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【虎に翼 感想】 6/5 狭い法曹界で生きることの意味


寅子、公開尋問

相手は東京帝国大学の神保教授である。寅子に誘導尋問を仕掛けることなど簡単だ。
「国民全員が法に明るいわけではない」、「国民は変化を強いられて苦しんでいる。家族のあり方さえ変わってしまったら、一体どうなる」と問われ、寅子は花江の顔が思い浮かび、「混乱するとは思う。今はそうだとしても、ゆくゆくは……」と自信なげに答えるが、すかさず、
「未来ではなく、目の前の苦しむ人を、私は救いたい。きみは、違うのかな?」
「それは、違いませんが……」
そこからは遮られてしまい、『これが一般的な思考だ』と結論づけられてしまった。
この場にいるのは、おそらく全員、法曹資格を持つ者だ。しかし、寅子の弁護を引き受ける者はおらず、皆、傍聴席に座っていた。
尋問が終わると、神保教授は傍聴席に睨みをきかせ、桂場の見送りも断り、足早に立ち去っていった。

久藤がいてくれてよかった。普段はうさんくさいが、このような場面では、人あしらいが上手で助かる。GHQとの間を取り持つには適任だ。

「前のお前なら、“はて”、“はて”と、噛みついていたじゃないか」
ミスター失礼こと小橋の存在も、今は大事だ。今はこのくらい言ってくれてちょうど良い。寅子に失望したばかりの桂場には、余計に苛立たせる結果となったが。

この場面では、神保教授は老害のように映ってしまったが、当時、教授のように危機感を抱いていた人々は多かったことだろう。それが、先々に続く保守系の源流となっていくように思えた。
久藤は教授のことを “保守のお手本” と評したが、教授はまだ穏やかなほうではないか。その後に出てくる、小橋に詰め寄っていた男性のほうが保守の最右翼っぽかったぞ。


穂高教授との再会

寅子に、「お父上は、きみが働くことになんと(言っているのか)」と、何年も何年も前と同じようなことを尋ねてしまう。
女子部創設、婦人弁護士誕生という壮大な理想を掲げ、超保守派の神保教授とも対立したであろう穂高教授であっても、戦後の大改革の流れについていけてなかった。
穂高教授は、ずっと思考が一定なのだろう。戦前であれば、教授の思考は先進的であったはずだ。しかし、常に下の世代の思考が右肩上がりとなり、教授の思考に追いつき、追い越してしまった。

・・・・・・・・・・・・
“狭い法曹界”、法曹資格を持つ方々と、その周囲で働く人々は、常に実感していることである。私も、法律事務所から法律事務所に転職した直後に、前の事務所の弁護士先生と東京地裁のエレベーターで一緒になって、気まずかったことがある。


たくさんの家族写真のある部屋で、勉強しながら一人で寝入ってしまう直明、直言のいない部屋で一人で寝るはるさん、直道のいない部屋で二人の息子と寝る花江、優三さんのいない部屋で優未と寝る寅子。
この者たちを繋げているものは何なのだろうかと、問いかけられているような気がしてならなかった。


婦人代議士からの圧

寅子は、婦人代議士たちの集まりに参加した。
早速、立花代議士、いや、伊勢志摩さんに圧を感じる。いろんな意味で。
寅子も言っていたが、彼女たちも長い間、戦ってきた人たちだ。きっと、正論を言っても、男性たちに一蹴されたり面白がられたりしてきたのだろう。あの圧のある話しぶりに、彼女たちの戦いの歴史を感じた。
そして寅子は、一度逃げ出したことのある自分は、そこに入ってはいけないと思ってしまう。


花岡との再会

花江に見せられないと思ったのだろうか、チョコレートが少なくて申し訳なさそうなホーナー氏の厚意を無にしてしまい、気まずくなってしまった。
その足でいつものランチ場所へ行き、いつものベンチに座る。ハーモニカのメロディーも耳に入ってこない様子である。
優三さんは、寅子が心配で、ずっと近くにいるようだ。優三さんに導かれてここまでたどり着いたが、その先に進むにはどうしたらよいのか……何かが足りない……。
そこに現れたのが……花岡だ。
まったくもって感動の再会ではなかった。花岡も、声に張りがなく、元気がない。
この再会が、良くも悪くも寅子が先へ進むきっかけになるのか。

このとき、昭和22年5月。覚えておこう。


「虎に翼」 6/5より

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