一服しましょう。
休日の昼下がり、青々と茂る新緑の葉をサワサワと吹き抜ける風の音を聞き乍ら、今日も珈琲で一服しておりました。
ショパンのノクターンなぞかけて、ゆっくりとした一服の時間はまさに至福のひと時です。
常時数種類の豆が有ると中々にして珈琲が面白くなります。
色々な空き罐を再利用した手作りの通称「リメイク罐」が雑多に並んでいると、どこか知らない場所に在る不思議な喫茶店の様であります。
(右端の樽の形をした罐にレタリングされている「豆」の綴りが間違っているのを氣にしてはいけない…)
これらを眺めてはどの豆を使おうか、飲み方はどうしようか、お茶請けは何が良いか、淹れ方はドリップか、それともフレンチプレスか、豆の挽き具合は………とあれこれ考えるのはとても樂しいものです。
それと同時に珈琲の知識も深まり、愉しみに巾が生まれます。
そうです。
ここではマスターは私、マネージャーも私、そしてお客も私なのであります。
自分だけの喫茶店で今日も大いにくつろぎましょう。
斯くして今日はモカをベースにマンデリンとキリマンジャロをブレンドして一杯の珈琲を淹れるのでありました。
また、今日のお茶請けはバウムクーヘンであります。
その昔、千葉縣某所の古民家カフェで食べた物を眞似て中心の穴にホイップクリームを盛ってみるのであります。コレが中々にして上手い具合なのです。
我が愛刀の菓子楊枝を傍に置いて、愛用の湯飲みとお皿で……。
淹れたての珈琲を自分の好きな様に用意して好きな様に戴けるのはとても贅澤な事だと思います。
今時分は傳染病の為に外出が憚られる日々でありますが、こう云う樂しみが有れば、何も無暗に外へ出たがらなくても氣持ちの休まるひと時を得る事が出來るのだと思います。
豆はその時々で違う種類の物を仕入れます。
方々のお店のオリジナルブレンドを飲み比べるのも面白いのです。
器具も揃えていくと樂しみが廣がります。
そして愛用の珈琲メーカー。御年39歳、私より年長者です。
折角だから「Word」で貼り紙を作ってみます。
家に居てもつまらない。
然らば「つまらなくならないもの」を作れば良いのです。
一寸した手間はかかるものゝ、億劫がらず出來る範囲でやってみる事が樂しさに繋がるのではないでしょうか。
どんな事でも何かを得るには、當然それなりに手間がかかるものです。
他人任せにしているだけでは知らない内に自分の樂しみが閉塞するものでございます。
私の珈琲の時間。
その時間はあまりにもこだわりが強く、そして樂しい。
こう云うものは持っていると何かと重寶します。
さて、あと数分で今日と云う日も終わりを告げるのでありますが、一日の終わりに「嗚呼、樂しかった」と思えるのは幸せな事です。