枠から中へ、色をのせる
ぼくと妻は、似ていないもの夫婦だ。
子育て以外に共通の趣味もないし、行動パターンもまったくちがう。
妻はまず楽しそうなことをやって、面倒なことは後回しにするタイプ。
ぼくは面倒なことを先に片づけて、後からゆっくり楽しむタイプ。
…損だ。ぜったいに損してる。
結婚して数十年。ずっとそう感じてきた。
けれども、これは習性だから仕方ない。そうしないと気がすまないのだ。
1969年、ぼくは幼稚園の途中で横浜へ引っ越してきた。
当時タケノコのようにあちらこちらにズンズンと建っていた団地は、夢と希望にあふれていた。でも、夢と希望しかなかった。
それ以外は、幼稚園はおろかスーパーマーケットすら無かった。
だから、ぼくは幼稚園を”中退”。引っ越してからの半年、小学校に入るまでは母と弟と家で過ごしていた。
その頃の記憶は断片しか残っていないけど、1枚の絵が頭に鮮明に残っている。
それは、当時お気に入りだった絵本を模写したもの。
車が三台。緑のトラックと赤い乗用車と黄色いレッカー車。
隣に座る母が鉛筆で車を書いて、ぼくが色を塗った。
お気に入りの赤い乗用車を塗っていると、肩越しに母の手が伸びてきた。ぼくの手に添えると、赤い車の縁を塗り始めた。
「最初に枠のところを丁寧に塗ってから、中を塗るの」
「そうすれば、はみ出さないできれいに塗れるの」
少しもどかしくなったのか、母は紙を自分の前に持ってくると、緑のトラックを塗って見せてくれた。
最初に枠を時間をかけて丁寧になぞる。それができたら、その内側はラフな動きで一気に塗りつぶす。後半、一気にカタがつくのが爽快だった。
まさに「ママ~の手~は魔法の手~」ってやつだ。
残った黄色いレッカー車を教えられた方法で塗ってみた。スッキリした。
たぶん、それがきっかけで
「手間がかかる面倒なことを最初に片付けると、楽に上手にできる」
ことが、ぼくにとって心地よいと学んだのだ。
小学生になって、夏休みの宿題は早めに終わらせてた。
今でも、家事は午前中にさっさと終わらせている。
「三つ子の魂百まで」とはよく言ったものだ。
もう半分の50は過ぎたけど、「枠から中へ、色をのせる」やりかたは、これからもずっと続けていくんだろうなと思う。
でも、なんか損してるんだよな~。
自分ひとりのことなら良いけど、家の事だと、なんか損してる。
それでも、母には感謝してる。
「枠から中へ、色をのせる」やりかたで、人生の荒波を乗り越えてこれたと思う。
ありがとう、おかあさん。