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アントレプレナーの教科書 新規事業を成功させる4つのステップ

新規事業の立ち上げにはプロセスがあった。
スタートアップに限らず、既存企業においても新規事業を立ち上げることは難しいものです。物質的豊かさに隅々にまで行き渡っている現代ではなおのこと、その難しさに拍車がかかっています。

今回は、2009年発刊のスティーブン・G・ブランクさんの「アントレプレナーの教科書 新規事業を成功させつ4つのステップ」を紹介します。ブランクさんは自身も8社の創業・立ち上げに携わったシリアル・アントレプレナーです。そうした実践を踏まえた新規事業立ち上げのプロセスは既存企業でも役に立つ内容です。


顧客を起点にする新規事業立ち上げの重要性

本書は、どんな製品を作るかとか、どんな商材を仕入れるかという前に買ってくれる人は誰なのかということを起点に新規事業を立ち上げるステップを紹介するものです。そのステップを「顧客開発」といい、「製品開発」を並行して進めるべきものとして位置付けています。

ブランクさんは次のように語っています。

驚くべき事実だが、大きな会社も小さな会社も、歴史ある大企業もできたばかりの新興企業も、10件に9件は新製品の立ち上げに失敗している。
(中略)
にもかかわらず、企業は相変わらず失敗へと続く同じプロセスを繰り返しているのだ。
この現象は、ハイテク製品でも日用品でも、一般向け製品でも法人向け製品でも、すべての製品分野で繰り返し起きている。

「アントレプレナーの教科書 新規事業を成功させる4つのステップ」スティーブン・G・ブランク(翔泳社)

これに続いて、フォルクスワーゲン社のフェートンやコダック社のフォトCDなどの例を示しています。確かにこうした失敗はあらゆる分野に見られるものです。ただ逆を言えば10件に1件は成功しているという事実があります。成功した例として、トヨタのプリウスやP&Gのスウィッファーを挙げています。

こうした勝者と敗者の違いはどこにあるのでしょうか。
ブランクさんは、これは単純な話だと言います。

勝者と敗者の違いはすぐわかる。上層部の経営陣が早い段階から頻繁に顧客と接しながら開発された製品は成功している。営業・マーケティング部門が、新製品開発のプロセスにほとんど関与せず、出来上がった製品を製品開発部門から受け取ったような場合には失敗する。非常に単純な話である。

「アントレプレナーの教科書 新規事業を成功させる4つのステップ」スティーブン・G・ブランク(翔泳社)

 ここから得られる教訓は、製品開発プロセスとは異なる別の顧客を知るためのプロセスが必要であるということです。つまり、特定の方向性や詳細の製品仕様を画一的に決めてしまう前に、現場に出て潜在的な顧客ニーズや市場を調査することです。ブランクさんはそれを「顧客開発プロセス」と呼んでいます。

製品開発だけではなぜいけないのか

ここで「顧客開発」に入る前に、これまでの「製品開発」だけではなぜいけないのか、どこが悪いのかをまとめます。

新製品を市場に投入する企業は、おおむね次のような「製品開発ダイアグラム」に沿って開発し、市場に打ち出しています。


製品開発ダイアグラム
  1. コンセプトとシードのステージでは、事業のビジョンを踏まえて製品ニーズを取り巻く課題が定義されます。製品の機能とメリットは何かを設定します。次に統計や市場調査、インタビューを通じてアイデアにメリットがあるかを確かめます。これらを踏まえて、可能性のある流通チャネル、競合との差別化要素を整理して事業化できることをまとめます。

  2. 製品開発のステージでは、製品を設計して初期リリースの仕様を決めて実際に製品を開発します。一方でマーケティング部門は市場調査を精査して最初の顧客候補をリストアップし始めます。さらに流通方法やキャンペーン方法が企画されます。

  3. アルファ/ベータテストでは、少数の外部ユーザーの協力を得て、製品が仕様どおりに機能することを確認し、不具合を検証します。マーケティング部門は完全なマーケティングコミュニケーション計画を作成し、キャンペーンを開始します。営業部門は最初のベータ顧客と契約し、流通チャネルを決定し、注文見込数を把握します。

  4. 製品リリースと顧客向け出荷開始の段階では、製造、営業、マーケティングが動き出し、実際に製品が出荷されます。

この流れを見るとうまくいくのではないか思ってしまうのですが、ブランクさんは、この製品開発ダイアグラムには10の大きな欠点があるとしています。その中でもっとも重要なのが「顧客はどこか?」という第1の欠点です。この根本的で起点となるべき「顧客」を欠いているために製品開発ダイアグラムはうまくいかないと指摘しています。

スタートアップは製品がないために失敗するのではない。スタートアップは、顧客や立証済みの財務モデルを欠いているために失敗するのだ。このことだけでも、スタートアップがなすべきことの唯一の手順書として、製品開発ダイアグラムを利用することがなぜ問題かについての非常に良い証拠である。

「アントレプレナーの教科書 新規事業を成功させる4つのステップ」スティーブン・G・ブランク(翔泳社)

製品がなければ売ることはできませんが、顧客がいなければ売上を上げられません。こうした意味では製品も顧客もともに重要であり、スタートアップに限らず、あらゆるビジネスにおいて重要です。さしあたり製品が必要条件なら、顧客は十分条件といったところでしょうか。

テクノロジーライフサイクル

それでは、スタートアップに適切なロードマップとはどんなものでしょうか。ブランクさんは「テクノロジーライフサイクル」を取り上げています。

テクノロジーライフサイクルは、ロジャース先生が提唱したイノベーション理論をベースに、ムーアさんの「キャズム」によって洗練され、製品が市場にどのように広がっていくかを提示したものです。本書では、次の5つに要点をまとめています。 

  1. 技術は明確に分類できる5つの顧客グループに段階的に浸透する
    ①テクノロジーマニア,②ビジョナリー, ③実利主義者, ④保守派, ⑤懐疑派

  2. 初めの2グループは「初期市場」を、次の2グループは「メインストリーム市場」を形成する

  3. 市場の全体図は釣鐘型の曲線に近く、初期市場は小さいが指数関数的に成長してメインストリーム市場になる

  4. 初期市場とメインストリーム市場はニーズや購買習慣が異なるため、その間にキャズム(谷間)が存在する

  5. キャズムを越えるためには初期市場での成功体験が役に立たず、全く新しいマーケティング戦略が必要となる

ブランクさんは、このライフサイクルが示すような段階を経ながら継続的に顧客が獲得されることはなく、実際には、あるタイプの顧客から別のタイプの顧客への移行は不連続に起きるものであるとしています。さらに、こうした移行は市場タイプに依存していると指摘しています。テクノロジーライフサイクルも製品開発ダイアグラムと同じように技術や製品に偏り、顧客がよく見えていないものと言えそうです。

スタートアップは、誰が会社の最初の顧客になるのか、その市場は何かを学び、発見することが先決であり、そのためには製品開発ダイアグラムと異なる「顧客開発モデル」が必要であるというのがブランクさんの主張です。

顧客開発モデルの4つのステップ

顧客開発モデルは、「顧客発見」「顧客実証」「顧客開拓」「組織構築」の4つのステップからなっています。これらのステップは絡み合って製品開発活動を補完するものになります。

要約すると、顧客開発では顧客の課題とニーズを理解し、反復可能な営業モデルの開発のためにニーズの実証を行い、エンドユーザーの需要を創出すべく顧客の開拓を行い、会社を学習と発見のための組織から実行のためのよく整備された機械へ転換するべく組織構築を行うことに集中する。

「アントレプレナーの教科書 新規事業を成功させる4つのステップ」スティーブン・G・ブランク(翔泳社)


顧客開発モデル

そして、このモデルの特徴は各ステップが再帰的な矢印のついた感情の反復で表現されており、それぞれのステップにおいて正しい顧客と市場を見つけるために数回失敗しながら学習と発見を続けていくという点です。

それぞれのステップの概要は次のとおりになります。

ステップ1. 顧客発見

誰が顧客であるか、そして自社が想定する課題が顧客にとって重要なのかを明らかにするステップ。製品の機能一覧を集めたり、フォーカスグループインタビューを何度も実施することではなく、会社の外に出て情報を集め、学ぶことが必要である。

ステップ2. 顧客実証

少数の初期ビジョナリー顧客に対してどのように販売したのかを学習することで営業ロードマップを作成するステップ。人材採用を進めて営業部隊を構築するのではなく、拡張性があり繰り返し可能な営業プロセスを見出すことが重要である。
このステップでお金を支払ってくれる十分な数の顧客が見つけられない場合には、顧客発見のステップに戻り、再度見直すことが必要である。

ステップ3. 顧客開拓

顧客実証での成功に基づいて、エンドユーザーの需要を開拓し、その需要を自社の営業チャネルに結びつけるステップ。スタートアップが想定する市場タイプの違いによって顧客開拓の手法が異なる。

ステップ4. 組織構築

顧客開発部隊から、営業、マーケティング、事業開発の担当責任者を擁する正式な組織に移行するステップ。初期市場で成功するように組織を構築する。

4つの市場タイプ

これらのステップを踏まえることで新規事業の立ち上げがうまくいく可能性は高まったが、もう一つ見落とせないことがあるとブランクさんは言います。それは、スタートアップのあり方によって4つの市場タイプがあり、それに合わせた取り組みでないと失敗するというのです。

すべてのスタートアップが同じであるかのように考え行動することは戦略的に誤りである。同様にあるスタートアップでうまくいった戦略や戦術側のスタートアップにも適切であるはずだという考えも誤りである。なぜなら、市場タイプによって企業がすべきことはまったく異なるからだ。

「アントレプレナーの教科書 新規事業を成功させる4つのステップ」スティーブン・G・ブランク(翔泳社)

そして、次の4つの市場タイプを設定しています。

1. 既存市場の新規製品

既存市場に参入するスタートアップであり、自社製品が既存の製品に比べて優れた性能を提供する場合に選ぶ市場 

2. 新規市場の新規製品

まったく新しい市場を創造するスタートアップであり、これまで世の中に存在しなかったものを創造するか、新しい顧客層に劇的なコストダウンを行う真のイノベーションにより顧客基盤を開拓する場合に選ぶ市場

3. 新規製品による既存市場の再セグメント化:低コスト

低コスト参入者として既存市場を再セグメント化しようとするスタートアップであり、低コストでも利益を出せる製品が提供できる場合に選ぶ市場

4. 新規製品による既存市場の再セグメント化:ニッチ

ニッチプレイヤーとして既存市場を再セグメント化しようとするスタートアップであり、新製品のある特徴が劇的に既存市場のルールや形状を変えてしまう場合に選ぶ市場

まとめ

これまでのことをまとめると、スタートアップが成功するためには、製品開発ダイアグラムとは別に「顧客開発モデル」による顧客や市場の存在を確かめるとともに、「4つの市場タイプ」のいずれかに該当するのか選択して戦略を構築することが必要であるということです。

ブランクさんは、この顧客開発モデルについて、米国陸軍に採用された「OODAループ」と多くの特徴を共有していると言います。これは「観察(Observe)→状況判断(Orient)→意思決定(Decide)→実行(Act)」の頭文字をとった組織運用のプロセスのことで、刻一刻と変化する状況で成果を得るためのもので、即応性に優れた手法です。

スタートアップにおいても、早期に顧客を見つけ、市場を見出すことで成功確率を上げることが求められます。「顧客開発モデル」はこの要請に応える手法といえます。

中小企業においても、大きな変化の波が押し寄せては返してを繰り返し、揉みに揉まれる状況にある中、新規事業立ち上げを成功させるためにも、「顧客開発モデル」の活用が有効だと思います。

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