番外編 今日のお客さん
年が明けてしまった。去年のうちに書きたかった記事が残り2つもある。そして年末年始も楽しいことが続き、書きたいことは溜まっていく。
そんなこと、悩んでいても仕方ない。書こうと思う。が、いつもの日記ではなく、たまには方向性を変えて、面白いお客さん紹介をしようと思う。
僕はイマジンコーヒーという夜23:30までやっているコーヒー屋で働いている。場所は松江市の伊勢宮町。島根を代表する飲み屋街だ。そんなイマジンコーヒーには毎日多種多様な人が訪れる。交流が生まれたり、面白い話で笑ったり、悩みを聞いたり話したり、もちろんそこから友達になったりもする。何度も来てくれて顔馴染みのみんなもいれば、はじめて出会って一回しか会ってないけど、すごく記憶に残っている人もいる。
今日はそんなイマジンコーヒーに来るお客さんのお話をしたい。これは本編とは別の番外編的立ち位置で読んでほしい。
年末年始、僕の働くイマジンコーヒーはとんでもない盛り上がりを見せる。12/30まで営業し、年始は1/2からオープンする。帰省で帰ってきた若者、忘新年会の2次会、3次会。いつも見ることない人で溢れかえり、新鮮な気持ちで忙しく働く。
ほっと一息つく暇もなく、出勤してから閉店まで駆け抜ける。たくさんの人にコーヒーを提供できる嬉しさもあるが、あまりお客さんとはお話できなくなる寂しさもある。
でもぼくはそんな盛り上がりが好きだ。目が回りそうになりながら数名のスタッフでとんでもない量のコーヒーを淹れる。終わった後の「おつかれっした!」がいつもの数倍気持ちいい。
今年は1月1日が水曜日。ということは、三が日が終わった4日から土日が始まる。盛り上がりは年始から5日まで続いた。そんな年末年始の大盛り上がりをちょうど先日、終えたところだ。
休暇の盛り上がりは、突然、嘘みたいに終わる。その日は出勤してからもポツポツとしか来店はなかった。まだ盛り上がりが続く可能性も考えて、オーナーも出勤してくれたのだが、いやこれは必要なさそうだと判断して、オーナーには帰ってもらった。
さあ、1人の店内だ。年始から、いや、思い返せば忘年会シーズンの12月が始まってからこんな日はなかった。こういうとき何するんだっけ。とりあえず、事務的な仕事を終わらせて、たまにはと思って自分にコーヒーを淹れて飲んだ。美味しい。いつもテイストをチェックするためにひとすすりするコーヒーとは違う、座って飲むコーヒーってこんなに美味しいんだ。と感動した。そして、スマホを構うでも、本を読むでもなく、背もたれにもたれて、ほっと息をついた。ああ、いい店だなあなんて思ってた。
そして、彼は現れた。
「え!?なに!?やってんの!?」
現れたのは、1人のおじさんだった。手には木刀を持ち、杖のように使っている。体型は、全くもってプーさん、そのまま。頭は綺麗なスポーツ刈り。アヒル口をへの字に曲げたような口をしている。笑っているのか怒っているのかわからない。
注文を受けるためにレジへ向かった。
「1番安いやつちょうだい」
たまにこういうお客さんはいる。その度に決まって同じ反応をされるので、僕も申し訳なく
「コーヒーで、600円なんですけど大丈夫ですか?」と。
「たっか!よっぽど自信あるんだろうな。」
思った通りの反応。そうだよね。と思ったが、このコーヒーが伝わるといいな。と思いながらいつも通りコーヒーを淹れた。僕の1番好きなエチオピア。
おじさんはコーヒーを口にして、
「おお、お見事。こりゃあ美味い」
と、お褒めの言葉をくれた。よかった、と安堵した。
この瞬間に厳格なテストのようなムードが終わり、朗らかな空気になった。
お店に入ってすぐのカウンター席におじさんは座った。そこから見える棚には、イマジンコーヒーの店名の由来にもなったジョンレノンとその名曲「イマジン」にまつわる本やレコードが飾ってある。
おじさんはその棚を見ながら、「こんなところで全く関係ない曲流すんじゃないよ!ジョンレノン流してよ!ビートルズ!」と曲のリクエストをくれた。
普段なら応じないお願いであるが、店内にはこのおじさんと僕の2人。まあいいかと思い、IMAGINEを流してみた。イマジンコーヒーでイマジンを流すのは、やはり少し恥ずかしい。
するとおじさんからは
「いやいや!しっとりしすぎ!アップテンポなやつちょうだい!」と
わがままなおじさんだ。しょうがないなあと思いながら、ビートルズのHere comes the sunを流してみた。これこれーとおじさんはノリノリ。まあ、なんだかご機嫌でよかった。
おじさんと僕、2人の店内、聞こえるのはビートルズとおじさんの鼻歌。なんか笑えてくる。
しばらくするとおじさんの鼻歌が、寝息に変わった。ぐーぐーと寝ている。
寝ているおじさんと僕、2人の店内。聞こえてくるのはビートルズとおじさんの寝息。
そして数分後、おじさんのスマホから着信音が鳴った。そして、おじさんは起きた。とても不機嫌そうな顔をしている。
おじさんは電話に出た。なぜかスピーカー。電話の向こうからは
「もしもし!?もしもし!?」
しかし、おじさんは答えない。何も言わない。
「もしもし!??おーい!もしもしー?!?」
電話先の人も諦めない。そのやりとりが数回、さすがに僕も気になっておじさんの方を覗いた。
するとおじさんと目があった。そして、おじさんはにっこりと僕へ微笑みかけた。
意味がわからない。が、わかろうとしてはダメなんだとその辺りから気づき始めた。
起きたおじさんは、「ちょっと友達、呼んでいい?」と。
「ああ、いいですよ」と答えると
「呼ぶっていうか、友達の曲流すわ。彼がここにいるのを感じたいから」と。
よくわからないが、放っておいてみた。
すると、man with a missionの曲を流し始めた。
「え!?マンウィズ友達なんですか?」と聞くと「そうだよ」と誇らしそうな顔
「マンウィズのどれと友達なんですか?」と立て続け
に聞いてみると
「オオカミの仮面かぶってたからわかんない」
と、
ボケなのか?僕は何か試されているのだろうか。
言葉に詰まっていると、やっと、新しいお客さんの来店があった。若い女性の二人組だった。店内にはおじさんと僕、そしてマンウィズが流れている。
これはダメだと、おじさんに、すみません、マンウィズ止めてください。と声をかけると「はい」と、素直に止めてくれた。
新規女性の注文を伺うと、
「私はカフェラテと、ガトーショコラ」
もう1人の女性も
「わ。ガトーショコラ美味しそう。私はほうじ茶とガトーショコラ」
そこですかさず、おじさんも、「僕もガトーショコラ!」
自由なおじさんだ。
危険を察知して女性2名は二階席に通した。そしておじさんの会計に移る。
おじさんはカードで支払う。しかし、暗証番号を覚えていない。仕方なくサインで対応してもらおうとすると。
「おっしゃ、おれ、頑張っちゃうぞ」と
「なにをですか?」と聞くと
「サイン。草書体って知ってる?綺麗に書くの」と張り切っている。
そしてみみずの大群のような画面を僕に突きつけて誇らしげにしている。なんだかこのおじさんが可愛く見えてきた。
そして、おじさんの仕事の話なんか聞きながら2人の時間を過ごした。
おじさんはとてもお店を気に入ってくれたみたいで、「また来たいけど夜しかやってないの?」と聞いてくれた。
朝9時からやってますよ。と答えると「え!?一人で?」と。
「いやいや、何人かのチームやってるんですよ」と言うと、
「ああそうなんだ。みんないいやつ?いいやつならいいんだけどさ、俺ちっちゃいことですぐキレちゃうから。みんなに瞬間湯沸かし器って呼ばれてる。」とニヤニヤしている。
戦慄が走った。
そして帰って行った。
帰り際に何かを落としてコンと音がしたので、「あっ、なんか落としましたよー!」と声をかけると「いや大丈夫大丈夫、じゃあねー!」と出ていくおじさん。
その何かを落とした床を見ると、
小さな氷の塊。
いや、どう言う意味?
おじさんが帰った店内で、1人茫然と立ち尽くした。
そして閉店の時間。面白い人が来たなあとお店を片付けていると、おじさんが座っていた席に何やら見慣れないものがある。
木刀だ。初めての木刀の忘れ物。どうしたらいいかわからないが、とりあえず翌日のスタッフに、夜のお客様の忘れ物の木刀をスタッフルームに保管しています。と引き継いで帰った。
その日はどっと疲れて、ぐっすり眠った。
後日談
店舗のGoogleマップの口コミに、そのおじさんから評価が入った。
最高だったなら、よかった。