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濱口竜介の映画に1日を丸ごと費やす

 これまで散々映画への愛を語って、日常的に京都のミニシアターハシゴなんてしていながら、京都みなみ会館という劇場を訪れたことがなかった。映画を観に行くといえば、自転車で20分という近場にある出町座や交通アクセスのよいアップリンク、京都シネマばかりだった。みなみ会館は行くまでが少し面倒くさい。家を出てから最寄りのバス停(京都駅)に着くまでが約1時間、その後15分ほど歩く。とはいえ、みなみ会館と僕のバイト先であるイオンモール京都は歩いて10分の距離だし、何度も行くチャンスはあったのだけれど、ミニシアターで上映される映画の多くは、他のミニシアターにもやってくるから、家から近い劇場へ行く選択をしてしまう。それに、いつもシフトの時間と上映時間が微妙に被ったり、大きく離れて数時間ほど空白ができてしまうのでなかなか行けずにいた。

 朝起きて、自宅で『寝ても覚めても』を観る。これはU-NextとAmazon Prime、Netflixで配信されているので(2022年1月5日現在)、是非観ていただきたい。数年前に不倫をして話題になった東出昌大・唐田えりかの2人が主演を演じるこの映画は、1人の女がその瞬間の衝動のみによって動き、大切な人との関係を壊してしまうという物語。現在の人間関係を忘れ、いっときの欲望によって行動を起こすというのは、エリック・ロメールの『冬物語』のシャルロット・ヴェリの行動を想起させる。現実的な日常の中に、ふと夢のような非現実性が織り交ぜられるような脚本がフィクションであることを強調するような構造で、『ドライブ・マイ・カー』の中にもあったように、感情を押し殺した本読みによって作り上げられる舞台演劇的な会話は、その強調をより強める。これは個人的な感覚の話だが、『スパイの妻』を観たせいか、東出の口調からはなんだかサイコパスのような空気を感じてしまう。

 そうして、バスに乗り、みなみ会館へ向かう。『ハッピーアワー』と『偶然と想像』を2本立てで観るためだ。2本立てとは言っても、『ハッピーアワー』は317分もある超大作で、3部に別れており、12:30~20:40まで同じシアターの同じ席でひたすらスクリーンを見つめる8時間。作品としてのカウントは2本立てなのだが、実質は4本立てのようなものだ。つまり今日は実質5本の濱口映画を鑑賞したということになる。

 『ハッピーアワー』。仲の良い37歳の女性4人グループの物語。それぞれに家族や人間関係があり、それぞれが自分を愛しており、そのせいで関係性に少しずつ違和感を覚えるようになり、やがて修復が困難なところまで崩壊してしまうが、ラストには希望が与えられている。基本的に静かで、カメラの動きは少なく、濱口特有の会話によって作られる独特の間や無機質な空気が、親密な人間関係の脆さを増幅させる。時折、動的で攻めたカメラワークもあり、第2部の滝を映す映像は素晴らしかった。滝を流れる水の一部に焦点をあて、それが落ちていく速度に合わせて下向きにカメラをパンさせる。よって、立体感と迫力が生まれる衝撃的なカットであった。

 『偶然と想像』。これは2時間にまとめられた3話のオムニバス映画。僕はとりわけ1話目が好きで、テンポの良いリズミカルな使い会話劇が心地良い。冒頭のタクシー後部座席での他愛ない恋愛話を超長回しのワンカットで自然に撮った手腕は見事なもので、最後の”想像”の部分のカメラの使い方も見事である。第3話の勘違いによる偶然の再会は、それだけで面白い物語なのだけれど、穏やかな会話によってゆったりとした時間が流れ、少し焦ったさも感じる。


 帰り道、僕もバスの中で知り合いの誰かと偶然の遭遇をするのでは?なんて想像もしたのだが、結局1人で酒を飲んで家に帰った。あぁ寒い。

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