”先住民”と”ローカル”への愛。「お金は無いけど元気はある。それがバンクーバー人さ」Vancouver書店レポvol.8
書店には同じ香りのする人たちが引き寄せられる
レジにいるマイケルを初めて見たとき、只者ではないと思った。伸びに伸びた白いあご髭が、黒のロックTシャツを背景に映える。インディペンデント系書店は、書店員の個性=店の個性。彼がレジに陣取っている『Massy Books』は、きっとひと癖もふた癖もある書店に違いない。
お客さんたちからも、それは感じ取ることができた。バンクーバーではあまり見ることのない、上下黒のシックな装いの男がぶらぶらしてたり、鮮やかな緑に髪を染めた女性が勢いよくお店に入ってきたり、全身タトゥーの女性が長いごと分厚い本を立ち読みしていたり。
チャイナタウンの隅に位置するこの店めがけて、ダウンタウンのおしゃれなカフェにいそうな人々が足を運んでいる。すごい引力。
「そうだね。うちのお客さんは40歳以下で、若い人が多いから。でも基本的には、バンクーバーの人たちはファッションにそんなにコストはかけてないよ。見た目より機能を優先するね。I’m not rich, but I’m full of bean(お金はないけど元気いっぱい)。それがバンクーバー人さ」。
あごひげがふわっと揺れる。今回、快く取材を引き受けてくれた女性スタッフ、エミリーも、大きく頷いて笑った。
オーナーはIndigenous。私たちが暮らしている場所は彼らの領地の上に成り立っている
以前、この店には一度訪れたことがあった。見たこのないZineや雑誌が入り口を入ってすぐに場所に陳列されていたり、2階に小さなイベントスペース兼ギャラリースペースがあったり、そこは写真集が豊富で、なぜか中古のホールフーズカタログが1冊だけ平置きされていてものすごい目立っていたり。
でも、何よりこのお店ならではと思ったのは、Indegenous people(先住民)に関する本が豊富に取り揃えられていたことだ。エミリーは言う。
「オーナーのPatriciaはIndegenousなんです。この本棚は全て、先住民族に関する本なんですよ」
これ全部!? 日本ではあまり馴染みがないが、バンクーバーの書店には、ほぼ100%”Indigenous”というカテゴリーが存在する。先住民はカナダ人のアイデンティティの原点である一方、もともと彼らが所有していた土地を政府に断りなく開発されたり、さまざまな差別的な被害(強姦や殺人にまで及ぶ)を受けていたりと、ここ数年の間に顕在化して大きな社会問題になっている。
「歴史的に、彼らの物語、歴史、法律、そして詩的な世界は削除され続けてきました。彼らが彼ら自身でいられるような場所が、認められていないんです。そう、私たちが暮らしている場所は彼らの領地の上に成り立っているのに!」
まだまだたくさんの偏見がある。私たちは骨身を削って、彼らの場所を確立する大切さに気づくべきだ。そんな強い思いが、このお店のど真ん中にそびえる本棚から伝わって来る。
「先住民族に関する本を出版するのも、今だに大きな壁があります。売れるものを作るのは大切、もちろんわかっています。だけど、うちのお店が先住民族の本をお店の中心に置くことで、それらの出版を後まわしにしている出版社がその意義に気づき、状況が改善されて、少しでも多く世の中に広がったらと思っているんです」
ローカルを中心にさまざまなグループと本を通してコラボ
とくに国からサポートを受けているということは無い。ただ、Indigenous の人々と関係を築いて、時に彼らと一緒に働くことは、積極的に行っている。それだけではない。Massy Booksがもうひとつ心血を注いでいるのが、ローカルを中心にさまざまなグループとコラボしながらのコミュニティ作りだ。
「パンデミック前は店内イベントを数多く開いていました。作家によるトークショー、ポエトリーリーディング、写真展、それからモントリオールからミュージシャンを呼んだこともありましたね。ひとりで本を読むだけでなく、皆で読んで語り合うことで、新しい本の楽しみ方を提案できたらと思っているんです」
店としてその活動に共感できる団体に寄付をし、「本を通して人々を勇気付けられるような活動を継続していきたい」。その姿勢は、多くのコアファンがいる理由のひとつだろう。
「例えば50/50 Raffle fundraiser という募金を運営しています。これはチケットの総売上のうち、抽選で購入者の一人に$10,000を賞金として支払い、残りのすべてのお金を女性の権利を守るBattered Women’s Support Services (性差別、家庭内暴力などから女性を保護する活動団体)と、 毎年約700人の子どもたちに読み書きを通した自己啓発活動をしているWriters’ Exchange(実際に子どもたちがタイトル、表紙、テーマ全てを決めて出版物を作成!)に寄付しています」
本を売ること、買うこと。その行為は、書店に賛同し、そのコミュニティに関わることに大きく関係している、とAmilieは言う。
「このパンデミックの状況下でも、有難いことに根強くサポートしてくれているお客さんたちがたくさんいます。実際6月のオンラインでの売り上げは、たった1ヵ月分で昨年1年間のオンラインのトータルの売り上げを上回りました。今年から始めたAudio Booksも好調です」
「これからの書店は、きっとコミュニティのハブの役割を担っていくんでしょうね」
そう言いながら、店内の他のカテゴリー、詩や文学、イチオシコーナー、児童向けの書籍、そして2階のギャラリーなど、丁寧に案内してくれた。
マイケルによる”カナダの詩の歴史の中で超重要な本”紹介
1Fの奥にあった本棚が、突然忍者屋敷のように開いた。「ここは稀少本のコーナーです」まるで本たちが神棚に飾られているような印象、狭い空間ながら荘厳な雰囲気が漂う。
気づくと、エミリーと自分の横にマイケルがいた。
「自分が紹介したいのはこれこれ。そんなに古くはないけどね、カナダの詩の歴史の中ではめちゃくちゃ重要な本。(マーガレット)アトウッドの初めての詩集、現在は2000ドル、50部あったと言われるサイン本のうちの1冊で、もちろんファーストエディションね。ペーパーバックで750部、ハードカバーで100部刷ったのかな。出版社の社長も詩人でね、初版以降の権利を買うか買わないか迷っている間に、アトウッドが他の出版社に権利を売ってしまった。その結果何部売れたかって?50万部だよ、50万部! 社長、お馬鹿だよねえ」
ほとばしる情熱。なんでそんな裏話を知ってるのか。マイケルは本当に本が好きなんだろうなあと思う。
他にも2冊ほど紹介してくれた、けれど、正直に告白すると、英語が早すぎて聞き取れなかった(録音テープを聞き返しても)。でも、もはやその詳細はそんなに重要ではない気がした。彼の書評は音楽のようで、エミリーも自分も、その響きにしばし聞き入った。こんな店員がいると知れただけでいい。「雇われて6ヶ月くらい経つかな。この書店はめちゃくちゃ便利だよ。こんないい本を並べている本屋で働いたことない」
自分が友人に勧められたIndigenous に関する本があって、その2冊とも在庫があったので購入。会計している間、マイケルはそう語った。
「ところでさ、日本には英語で書かれた本はたくさん置いてあるの?」と聞かれ、うーん、書店によるかな、おしゃれなところには置いてあるけど、基本は国内モノですよ、と伝えると、
「そうか、パリの書店もさあ、フランス語の本ばかりだったよ、英語が排他的でね、珍しく英語の本を置いてあるなあと思ったら、オーナーがカナダ人だった」。
いったいマイケルはどんな経歴を経て、今このバンクーバーの、チャイナタウンの一角にある書店にたどり着いたのだろう。予定の時間が大幅に過ぎて、お客さんも増えてきた。また今度来た時にマイケルに聞こう。彼の”音楽”を聴きに来よう。
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Massy Books / 229 E. Georgia St, Vancouver BC V6A 1Z6
604-721-4405
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