見出し画像

まるで”本の診療所”。3世代に渡って世界中のレア本に特化してきた、職人の審美眼と偏愛/Vancouver書店レポvol.11

1冊100万円を超える本も。世界中の激レア本がズラリ

その一連の動作は、ジュエリーショップで良く見るワンシーンのようだった。店主のRichardは、ガラス張りのショーケースの中から重厚な本をそっと取り出して見せてくれた。

画像1

画像2

1897年初版、Dracura/Stoker,Bram、(USD)$15,750,00(日本円で約150万円)

画像3

1855年第二版、MOBY-DICK(or the WHALE) Melville, Herman (USD) $12,500,00

コレクターの深遠な世界に飲み込まれて、一瞬思考が停止した。この本たちにそれだけの価値を見出して、自分のコレクションに追加しようと虎視眈々と狙っている人たちが世界中にいる。

いわゆる”超レア本”に特化した書店『E.C.BOOKS』のことを知ったのは、偶然だった。上の階に『Revolver』という有名なコーヒーショップがあり(『地球の歩き方』にも載っていて、地元のおしゃれな若者に人気)、その日もたまたま近くに用があって、少し空いた時間を潰すべくRevolverに向かってブラブラと歩いていた。

画像4

すると、見たことのない名前の本屋の立て看板が、路上に立っている。どうやら階段を降りた地下にあるらしい。Covid-19の規制がなかなか緩まらないこのご時世に、ダウンタウンのど真ん中で本屋が開業するなんて。興味本位で階段を降りていくと、ガラス張りで透けて見えた店内は、書店ではなくまるで何かの”工房”のようだった。紛らわしいなあ、BOOKSとか書かないでくれよ、とその時は本気で思った。

けれど中に入ってみると、確かに本が並んでいた。しかも、街の書店では見ることのない、アンティーク感のある本ばかりだった。まわりを見渡すと、民族博物館にありそうな機械や道具がそこかしこに置いてある。凄まじいタイムスリップ感。

画像12

画像14

画像13

急いでいたのでそこにいたスタッフに「ここは本屋ですよね?」と聞くと(今思うとRichardその人だったと思う)、彼は「そうです、あと本の修繕もしています」と。本の修理屋? だから工房のようだったのか。でもなおさら、その店のコンセプトと街の雰囲気のギャップに興味を持った。
その日の夜、さっそく取材の依頼メールを送った。

レア本を手に入れられるかどうか。その分かれ目は”知識”

画像5

「以前ウエストバンクーバーにいた時は、顧客はコレクターが多かったですね。でも、このダウンタウンに移ってきてからは、新たに生粋のコレクターとの縁があったり、コレクションをし始めたビギナーの人たちも増えてきました。そんな彼らに、アドバイスやオークションへのお誘いをするのは楽しいです。

あとは場所柄、ふらっと店に寄ってくれた若者たちが、ここにある本を見て衝撃を受けていますね。なんせお店の棚には2世代も前の本たちがそこら中に並んでいるから」

キャラクターの濃すぎるこの書店の歴史は、1934年まで遡る。祖父がロンドンで立ち上げ、その後父が引き継ぎ、Richard は3代目店主。祖父も父もそしてRichard自身も、レア本の収集が大好きなのだそう。

つまりは3世代に渡って、変わらずレアな本にフォーカスし続けている。
「私の主な仕事は、ロンドン、ヨーロッパ、香港、オーストラリアなど、世界中でレアでアンティークな本を売買することです。パンデミック前は、年に3-4回、ロンドン、ニューヨーク、カリフォルニアなどのブックフェスを回っていました。

でもパンデミックで、国際市場はストップしてしまった。オークションもオンラインに移行しました。なのでレアな本を新たに見つけることは以前に比べて少し難しくなったけど、幸い私たちはかなりのコレクションを持っていたので、場所もこのガスタウンに移してビジネスの復旧を試みています」

画像8

バンクーバーの市場は小さい。でも、「とても価値ある希少な本を持っていれば、ひとりのカスタマーだけでなくそれに興味を持つ世界中の人にアプローチできるんです」と、Richardは言う。

一瞬築地の競りが頭をかすめる。いい”レア本を”手に入れられるかどうかは、もう競争ですよね?
「もちろんです。そして、その時に重要なのは”知識”です。例えば、どのエディション、どのコンディションが価値があるかを、知っているかどうか。

メルヴィルの『モビーディック』で言うと、初版は数千冊刷られていて、その中で本の一部のページが取れてしまい、違う紙で再印刷して差し込んでいるものがあります。そこに+αの価値が生まれる。価値あるレア本を探す際には、こういった専門的な知識が効いてきます」

学校では決して勉強できないこと。業界に身を置く人しか知らないこと。それこそ3世代に渡って語り継がれる”知識”も存在するだろう。一方で、どういった本のどのエディションが一番レアかといった情報がインターネットでも手に入るようになったのは、今の時代ならではの変化だそう。

「さらに今は、レア本も変わったものが出てきています。例えば、ハリーポッターのいくつかのエディションはとても希少で、50000ドルから60000ドルという価格で売買されています(ググると100000ドルの値がついたものも!)。ロンドンの出版社が増刷時の部数を少なく抑えるので、その特定の版をコレクターが買い求めるんです」

この技術を習得するために、人生の全てを賭けている

ふと、話を聞いていると”Book Binder”という言葉が何度か出てきて気になった。正直あまり馴染みがないものだった。
「そうかもしれませんね。だいたい1600-1900年の本を、当時のスタイルに合わせた道具を選びながら修繕していく職業です」

画像7

実は時代時代によって、表紙の模様にはある程度の”型”があったのだそう。つまり今では考えられないけれど、同時代、ある一定の期間に出版された本の表紙はすべて似通っていた。だから、よく見ると、店内の工房ゾーンに並んでいる小箱には年代がふってある。本が作られた時代がわかれば、その当時の道具を引っ張り出して修繕していく。

画像9

画像6

「そもそも祖父が、ロンドンでよく知られたBook Binderでした。その技術は脈々と受け継がれて、私も父の手の動きを小さい時からずっと見ていましたよ」

ちなみに自分の耳を疑ったが、実際見せてくれた道具のうちのひとつは「1700年代のものです。決してダメにならない、つまり永久に使えます」。もちろんどの道具も簡単に手に入れられる代物ではなく、Richardが使いたいと思うクオリティを現代に蘇らせる作り手は世界に2-3人しかいないとのこと。「まぁ新しい道具だったら、それこそ『eBay』とかで買えるかもしれませんけどね」

画像10

ちなみに顧客とは、じっくり話しながらどの素材を使ってどんなふうに修繕していくかを決めていく。まるで医者が、患者を診断するかのように。

「ここはある意味”本の診療所”みたいですね、どのくらいでその技術を身につけられるものでしょうか?」とたずねると、
「All your life」と即答された。
「まだまだ私も勉強中ですから」

取材終了後に ”Book binder” をググろうとして検索窓に打ち込むと、出てきた2ワード目のサジェスチョンが”machine”だった。Book binder は、日本語にすると”製本屋”。その定義は広い。ただ、今はBook binderに機械的な正確さや効率性を求めている人が多いということなんだろう。

でも、少なくともこのE.C.RARE BOOKSの、3世代に渡って培われた職人の技と眼は、決して機械には代替できないものだ。コレクターたちはそこに信頼を置き、関係を築き、Richardのような書店主とともに、レア本に新たな価値を吹き込んでいく。

今自分の家にあるいくつかの本も、近い将来ひょんなことから新しい価値を生み出す可能性があるかもしれない。今度はそれらを抱えて、Richardの”診察”を一度受けてみたいと思った。

画像11

💡DATA

EC Rare Books

323 Cambie
Vancouver, BC
V6B 2N4 | Canada

Phone: 604.770.0911   

Email: info@ecrarebooks.com

https://www.ecrarebooks.com/



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?