【感想】一穂 ミチ著「ステノグラフィカ」
作品情報
ステノグラフィカ
2020年3刷を購入。
作品概要
国会で衆議院の速記者をしている碧(受け)には、食堂でよく耳にする気になる「声」がある。
その声の主は聞社政治部記者の西口(攻め)というらしい。
植物のように淡々と穏やかに過ごす事を良しとする碧とはまるで違う、西口の振る舞いに憧れや劣等感を懐きながらも興味を持っていた。
手順を踏まずに横暴な要求をしてくる一年生議員に手を焼いていたところを西口に助けられた事を期に接点を持つようになっていく。
(新聞社シリーズに括られていますが単体で十分読めます)
読んだ理由
お仕事BLが好きなので、速記者というこれから無くなると言われている特殊な職業に就いている人が主役という点に惹かれて手に取りました。
良かった点
国会で働く人の仕事を垣間見える丁寧な描写
衆参で速記記号が異なる等、存在は知っているけど何をしているのかわからないお仕事のシーンが多くあり、それだけでも満足なのですが、攻めの新聞記者とのやり取りと通じて同じ書く仕事でも、求められることやポリシーがこんなにも違うのかと受けがカルチャーショックを受ける場面では私も同じように驚いたりもしました。動作、心理描写共にため息が出るほど良かった。
あと、2012年発刊の本作なので、民主党政権時代を想定した描写が多く、ピンとこないやり取りも当時の状況を調べれば内容を飲み込みやすくなる点もよかったです。
派手さはないがホッとする料理の描写
受けは幼い頃から祖父母のもとで育てられており、煮物などの素朴な料理が得意で食堂にも自作のお弁当を持ち込みますし、事あるごとにお家で料理をします。味や外見を事さらに形容している訳ではないですが、生活に根付いているんだなと読者に納得させる説得力があります。
一冊の本に引かれた趣の違う二本の線から垣間見えていく攻めの元妻の存在
話の流れから、受けは攻めから一冊の本を借り受けます。
攻めには離婚歴があり、過去に元妻と一緒に好きなフレーズにラインを引き合いながら読んでいた本なのですが、後に登場する元妻とその本について話すシーンがめっちゃいい。
元妻の人間としての素晴らしさを感じる。最高。
本に引かれた線一つに想像を膨らませて一喜一憂するターンが割と長いのに、元妻との少しの会話で不安が解けていくあたりに二人の性質の違いを感じて面白かった。
女性キャラにも丁寧にスポットを向けてかつ、前向きな描写
元妻の他に攻めの部下で受けと同年代の女性記者が登場します。
(厳密に書くと受けのお祖母様も出てくるけどここでは割愛)
女性が絡めば絡むほど、ストーリーが加速していく程、話が面白くなっていく!
本作では、女性キャラの存在が不可欠で見どころの一つと言っても良いでしょう。
二人共タイプは違いますが、夢と芯があっていい女なので、彼女たちにも注目して読んでほしいです。
見どころがネタバレなので、何を書くにも難しいのですが、本作の最初の方にある、女性記者のアイメイクを攻めがからかい、受けは肯定的に褒めているシーン、絶対覚えておいてくれよな!……言えるのはそれだけしか無い。
政治の世界はクオーター制が検討されるほど男女比の偏りが大きいので、そんな世界を描くに当たって避けられなかった部分もあるのでしょうが、女性だからこそ不利になるような展開が作中では度々登場します。
それでもこの仕事で踏ん張っていくんだと前向きに頑張る姿がとても素敵でした。
(個人的に)合わなかった点
受け攻め共の人物像
受けについて
合わないと言うよりも、自分にも周りにも居ない性質の受けの意図をつかむのが難しかった。
本作は受けの一人称で描かれているのですが、概要にもある通り、穏やかな性質のため、表現があっさりめで読みやすい。
反面、人間関係を避けて生きてきたせいなのか、悪癖に捉えられるだろう攻めの性質に憧れてみたり、よくわからない部分で気後れを起こしたり、攻めの勘違いを訂正出来ずに最終的に嘘をついたままズルズルと罪悪感を持ち続けているような思考の癖が独特でどうしてこの展開になったのかがすぐに理解できない場面が多々あった。
攻めについて
良い面があるのも認めた上で、身近に居たら嫌だなこんな人を高解像度で読むのは大分高カロリーでした。
意図して強調して書かれているように感じますが、2023年の価値観で読むと酷く前時代的で直線的な俗物であけすけな物言いが多いです。
女性に対する劣等感や見下しが露骨に出る場面も多い良くも悪くも自分という者へのこだわりやプライドが強い人間臭いキャラクターなので好き嫌いがはっきり出そうです。
【男社会に女が入り込むとめんどくさい】と攻めが度々言いますが、後半では言葉の裏にある意味が変わって聞こえます。とはいえ、あまり読んでいていい気分にはなれないのですが。
でも、自分の弱さやみみっちさを自覚して苦しむ姿も同時に描かれているのでそこは可愛かった。
わかる人にはわかってほしい、マイルドな『おちてよ、ケンさん(鳥トマト著)』を食らったけど、体面とプライドで落ちずに済んだ人感がある。
(あの作品、刺さらなかったつもりで居たのにこうして過る程度には影響を受けてる)
老人の存在
受けが速記という技術を通じて交流をしている老人の話が序盤から度々描かれます。
老人が登場する下りは作品から浮いている様に思えたので、初見では結構面食らいました。
ですが、後々、重要人物として登場するので、最初からそんなおじいさんがいるよと明示してくれたのは優しいなと思いました。
とはいえその登場部分も、そこは別に速記に結び付けなくても良いのではという気持ち半分、受けの担う仕事の重みや誇りを感じられて良かった半分という複雑な心持ちがあります。
フィクションなので勿論ご都合主義が出てきて当然ですが、現代物の中にファンタジーが入り込んだような奇妙な感覚で一連を読みました。
総括
個人的に引っかかる点も挙げていきましたが、それでも読み切り、これは良い!と感想を書く程度には物語としてのパワーが凄い。
何かをしながら、ではなく、静かな空間で噛み締めながら読みたい一冊です。