共産党松竹騒動を野次馬が眺めて感じたこと
追放騒動で炎上を眺める
共産党のお家騒動が賑やかです。党首公選制の導入等を著書で訴えた党員のジャーナリスト松竹伸幸氏が除名処分になり話題です。
これについて松竹伸幸氏の日本記者クラブでの会見動画も再生回数8万回を超える(1万超は異例。3万超はかなり異例)など、話題沸騰です。
私は共産党全く支持しません。「変わった人々」と感じるだけです。批判したいとも思いません。動画見ても理解できませんでした。騒動で見た共産党や松竹氏の特有の言い回しに「別世界の人」感があります。「日本語を話してても、話が全く通じない集団の存在」を改めて実感しました。
私も韓国語を習得しましたが、ちょうど北朝鮮の放送に接する感覚と似ています。言語として聞き取れるはずですが理解できない状態。考えてみれば、冷戦は「日本国内に目に見えない38度線があっただけ」かもしれません。
昭和史での共産主義は重要なポイント
一方で「昭和史」を考えますと「昭和」は「共産主義と向き合った時代」と言う見逃せない重要なポイントがあると思います。特に昭和史を理解する上で昭和も遠くなり「共産主義」に実感が持てないだけに、江崎道朗氏のPHP新書3部作は非常に有用です。
ただ、共産党の歴史を見ると内紛騒動だらけで、常在戦場ならぬ「常在内ゲバ」だったのに、なぜ今回改めて話題になるのか意味が分かりません。
アカの他人の炎上騒動を嘲うだけでいいのか?
私も「アカの他人」の騒動を野次馬として産経新聞で楽しみました。こういう騒動での産経新聞のコラムは楽しいものです。
保守系の産経新聞や識者・ユーチューバーも笑いのキモいネタ、として批判的に扱っています。しかし、一方でそれだけでいいのか、考えてみる必要はないかと疑問に思いました。
私は「アカの他人」騒動で彼らを叩くのではなく、私たち自身の問題として考える必要を感じました。
①「無投票」はこの騒動を笑えるか?
春(2023年4月)に統一地方選挙あります。住民として地方自治を考える大事な機会です。しかし一方で多くが無投票です。先日(2023年1月)も滋賀県守山市の市長に新人が無投票で当選しました。
しかし、前職も合わせると3回連続無投票。当選者の良し悪しではなく、無投票の問題視が少なすぎると感じました。
地方では、市長選や県議市議選挙も無投票は普通にあります。県知事選国政選でもほぼ無投票で似たようなものです。「まともに選べる」選挙は参議院比例のタレント候補だけです。
制度上の無投票(共産党)を「結果的・実質的な無投票」の私たちは本当に笑いものにできる立場でしょうか。仮に共産党が出なければ無投票かなり増えます。逆に共産党を「信任投票ゴッコの協力者」として利用しているだけです。
②高齢多選もこの騒動を笑えるか?
多選。県知事で8選32年間の記録があります。中西陽一石川県知事(1963年〜1994年)奥田良三奈良県知事(1951年〜1980年)。石川県はその次の谷本正憲知事も7選24年間(1994年〜2022年)。市長では10選40年の記録。吉道勇 貝塚市長(1970年〜2010年)など。
この多選に批判や不満が無いはずがありません。政党やメディアは、そうした声を拾えているのでしょうか。
高齢では話題になっている東京都北区の花川與惣太区長87歳。6選で出馬表明。当選の場合退任時は92歳です。
一方で中国共産党の独裁体制は定年制が厳格です。どちらがまともな感覚でしょうか。ちょっと考えてしまいます。
③地方での「オール与党」は何だ?
地方政治において、共産党以外の国政政党は与党が普通です。このオール与党が適切な体制でしょうか。批判や検証の議論がまともにできているとは思えません。一方でビジネスの世界では全員一致を否定する論考ばかりです。
マークシートが既に半分塗られてる八百長試験に選択肢あるか?
共産党は政党内で異論を封じる体制です。それを外部からあれこれケチ付けようと思いません。しかし、自由で開かれたはずの私たちの政治で無投票・高齢多選・オール与党が普通にある状態。選択肢が提示されているとは到底言えません。このほうがより問題です。
しかも、共産党が「実質信任投票」に協力してるので、「マークシートが既に半分塗られてる八百長テスト」の状態。
朝日社説への反発騒ぎは衰退する新聞へのなぐさめ
朝日新聞の社説が今回の騒動で共産党を批判し、反発出ました。近年、政党による社説批判はほとんど無いだけに昭和の懐かしい光景です。新聞の社説が政治で話題になった最後の例かもしれません。
朝日非難の会見で産経を取り違えるオマケつき。産経新聞への謝罪にはちょっとした驚きです。なんと赤旗の創刊時の編集長は、後に産経新聞フジテレビ社長となりフジサンケイグループの創設者・水野成夫。創業者を同じくする「兄弟」だしなぁ。ついでに産経新聞の入社試験を親と水野氏のコネで受けさせてもらったのに海外に留学しちゃったのが麻生さん。落ちて子会社の日刊工業新聞にまわされたのが森喜朗さん。なんだかねぇ。
④世襲だらけ。八百長公募。予備選挙を総務省妨害
自民党で世襲多すぎ・弊害は言うまでもありません。「公募」という用語があるほど世襲当然視されています。公募も応募者一人や公募期間数日の「八百長公募」「ナンチャッテ公募」「アリバイ作り公募」です。
世襲がなぜ多いか。小選挙区の候補者選びで予備選挙が無いことも一因です。世襲VS他の予備選挙で自民党員の声聞けよと思うのですが、自民党員の投票は総裁選以外全くありません。
では予備選挙なぜないか。総務省が公職選挙法で禁止のようにイチャモンつけるからです。維新が予備選でアンケートやろうとしたら事前運動だからと総務省が横ヤリいれてきました。総務省までグルになって世襲守る体制ということです。
共産党で党首公選が無いのが問題で社説で叩くなら、各政党での予備選挙を総務省が妨害するほうが、はるかに問題として大きいと思いますが、社説でも叩いていません。
⑤「役所の無謬神話」(役所のやること間違い無し)と共産党はソックリ
今回野次馬的に面白いと思った発言は朝日新聞の批判社説への反発で飛び出した「大きな間違い」という言い回しです。「大きな間違い」なら何が「正しい」のですか。彼らは間違えた事ないのか。選挙で連戦連敗や党員減少も執行部の責任は全く問われず居座り。ある意味スゴイ組織です。
朝日の社説でも「無謬主義」と指摘されています。
しかし、この「無謬性」という用語が共産党関連で飛び出たことに非常に驚きました。同じ表現が身近にあるからです。役所(広司さんじゃない)。役所以外で無謬と言う用語を目にしたのはかなり意外です。
役所が決定にやたら時間がかかるのも、間違いが許されないからです。一方で一度決めると、間違い失敗を認められないので「損切」ができません。例えば、経産省主導の国策会社ジャパンディスプレイは7年連続赤字ですが、政策検証ありません。営利企業ですと金額で失敗を検証し、事業撤退等決断しますが、役所はそれがありません。ジャパンディスプレイも役所は失敗とは絶対言いません。太陽光も同じです。
IT・デジタルは失敗や不具合は普通
最近では役所のIT関連の遅れが課題です。制度・システムを作って運用しながら軌道修正していけばいいじゃないの?と思いますが、これは行政では絶対に許されないことです。「失敗はあり得ない」からです。コロナ対応がうまくいかないのも現行制度の不備を厚労省が、かなたくなに認めない点も指摘されています。コロナのアプリも活用不十分なまま終了。何ですかこれ。
逆に役所で必要な能力は、「政策の失敗を失敗でなかったようにきれいに議論を誘導すること」です。隠蔽工作の動機もこれ。不祥事も「あってはならないこと」を常套句で隠蔽。ありうるとは口が裂けても言えないからです。
しかし、牧島かれん前デジタル相はこの無謬性神話からの脱却を正面から訴えていて注目されます。せめてこの「苗」を枯れんようにしてクレ。
ハンナ・アーレントに学ぶ
参考までに。ハンナ・アーレントは『全体主義の起原』で「為政者の無謬性を求める人々の欲求が『無謬の為政者』すなわち独裁者をつくり出し、全体主義をもたらした」という趣旨の分析をしています。「間違いがない」のは非常に危険なことです。
共産主義はエリート主義の変異種
考えてみると、共産主義はエリート主義の変異種だと思うとスッキリ理解できます。新聞社に「間違い」「不見識」と叱る「ナゾの上から目線の言い回し」に戸惑いますが、これもエリート主義の変異と理解すればナルホドです。
共産党は共産主義と言う思想で党員をリード。エリート主義は偏差値・受験勝者という信仰で落ちこぼれや愚民をリード。実によく似ています。今は違いますが昭和で東大占有率が高い組織は共産党と役所でした。この二つとも失敗は絶対認めません。
考えると子供の試験も正解があって「どれだけ間違いが無いか」を競う訓練でした。「正しいもの」にひたすら寄り添う姿勢もソックリです。
⑥マスゴミに共産党を嘲う資格なし
もう一つ、驚いたのが「赤旗論説に尽きる」と機関紙の主張をなぞるような発言が飛び出た点です。記者が志位氏に質問の回答として「松竹氏のさまざまな発言等々については(赤旗の)藤田健編集局次長の論説が出ている。それに尽きる。私としてそれ以上、言うことはない」(産経記事抜粋)
当事者の見解を尋ねたのに「(機関紙の)論説に尽きる」というトンチンカンなやりとりが全く意味不明でした。機関紙とグルになって「正しい」方向に読者党員を導くということでしょうか。
しかし、これも類似した出来事が私たちの中にあります。
私が思いだしたのが「防衛増税」。前稿でも指摘しましたが、読売新聞と日経新聞は有識者会議でグルになって増税を主導しました。
有識者会議に新聞の社長招く→有識者会議で防衛増税の報告書まとめ→党税調で防衛増税まとめ→岸田総理の防衛増税の会見→新聞社説で防衛増税支持・ヨイショ→新聞の軽率減税維持
この八百長は一体、何ですか?
自由で開かれたはずの言論でこうした八百長が堂々と行われる。彼らの閉鎖的な言語空間よりも、はるかに悪質ではないでしょうか。
なお、読売新聞の渡邉恒雄も東大時代は共産党。しかしやたらにOB活躍する組織だなぁ。
⑦ワンマン企業の解任騒動からすれば大したことない
日本電産は永守社長の強烈な指導力で知られますが、外部から招いた人材を次々に解任・飛ばすなど、ワンマンぶりで知られます。社内での批判の声?フフフ。社長の著作を従業員に読ませたり、メディアを提訴するなどの姿勢も共産党とソックリ。そう考えると、今回の共産党の追放騒動は民間のブラック企業からすると逆に珍しくなく大した話じゃない、と疑問に思います。
株主への情報開示や説明責任あるわけですから、メディアも「レッド」より「ブラック」を報道すべきじゃないでしょうか。
今回の騒動は所詮「別世界の少数者」のお家騒動。報道や社説で批判必要な話なのか、私は意味が分かりません。(産経が報じているのは、エンタメとしての読者サービスだからです。)
⑧政党助成金ないのに外部がケチつけるのか
朝日毎日の批判(攻撃?)に対して共産党は「朝日に指図されるいわれはない」など反発しています。要するに部外者に口出されたくない、と言うことでしょう。これは理解できます。ナゼかというと政党助成金を貰ってないからです。
内部の追放騒ぎなどは勝手にすればいいことでしょう。なぜ外部からケチつけるのか意味が分かりません。
政党は公的な存在だから? 馬鹿言うな。助成金欲しさのために政党をわざわざ公的な存在にしたのが「政党助成法」の成立経緯。政党助成金があってはじめて公的な存在なわけです。
国民1人あたり250円の政党助成金です。なぜ250円なのか、わかりません。受け取っても説明した政党は一つもないです。私のわずかな税金を滅んで欲しい社民などに絶対使ってほしくないのですが。
私のような庶民のナケナシのサイフから収奪した(彼ら用語「搾取」か笑)税金を受け取らずに彼らは活動しています。唯一敬意を表します。
他にもツッコミありますがこの程度にしよっと。