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書評「成長なき時代の国家を構想する」中野剛志


本書は今から10年前に出版されたものであり、2020年代を中長期として扱っており、2020年代以降、低成長社会へと構造的に変化するという設定で描かれている。

低成長が続く要因として、不況対策として講じた金融緩和政策が新たなバブル経済とそれに伴う金融危機を引き起こすような事態や、

同じく不況対策での大きな政府や社会政策の強化により、非効率部門の温存や、累積債務問題を抱え、スタグフレーションの可能性、少子高齢化と労働人口の低下、

不況下での業界再編として、経営統合で大企業化、メガバンク化が進み、競争の鈍化、経済の不活性化、中小企業の弱体化、また企業倒産や失業により、技術、技能の伝承・育成の途絶、勤労意欲の弱体化、

大規模な資源開発投資が停滞し、資源供給不足、資源インフレの顕在化、地球環境問題等の深刻化が挙げらている。

これは悲観的なシナリオと述べているが、今現実でそうなっているので慧眼なものである。



本書は、経済政策の目的を経済成長から国民福利へと移行させることを目的とし、それに伴う経済政策の視点の変更について議論している。

「福利」の定義は難しい。本書では「人生に対する積極的な評価」という広い意味で定義している。

福利と相関する要因は、肉体的健康、精神的安定、人間関係、共同体、安定した民主政治、低インフレ、低失業等が含まれる。


そして、根本的な問題として経済成長が国民の福利の向上につながらなくなってきていることを挙げている。

理由は二つあり、資源・環境上の制約と、GDPと福利の乖離である。

経済成長は、資源逼迫と環境問題の負荷の深刻さをきたす。

物質的・金銭的な豊かさの追求が自然環境、生活環境の劣化、社会の急激な変化や人口移動による社会の不安定化、人間関係の希薄化、拝金主義的な風潮の蔓延などにより、かえって福利を損なうケースもある。

逆に福利の不足が、満たされない欲求を代替するために過剰な消費行動に走るなど物質的・金銭的な豊かさの追求の原因になったりする。


国民福利アプローチ

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表は本書76ページから

大まかなアプローチの紹介だけ。

詳しい内容は本書を読んでほしい。

人間関係や共同体を重視し、その役割として政府は既存の人間関係や共同体の急激な破壊を抑止することや、新たな共同体の形成を容易にする社会の基礎条件を整備することである。市場経済の激変や不安定化による地域社会の急速な衰退の防止や、疎外された個人の社会復帰の支援などが想定される。しかし、政府が個人に対して共同体に帰属することを強制するものでもないし、個人が自由な意思に基づいて共同体から離脱することを妨げるものでもないことは強調しておく必要がある。

人口減少は(資源・環境制約の下で)物質消費の絶対量を減少させると同時に絶対的な供給量の少ない国産エネルギーの全エネルギー供給に占める割合を向上させることを通じ、資源の海外依存度を下げる効果もある。「マルサスの罠」の考えに近い。マルサスの罠は食糧問題だったが、現代では環境問題なのだろう。

「有効需要の社会化」は、社会的に有益な雇用機会を開くものであり、参加所得(社会的に有益な労働を条件づけた所得給付)の発想に近い。



まとめ

経済的な豊かさ以外の価値、そもそも価値とはなにか、人間とは何か、福利とは何か、それを実現するための国家とは何か、社会とは何か、そういった根源的、哲学的な問題を考えていかなければならないだろう。

残念なのは本書の著者がこのオルタナティブ・ヴィジョンをさらに補強できる材料を手に入れたはずなのに、“これまでのヴィジョン”の補強の流れに行ってしまったことだろう。



追記

本書の一割も紹介していません。目次を載せておきます。この記事の紹介個所は第一部の一割のみです。


目次

序――成長という限界・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・中野剛志

第Ⅰ部 経済政策のオルタナティヴ・ヴィジョン・・・・・・・・・・中野剛志
     一、はじめに
     二、リスクシナリオの設定
     三、経済成長と福利
     四、国内総生産から国民福利へ
     五、生産活動と福利
     六、経済政策を再定義する
     七、まとめ
     【Appendix 1】政府の大きさに関する補論
     【Appendix 2】政府の大きさと経済開放度に関する各国比較

第Ⅱ部 「オルタナティヴ・ヴィジョン」の諸論点
  「豊かさの質」の論じ方――諦観と楽観のあいだ・・・・・・・・佐藤方宣
  低成長下の分配とオルタナティヴ・ヴィジョン・・・・・・・・・久米功一
  幸福・福利・効用・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・安藤 馨
  外国人労働者の受け入れは、日本社会にとってプラスかマイナスか・・・浦山聖子
  配慮の範囲としての国民・・・・・・・・・・・・・・・・・・・大屋雄裕
  共同体と徳・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・谷口功一
  「養子」と「隠居」――明治日本におけるリア王の運命・・・・・河野有理
  オルタナティヴ・ヴィジョンはユートピアか――地域産業政策の転換・・黒籔 誠
  "生産性の政治"の意義と限界――ハイエクとドラッカーのファシズム論をてがかりとして・・・山中 優
  なぜ私はベーシック・インカムに反対なのか・・・・・・・・・・萱野稔人
  低成長時代のケインズ主義・・・・・・・・・・・・・・・・・・柴山桂太
  ボーダーレス世界を疑う――「国作り」という観点の再評価・・・施 光恒
  グローバル金融秩序と埋め込まれた自由主義――「ポスト・アメリカ」の世界秩序構想に向けて・・・五野井郁夫・安高啓朗

第Ⅲ部 討議「経済政策のオルタナティヴ・ヴィジョン」をめぐって
      ・・・・・・・・中野剛志・松永和夫・松永明・大屋雄裕・萱野稔人・柴山桂太・谷口功一
成長の意味を問い直す/危機の時代だからこそ根源的な思考を/政治哲学と日本の政治/国家の問題にさかのぼって考える/アメリカのヘゲモニーの終焉/資本主義の新たなるステージ/動揺する国民国家体制/アメリカの覇権衰退の帰結は何か/議論の枠組みの重要性/権力の問題にきちんと向き合う/成長こそ重要だという反論をどう捉えるか/国家は経済にどう関与すべきか/経済のロバストネスと共同体の役割/国際的な競争と国内の国土保全を両立させる/共同体の承認がコミュニケーション能力を育てる/共同体概念を練り直す/共同体の機能をいかに活用するか/経済政策のオルタナティヴ・ヴィジョンのために

    【討議を終えて】
      国家を問い直す・・・・・・・・・・・・・・・・・・・松永和夫
      「強靭な経済社会」の構築に向けて・・・・・・・・・・松永 明

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