8月3日 悲しみに、こんにちは
「悲しみに、こんにちは」という映画を見た。
一生忘れないと思う。
誰の目線でも描かれておらず、ただそこにその時間があって、
それを切り取ったような映画だった。
この映画を見て、やっぱり言葉はいらないのかもしれないと
思った。
タイトルの「悲しみに、こんにちは」で充分すぎたからかもしれない。
僕がよく言葉を口にするのは、自分が弱いせいだからだ。
言葉は使えるけど、飾りにしかならないことが多い。
僕の場合の話かもしれないけれども。
最近思うのだが、僕は自分が本来どのような人間なのかが
全く分かっていない。分からなくなってしまった。
あなたが好む自分でいたいあまりに、消去法によって選択された態度をとる。人の顔色を伺うことなんて、3歳児でもできることである。
ふと、僕はなんなんだと思った。なにがこんなにも嫌なのだろう。
理路整然としていたいという気持ちと、殺してやりたいという気持ちを日々往復している。この往復は何なのだろうと、溢れてくる灰色のような感情をほっておくことが出来ず、すぐに言葉にしてしまう。
その瞬間、また僕が決まっていく。
そうゆうもんじゃないんじゃないかと、最近は思う。
僕は少し言葉を信用し過ぎていたのかもしれない。
きっとそうだ。
誰のことも考えなくていいのであれば、僕は話すことを辞めるだろう。
このまま無意味な言葉を使いこなしていれば、きっと上手くやっていけるのだろうけど、それはそれで言葉を失っていくのだと思う。
もうそうゆうのは辞めにしようと決めた。
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落合諒です。お笑いと文章を書きます。何卒よろしくお願いします。