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2023年3月の良かった新譜


betcover!!/画鋲


 早くも今年の最高傑作候補です。
 若き巨大な才人、柳瀬二郎率いるbetcover!!による最新ライブ盤。リリース直後からRYMでも大変な高評価。
 昨年末にリリースされたフルアルバム『卵』の楽曲群はライブにおいてその魅力を更に増しています。
 特に『超人』『卵』といった楽曲での後半に重なる即興アレンジの応酬は圧巻。彼らがライブバンドたる所以を存分に感じることが出来ます。
 2021年に話題を攫ったマスターピース『時間』の楽曲は時間の経過とともに再構築され、本作では音源と全く違う姿に。前半の『あいどる』〜『狐』〜『幽霊』の流れるような繋ぎはその象徴です。
 『時間』リリース後のライブ盤である『20210829』と比べると明らかに音質が向上しています。(というか前作がLo-Fiすぎる)彼らの生演奏の細部をハイファイな録音で堪能できるのも本作の魅力でしょう。 


Disprited Spirits/The Redshift Blues

 タイトルとジャケットの時点でカッコ良すぎるポルトガルからの新譜です。
 ポストロックやフュージョンの文脈で語られているところを目にしたので、かなりの情報量の多さを予想し若干身構えて聴いたのですが、オープニングナンバーの『Ships Sailing Space』は美しいアルペジオと透き通った高音ボーカルに始まり、意外とマスロック的でポップに聴けるテクスチャー。しかし聴き進めていくと徐々に壮大なスペースロックの世界へ。
 『Former Living Thing』は静謐なジャズで始まる穏やかな歌い口の前半から一転、突然エモの轟音が押し寄せ、さらに転調まで乗っけてくる怒涛の展開。これを3分弱の曲の中でやってのけます。こうした前衛的な音楽的挑戦を試みながらも"クリーンでポップなギターロック"という形容が可能なのは通底するサウンドのキャッチーさゆえ。
 複雑なフォーマットの音楽をポップな耳触りで取り入れるという意味ではコオロギをチーズフォンデュで食べるみたいなモンですかね。いやネガキャンではないですよ決して。(コオロギのポジキャンでもない)


Yves Tumor/Praise A Lord Who Chews But Which Does Not Consume; (Or Simply, Hot Between Worlds)


 おそらく3月最大の話題作だったのではないでしょうか。フロリダ出身の現代型ロックスター、Yves Tumorによる3年ぶりのフルアルバム。
 なんというかもう、文句の付けようがないカッコよさ。話題作なだけあって、本作についての言説はTwitterにも溢れかえってます。僕が見かけたなかでも言い得て妙な形容をいくつか。
"ロックとフロアの実験的融合"
"未知の生命体"
"グロテスクで甘美な世界観"
"暗黒変態グラムロック"
なんとなくイメージは伝わるでしょうか。とにかく未来的で、独特な音世界です。それでいてギターの音がデカイんですよね。フレーズも超イカしてる。誇張抜きに、ロックの新たな可能性を見せる作品だと思います。

Boygenius/the record

 3月の話題作といえば、こちらも触れないわけにはいきません。Julien Baker, Phoebe Bridgert, Lucy Dacus の3人で結成されたスーパーバンドによる初のフルアルバムです。
 まず語るべき本作の魅力といえばコーラスワークの美しさ。3人の声が互いのために存在するかのように絶妙に混じり合う。ここまで相性の良いスーパーグループは古今東西見当たりません。
 2018年のEP『Boygenius』でみられた、スタジアムロック的なキャッチーさは『Not Strong Enough』のような曲において健在です。数万の観衆によるシンガロングがすぐさま想像できるスケールの大きな音像。
 かと思えば、小編成による牧歌的なアンサンブルの『We're In Love』のような曲で時間の流れが減速させられるような甘美な感動を覚えます。
 インディーフォークでありながら、人を選ばず琴線に触れてくる普遍的な美しいハーモニー、雄大なバンドサウンド。
 これから多くの感動を巻き込んで巨大な作品になりそうな予感がします。


Whyyes/Pochemuda

 話題作ではありませんが、個人的に性癖ドストライクのドリームポップアルバム。
 この Whyyes というバンド、調べてみると日本語はおろか英語ですら情報が少なく、インスタのフォロワーも500人に満たないほどの知名度でした。なので詳しいことは分かりませんが写真を見る限り、女1男2の3人組。
 そんな彼ら彼女らが鳴らすのは、女性ボーカルとギターベースドラム(たまにシンセ)のみによる余白の多いシューゲイザー。単音やオクターブ主体で紡ぐギターは夢見心地な儚さを存分に演出。コーラスやギターソロでの轟音成分はそのときだけ思い切り歪むベースが主になっています。既存のバンドでは slowdive に近い印象を抱きました。
 とにかく、メロもフレーズも音色もとてつもないセンスを感じます。跳ねるようなベースリフが特徴的な6曲目『Posmotri』は中々珍しい "踊れるドリームポップ" でこうしたレパートリーも面白い。シューゲ・ドリポファンは一聴の価値アリです。世の中に見つかる前のバンドですんで数年後一緒に古参ぶりましょう。

sublunacy/Don't Cut The Photo In Halves

 こちらもまだ情報が乏しく、これから日の目を浴びるであろうアーティストによる1stアルバムです。
 内容はまたもやドリーミーなギターが心地よいインディーロックですが、上のWhyyesのソレとは大きく異なります。極彩色の電子音やSEが入り混じり、リズムが打ち込み主体の楽曲もあってかなりフロアよりのロック。かと思えばミニマルで静謐なバンド編成のアンサンブルに移る瞬間もあり、展開がかなりスリリングでリスナーを飽きさせません。特に3曲目『Everlasting…』ではそのような性質は顕著です。
 本作のマイフェイバリットである5曲目『Pictures』。異空間へ高速でブッ飛ぶようなトリップ体験を味わえる名曲です。そこから連続するインスト『I've Just Forgotten』の中音域が存在しない不穏な音世界への流れも素晴らしい。
 2023年4月3日現在、Twitterのフォロワー数が僕含め6人しかいないとは思えないほどクールなアーティストである彼(?)の音楽が世の中に知れ渡らないのはあまりに惜しい。そう思わせる名盤です。


Black Country, New Road/Live at Bush Hall

 現代オルタナティブロックの旗手による全曲新曲のライブ盤。 
 緻密で開放的で、多幸感溢れる彼らのアンサンブル。彼らが今受けている熱狂的な支持の理由も理解していたんですけど、やはりやや複雑でプログレッシブな展開がネックとなり、「良いのは分かるんだけど俺のセンスが追いついてない…」どまりだったんですよ。で、本作がソレを解決してくれました。
 僕がBC,NRに惚れるために唯一必要だっだモノ、すなわち理解りやすく肉体的なダイナミズム。生演奏ならではの力み、危うさ、緊張感、そしてオーディエンスによる生の反応がそうした僕の欲求を満たす要素でした。個人的には本作を手掛かりにもう一度昨年の大傑作『Ants From Up There』を鑑賞したいところです。
 あと本作の曲がスタジオ音源のアルバムとして発表されるとしたらそれも非常に楽しみですね。僕と同じようにBCNR旋風にイマイチ乗り切れていなかった方にも是非聴いてみてほしい作品。


BUCK-TICK/無限LOOP

 23枚目のアルバム『異空』の発表を目前に控えたBUCK-TICKによる第2弾先行シングル。
 個人的にはこのベテランバンドを聴き始めたのは最近で、初期と現在で全く異なる彼らの音楽性の幅広さに衝撃を受けたんですけど、本作もまた彼らのそうした性質を示す一曲だと思います。
 作曲は今井寿。シティポップ的で伸びやかなオシャレメロディです。音像もまたシティポップ的なリバーブが心地良いですが、そうした都会的で流麗なサウンドに櫻井敦司の艶やかなボーカルの実に合うこと。そしてリズム隊のみのアンサンブルから一気に開放されるギターソロの気持ちよさ。これは是非聴いてみてください。
 Mステ出演も本楽曲の強さゆえでしょうし、ますます『異空』が楽しみになる一曲でした。

羊文学/永遠のブルー

 お茶の間で耳にする機会も増え、アリーナ級のキャパも埋められそうな人気を得つつある羊文学。 
 この曲もCMタイアップということで「もうそろそろ売れ線に振り切ってしまうのか…?」というこちらの心配をよそに、オルタナヒーローたる所以を示し続けてくれますね。
 手癖を感じるサビのメロディの危うさはそうしたオルタナ性を感じさせるひとつ。繰り返しの二回目に綺麗に着地する構成は流石。
 空間系のギターに高音のコーラスを重ねたシューゲイザーライク(ビビらず言っていこう)な音景色は「あー羊文学だ…☺️」と、本人からすればまた好ましくない反応かもしれませんがいつもの安心感を覚えました。


番外編:先月に取りこぼしていた良新譜

Storm-Drunk Whale/mussel soup punch

 韓国の新鋭(ソロ?バンド?)による2023年2月の新譜。ParannoulやNewJeansへなど、韓国のオルタナシーンの隆盛には個人的にはあんまりピンと来てなかったんですけど、これにはくらいました。
 前半はやけに浮ついたベースと遠くで鳴るボーカルを空間的なギターで包み込んだLo-Fiで衝動的な若々しいロック。ナンバガとか初期スーパーカーが好きな人はピンと来そうな音像ですね。
 しかし後半に進むにつれてアンビエント的なメランコリーが滲み出てきます。こちらはDIIVやBeach Houseなどの10年代USインディーに近い音景色を感じました。個人的にはこちらが好み。
 少々雑な点が見え隠れしますがそれもまた刹那的な叙情を生む要因たりえてますし、全体的に完成度超高いです。もっと聴かれてほしい名盤。

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