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福祉現場の研修に伝統的思想のエッセンスを②『梵我一如』

 前回に引き続き、福祉現場の研修に伝統的な思想を導入した事例を紹介します。前回は武道や伝統芸能を習得する行程『守・破・離』がテーマでした。

 今回はインド哲学における『梵我一如』を取り入れた事例です。このnoteの中でも以前『梵我一如』について、間接的に取り上げました。人材不足の課題に対して、マネジメントとしてインド哲学を取り入れてはどうか?という提言の中で触れています。

梵我一如とは

 「梵我一如」(ぼんがいちにょ)は、インド哲学に由来する概念で、「梵」と「我」が本質的に一つであることを意味します。この考え方は、宇宙の根源と個人の自己が分離されたものではなく、高い次元で一体であるという理解に基づいています。

 「梵」=「ブラフマン」という呼び方がインド哲学やヨガを学ぶ者の中で馴染んでいます。宇宙の根源的実在、絶対的真理、存在の根本原理を指します。

 「我」=「アートマン」とも呼ばれます。個人の自己や魂を指します。ヒンドゥー教において、アートマンは単なる心や肉体ではなく、不滅で永遠の本質的な自己とされます。

 「一如」は、「一つである」「同一である」という意味で、ブラフマンアートマンが分離した存在ではなく、同一であるという境地を示します。

「海と波」に例えてみると

 私が「梵我一如」を学んでいた時に分かりやすかったのは、「海と波」の例えです。海にはたくさんの波があるが、それぞれの波は海そのものの一部です。波は一瞬一瞬で形を変えますが、本質的には海と切り離せません。私たちも同じで、個々の存在のように見えますが、本当は宇宙全体と一体です。私にとっては非常に腑に落ちる考え方です。

福祉研修に取り入れることの難しさ

 「梵我一如」の思想を福祉研修を取り入れるには、工夫が必要でした。宗教色とスピリチュアル的な要素が強く、受講者に拒否反応があるのでは?という懸念があったからです。ヨガの指導者の世界でも、思想からスピリチュアルな部分を切り離し、マインドフルネス等の実践部分だけを指導した方が効率が良い・・。という考えがありました。

 福祉研修への導入においても、スピリチュアルな部分と、呼吸→アーサナ→マインドフルネス等の実践のバランスを調整しました。
※宇宙や真理等のスピリチュアルが過ぎると受講者は引いてゆくだろうし、しかしその部分をすっ飛ばしてしまうとただの健康体操のワークショップになってしまう・・・。とても悩ましい所です。

 しかし、「梵我一如」の智慧を福祉研修に導入することで、現場に相互理解や共感、心の調和を育むことが出来ると考え、研修を組み立てました。

実際の研修の流れ

研修テーマ: 「梵我一如の智慧で深める福祉の実践」

1. オリエンテーション

  • 目的: 梵我一如の思想を福祉現場に結びつける意義を説明。

  • 内容:

    • 「梵我一如」とは何か: 自己(梵)と宇宙(我)の一体感。

    • 福祉における「他者と自分はつながっている」感覚の重要性。


2. 梵我一如と福祉

  • 目的: 福祉現場における人間関係やケアに関する新しい視点を得る。

  • 内容:

    • 「個と全体」の関係性を学ぶ(利用者と支援者、コミュニティの調和)。

    • 相互依存と共同体の意識を深める。

    • 宗教的背景を超えた普遍的な人間観。


3.グループワーク①

  • 目的: 理論を体験を通じて深く理解する。

  • 内容:

    • 瞑想とマインドフルネスの実践: 自己認識と他者理解を深める。

    • ペアワーク: 「相手の声に耳を傾け、自分の中にその人を感じる」練習。

    • ロールプレイ: 利用者の視点で課題を体験し、自己との一体感を探る。


4.グループワーク②

  • 目的: 福祉現場での実際の課題に梵我一如の視点を活用する。

  • 内容:

    • 利用者と支援者間のコミュニケーションギャップの事例。

    • 集団の中での対立や調和に関する事例。

    • 事例に基づくディスカッション: 「相手を自分と見なしたらどう支援が変わるか?」


5. グループワーク③

  • 目的: 学んだ内容を日々の業務に活かす。

  • 内容:

    • 「梵我一如」を日常業務に取り入れる方法をグループで考える。

    • 個人の行動計画を作成(例: 瞑想を日常に取り入れる、利用者の立場に立つ習慣をつける)。


6. 振り返りとまとめ

  • 目的: 学びを確認し、今後の実践に活かすモチベーションを高める。

  • 内容:

    • ワークショップやケーススタディを振り返る。

    • 「一体感」を感じた場面や感覚の共有。

    • 質疑応答、フィードバック、今後の課題。



「梵我一如」が福祉現場にどのような影響を与えるのか

 私の肌感覚にはなりますが、私がある程度信頼関係を築けている集団の中では、「梵我一如」について深い研修を行うことが可能でした。
※15名くらいの事業所にて、施設長としての立ち位置から職員への研修実施など。
 
 しかし外部研修や大きな組織の集団研修では、受講者との距離感を考えました。そのため呼吸や座法(アーサナ)、マインドフルネスを部分的に導入する形を取りました。

 どちらにしろ、この研修では、「梵我一如」というスピリチュアルな概念を直接的な哲学として伝えるのではなく、日々の支援業務の中で生かせる「自己と他者のつながりを意識した行動」という形で現場に落とし込むことをポイントにしました。

 工夫しながら、色々な現場で研修を実施する中で以下のような成果が見られました。※これも肌感覚ですが。

  1. 支援者の共感力と自己認識力の向上。

  2. チーム内および利用者との関係性の質の向上。

  3. 心理的な調和とストレス軽減。

  4. 福祉現場における課題解決への新たな視点の提供。

 インド哲学について、まだまだ私も分かっていないことばかりで勉強中です。智慧が上手く伝わる工夫をこれからも模索していきたいです。




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