケている時期なのかを考えることで、次の打ち手を考えられるようになるのではないでしょうか。

寄稿: Hikko.Yama

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