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#644:アーシュラ・K・ル・グウィン著『風の十二方位』

 アーシュラ・K・ル・グウィン著『風の十二方位』(ハヤカワSF文庫, 1980年)を読んだ。原著刊行年は1975年とのこと。17篇の作品を収録した短編集である。本書の存在は若い頃から知っており、ずっと気にはなっていたが、なかなか手を出せずにきた。

 私は著者の作品を、ゲド戦記の初めの三作の他に、やはり若い頃に『闇の左手』と『所有せざる人々』を読んだことがあるのみ。内容はすっかり忘れてしまっているが、『所有せざる人々』には感銘を受け、『闇の左手』はよくわからなかったという印象は記憶している。

 さて、今回やっと読むことができた本書である。正直に言って、けっして読みやすいとは言えず、内容の難解な作品もあり、休み休みしながらしか読むことができず、私にしては読み通すのにかなり時間がかかった。最後まで読めば、読むのに費やした時間とエネルギーに十分に見合う価値のある作品集だと感じたが、読者によっては、途中で読み続けるのを断念する人があっても不思議ではないと思う。

 特に私の印象に残った作品を挙げれば、収録順に、「セリムの首飾り」、「解放の呪文」、「冬の王」、「もの」、「帝国よりも大きくゆるやかに」、「地底の星」、「オメラスから歩み去る人々」といったところ。「オメラスから歩み去る人々」は、ヒューゴー賞受賞作とのことで、比較的よく知られた作品のようだが、そしてその基本的発想は著者のオリジナルというよりは、ドストエフスキーやウィリアム・ジェイムズに由来するようだが、社会の光と闇が交錯する様を簡潔に寓話的に描いたこの作品が読者に問いかけるものは、とてつもなく重い。読者によって、あるいは読まれ方によって、かなり多様な反応が引き出される作品だと思われる。

 さまざまな機会にさまざまな媒体に発表された作品を再録した短編集ということで、個々の作品はともかくとして、全体としてはやや散漫な印象がないでもないが、各作品に著者自身による執筆の背景に関する短い紹介文が付されていることもあって、著者がどのような作品を書く、書こうとする、どのような作家であったかを知るうえでは、好適な一冊と言えると思う。

 未読の長編はもちろん、既読の『闇の左手』と『所有せざる人々』も改めて読んでみたくなった。今なら、ずいぶん違った感想を持つかもしれない。