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企業ドメインを捉え直す:『企業ドメインの戦略論』

「わが社の事業は何ですか」と問われて、みなさんは即答できますか。自社の扱っている商品やサービスが思い浮かんだ方も多いと思います。

経営戦略の分野では、この問いの答えは「企業ドメイン」と言われ、組織体の活動範囲を示すものとされています。

今回は、1992年発行の榊原清則さんの「企業ドメインの戦略論 構想の大きな会社とは」を紹介します。

本書の問題意識は、構想の大きな経営を展開している企業と、構想の小さな、しかし確実性が高い地道な歩みをしている企業との違いが「ドメイン」に現れるのではないかということを起点に「ドメイン」とは何なのかを丁寧に説明しています。自社の活動範囲が何なのか見直すきっかけになればと思います。


「ドメイン」とは何か?

まず、本書ではドメインを次のように定義しています。

企業や学校や病院や教会は、いずれも複数の人間の集団である。そういった組織体(以下では組織体のことを、簡単に組織ともよぶ)は、一般に環境とのやりとりを通じて存続と発展をはかっている。組織体がやりとりする特定の環境部分のことをドメインという。ドメインは組織体の活動の範囲ないしは領域のことであり、組織の存在領域といいかえてもよい。

「企業ドメインの戦略論 構想の大きな会社とは」榊原清則(中央公論社)

このことは、企業が何らかの活動によって社会やコミュニティ、個人のニーズを満たすことのできる領域ということを指しており、企業が一方的に決められるものではなく、社会との関わりによってその範囲が決められるのが「ドメイン」であるといえます。

ドメインを定義する3つの問い

また、企業がドメインを定義するにあたって次の質問に答えることであると述べています。

  • われわれは今どのような事業を行なっており、今後どのような事業を行おうとしているのか。

  • わが社はいかなる企業であり、いかなる企業になろうとしているのか。

  • わが社はどのような企業であるべきか。また、どのような企業になるべきか。

これらのことから、単に自社が扱っている商品やサービスのことだけをドメインというのではないと分かります。このような商品やサービスで表現されるものを「ドメインの物理的定義」といい、定義として狭く、発展の道筋を示唆するのが困難な定義であると指摘しています。

ドメインの機能的定義: 鉄道会社は「鉄道」ではなく「輸送」のためにある

これらの問いに答えるためには、現在の事業だけでなく、将来行うであろう事業も含めた「ドメインの機能的定義」が重要であると本書では力説しています。

その中でドメインの物理的定義と機能的定義について、ハーバード大学のマーケティング学者であるセオドア・レビットが指摘したアメリカの鉄道会社の例を出しています。

アメリカの鉄道会社の凋落の原因は何か。レビットによれば、アメリカの鉄道会社が凋落したのは、市場が衰退したからではなかった。人の移動の面でも物の移送の面でも、事実において輸送に対する社会の需要が急成長を続けるなかで鉄道の凋落が起こったのである。アメリカの鉄道会社の失敗は、自動車やトラック、トレーラーといった代替輸送手段に需要を奪われたというより、伸び続けていた需要に鉄道会社自身がうまく応えなかったために起こったのである。

「企業ドメインの戦略論 構想の大きな会社とは」榊原清則(中央公論社

「鉄道」はドメインの物理的定義であり、「輸送」は機能的定義でこの違いが凋落の分かれ目であるというのが、レビット先生の指摘です。「鉄道」と「輸送」を比較すると、相対的に「鉄道」がカバーする範囲が狭いだけでなく、発展の道筋が見えない近視眼的なものといえます。それに比較して「輸送」は鉄道にこだわるものではありません。そして、レビット先生は、アメリカの鉄道凋落の背景に、顧客より鉄道を愛し、機関車を愛し、二本のレールを愛し、なにごとも鉄道主体に考えるようになったからだと理由づけています。

商品やサービスに固執するあまり、顧客を見失っていないか常に問い続けていかなければならない教訓ともいえる事例です。経営者として、わが社の事業はどういうものなのか、これからどこへ向かおうとしているのか、これからどこへ向かうべきなのかにはっきりと答えることができるよう肝に銘じたいところです。

ドメイン・コンセンサスに至るための3つの次元

しかし、このような問いに答えてやっとの思いでつくったドメインですが、経営者だけが思っても機能するものではありません。経営者が主観的に定義したドメインを組織メンバーや外部の人々が支持して初めて機能するものなのです。これを「ドメイン・コンセンサス」といいます。ドメイン・コンセンサスは、企業が何を行い、また何を行わないかということについての社会的に形成された合意といえます。

では、どのようなドメインがよいのでしょうか?本書では、企業のドメインを構成する重要な三つの次元を取り上げています。

①空間の広がり(狭い 対 広い)

まず、第一の次元「空間の広がり」は、非常に狭い領域の活動か、あるいは幅広い多種多様な活動かの対比となります。ただし、空間の広がりが大きすぎると活動の境界が不明になり、焦点が定まらない危険があります。

② 時間の広がり(静的 対 動的)

第二の次元「時間の広がり」は、ドメインの定義に時間軸があるかどうかです。活動内容の変化の道筋についての洞察を含まないドメインは静的な定義で、含むものは動的となります。ただ、変化性が高すぎる場合は安定的・持続的な事業活動のもつメリットを見失わせる可能性があります。

③ 意味の広がり(特殊的 対 一般的)

第三の次元「意味の広がり」は、ドメインがどの程度明快で、理解可能で、納得できるものかに関係するものです。一般性が高すぎる場合には、その企業の独自性や固有の存在意義が失われる危険が出てきます。

これら三つの次元でバランスを取りながら設定することになります。その際には、ドメイン・コンセンサスが非常に重要になってきます。企業が社会的存在である以上、社会から求められる活動がベースにないといけません。

存在理由が自明ではない現代こそ、経営者は意味を提起していく必要がある

本書では、日本企業に対する率直な意見として、

ただ単に「製品をつくっています」、「サービスを提供しています」というだけでは、企業の存在を正当化できないのが現代である。歴史の上に安住している会社がいかに多いことか。
現代は、企業の存在理由が自明な時代ではない。意味はつねに創って行かなければならない。社員に対しても社会に対しても、わかりやすい「意味」を提起していく必要が経営者にはある。

「企業ドメインの戦略論 構想の大きな会社とは」榊原清則(中央公論社)

耳の痛い話ですが、聞くべき意義のある話だと思います。
 
今回は、榊原清則さんの「企業ドメインの戦略論 構想の大きな会社とは」を取り上げました。榊原さんは、アメリカ企業の事例や日本企業の事例を示しながら、ドメインの重要性を説いています。
 
人はどうしても目に見えるものに囚われ、偏ってしまいます。その商品やサービスの裏にある思いや意味は何なのかを乗せていくことがドメインの役割なのだと感じました。

寄稿: Hikko.Yama

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