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#268 「夕飯ラーメン」についてくる謎の罪悪感を手放す

今週もまた木曜日がやってまいりました。
毎週木曜日は、チームVoicyの26歳リナちゃんの質問に答えるコーナーということで、今日もリナちゃんがせっせとネタの投げ込みをしてくれてます。
ありがとう。

今日はこんな話です。
【「今日、ラーメンでいい?」の罪悪感との向き合い方。
例えば、仕事に追われていたり、自分のメンタルが「今日は無理だ」となった時、「今日、簡単でいい?」「ラーメンでいい?」という日が誰にでもあると思っています。
こんなとき私の場合、パートナーはおそらく何も思っていないのに、謎の罪悪感に苛まれます。
特に育児と仕事を両立されている方は、子どもに対しても同じような罪悪感を感じる方って多いのではないでしょうか?
小田木さんは上手に調整して付き合われている印象ですが、何かきっかけがあったんですか?
謎の罪悪感との上手な向き合い方を教えてください。】

「夕飯ラーメン」についてくる謎の罪悪感を手放す

なるほど、夕飯ラーメンについてくる謎の罪悪感を手放せるか。
これが今日のテーマになります。
ちなみにリナちゃんのメッセージの中で、「小田木さんは上手に調整して付き合っている印象」と書かれてますが、我が家はどうしているかというと、袋ラーメン常備ですね。
これが満を持して夕飯に登場します。ラーメン様です。
どのぐらいの頻度で登場するかというと、週一の場合もあれば、隔週の場合もありますけれども、かなり欠かせない我が家のパートナーになっております。

このテーマは実は、以前も放送したことがあるんですよ。
割と最初の方なのですけれども、#12 「ご飯は手作りしなければならない」という思い込みの先にある"真の目的"に気付けた話、良かったら元放送も聴いていただければと思うのですけれども、私自身は今はこんな感じですけれども、どういう経路を経てこうなったかというと、なんとスタートは、手作り至上主義でした。
そこから「夕飯ラーメンOK!OK!」までの180度大転換をしたのですけれども、まずどんな大転換だったかというところをシェアしたいなと思います。

もともと私は手作り至上主義でした

スタートは、「夕飯にラーメンとんでもない、そんなの何を思われるか、何を言われるか、だって私自身が許せないし。」みたいな感じがスタートでした。
特にその気が強かったのは、長女ちゃんが生まれて、育休から復帰して、両立にてんやわんやだった時期が最高潮でした。
もちろん仕事はやりたい、やりたくてやっているという前提があったのですけれども、保育園に通い始めると、預ける時に長女ちゃんが泣くんですよね。
泣いてる子どもを見るとキュンってなるじゃないですか。
そうなってくると、仕事をしていることにまず罪悪感が芽生えてくる。
なので、私は「ごめんね、ごめんね」って言いながら預けてました。
そういった罪悪感を抱えながらですので、「仕事もしてるんだから、せめて食事はちゃんとしないと」って思うんですよね。
なので、そんな毎日の中で、「食事だけは手を抜かないし、できる限り手作りする」なんていう意気込みでした。
それを18時に保育園のお迎えに行って、帰ってきてからやる。
一方で、19時までには夕飯を食べさせたいし、20時過ぎには寝かしつけたいしって思いながら、分刻みでやるのですけれども、家に帰ってくると、子どもは一日離れていたので、当然甘えたいんですよね。
「でも、今は夕飯を作らなきゃいけないし」といって、足元ですがって泣いちゃう長女ちゃんをおいて、玉ねぎを無心で刻む。
「ちょっと待って、あなたのために今作ってるから」そんな感じで、夕飯を作ってました。
肝心の夕飯ができるじゃないですか。
その頃には、もうヘトヘトなんですよね。
そこに、料理ができた頃に帰ってくる夫に、なんかカチンときてあたる、こんなサイクルが繰り返されてました。
罪悪感だけじゃないですね。

手作りのご飯は手段?目的?

それが、どういう転換点があったかというと、ある日、ふと気づいたんですよね。
「一生懸命作ってるこの夕飯って、何のためでしたっけ?」みたいな。
そこから考えたときに、手作りするというのは手段だったなって、当たり前のことなのですけれども、改めてここに気付いたことが転換点になりました。

私が夕飯を大事にしたいなと思っていたのは、笑顔で食卓を囲みたい
これが根底にあったんですよね。
そのための手段として、家族のために作るという手作り至上主義みたいなことが手段としてあったはずなのに、真の目的の家族の笑顔が薄れて、手段にきちんとこだわる、手段を全うすることの方がいつの間にか優位になっちゃっていて、その中で結構イライラしたり、ヘトヘトになったりっていうことをしていたなと思いました。
なので、真の目的=家族の笑顔。
周辺要件として、時間がない。
子どももかまってほしい。
ということは、できる限りストレスなく元気を損なわない形で、短時間で夕飯を作る。
これが目的に合致した手段じゃないかということで、それに気付いた時に、方向性が間違ってたなと思いながら、そこから私は一気に、半調理品、冷凍、チルド大活躍の食卓に転換をしました。

袋ラーメンは常備生活、二週に一度くらい満を持して登場し、「ラーメンでいい?」こういう表現は一切使わないんですね。
「今日はラーメンだよ、やったね」こんな感じで「ひゃっほーい」と子どもと一緒に食べております。
さらに手抜きが加速することを知らずに、このVoicy放送をしばらく聴いてくださっている皆さんは知ってると思うのですけれども、毎週金曜日はですね、「一週間、家族みんなお疲れ様会」ということで、宴会です。
なので、割となんでもOKで、夕方にポテチとビールでまず一杯飲み、子どもに適当に何かを食べさせながら、大人カップ麺もOK。
夫はというとですね、このためのポテチとカップ麺を買ってくる。
こんな生活になっております。

ただ、この生活になって気付いたのがですね、健康診断は引き続き絶好調でして、健康のためという手作りの傾向もあると思うのですけれども、我が家の場合は、週に何度かバラエティのある夕飯を取り入れても、大勢に影響がないということで、むしろメンタルコンディションも絶好調な今のスタイルをキープしている感じになります。

思い込みに気付き、真の目的を考えて自覚する

長々話しましたけれども、リナちゃんの「謎の罪悪感をどうしたら手放せるか?」ここについて改めて思うのは、良い××像、そこからの××しなければならない。
例えば、「良い妻」とは?
「良い妻とは、夕飯はきちんと手作りすべきだ。」
こういった思い込みが、謎の罪悪感の元凶になっているなって思います。
相手がそう思うかどうか以上に、自分の中にある良い××像と××せねばならないという思い込みのスパイラルがめちゃくちゃ強いんですよね。
なので、これに気付くことと、じゃあどうしたらこの思い込みスパイラルを手放せるか?というと、やっぱり真の目的を考えて自覚する
これに尽きるなって思いました。
「あれ、そもそも何のためだったっけ?」
「何が達成されればオッケーなんだっけ?」
そうなると、手段というのはオプションの一つになり、その手段をとることもあれば、とらないこともあり、結局最後は目的が達成されれば良いのだという考え方で思い込みを手放せることに至るなと私は思っています。

仕事でもプライベートでも、手段がいつの間にか目的になってしまっていることって、多々あるじゃないですか。
それに気付けるのって、「そもそも何のためだったっけ?」と考えて、自分で自覚できること、そこかなって思います。

リナちゃんの場合も、たぶんちゃんと夕飯を作ること自体が目的なのではなくて、お互い日中仕事をして帰ってきて、パートナーと一緒に楽しく食卓を囲み、かつ自分のメンタルも体調もコンディションが良好で、それがお互いの思いやりにつながる。
そのようなことが真の目的なんじゃないかなと思います。
そこが達成されれば、手段は何でもいいんじゃないでしょうか。
そんなふうに思いました。
それにしても、今日はこの「謎の罪悪感」というフレーズが刺さりましたよね。
「今モヤモヤするこの気持ちが、謎の罪悪感を抱えているんだ」こう気付けるだけでも、なにか違うんじゃないかなと思いました。

お聴きいただきありがとうございます。
それでは、今日も一日良い日にしましょう。

小田木朝子プロフィール

「仕事が好きだし、楽しいと言い合える女性が増えることが喜び」小田木朝子(おだぎともこ)です。
このチャンネルは両立女性のためのオンラインスクール育休スクラから出産後の変化を柔軟に乗り越え、仕事がもっと楽しくなる“知恵とヒント”を平日の毎朝配信しています。2回の育休を経て、現在人材育成・組織開発を行う株式会社NOKIOOの役員をしています。
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