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『海のまちに暮らす』のもとしゅうへい(真鶴出版)|読書感想文022

本好き、本屋さん好きなら、気になっている方も多いのでは。「泊まれる出版社 真鶴出版」さんからリリースされた随筆集だ。

真鶴で暮らした日々の生活を書き留めた全15話のエッセイが収録されている。2021年の秋。東京の美術大学を休学すると決めた著者。時代はコロナ禍。学校や会社の機能が麻痺していた、あの頃のことだ。それまでは豊島区のワンルームで暮らしていた著者は、2022年に真鶴へ移住。

この本に収録されている文章の多くは、真鶴へ移り住んだ2022年のあいだに書かれたものだ。当時は生活の移り変わりを記録することに少なからぬモチベーションがあった。自分のなかにある価値感の主軸が短いサイクルで目まぐるしく破壊され、新たにつくり替えられていく時期だった。その変化は働動的なエネルギーを伴ってい自分の身体を次なる興味へと引っ張っていく感覚があった。そしてその速度はおそらく一つの若さの姿として、あっという間に僕をこの町へ連れてきてしまったように思う。

あとがきより

「神奈川県の南西から相模湾へ突き出した小さなでっぱり」のような真鶴市。人口6,000人ほどの静かな港町だ。寝室の障子をあけると海が見える平屋で、新しい暮らしが始まる。

図書館でのアルバイト。真鶴出版での1年間のインターン。家庭菜園での畑仕事。港町ではたらき、少しずつ地域に根づいていく様子が描かれていく。アシダカグモ。ねこ先輩。ヒマワリ。生き物たちの生活動線を横切るように、静かな町を移動していく。

「本来あるはずのものがなかったり、ないはずのものがあったりする微妙な世界」真鶴という土地を表した、この言葉がとてもいいなと思った。

見知らぬ土地に生活を立ち上げようとするとき、いつも少しだけ、前向きに淋しい。一人で暮らしに向かっていくとき、〈今/わたしが/ここにいる〉という静かで明るい決意にも似た感覚がある。そのような孤独が自分に言葉を書かせ、絵を描かせ、本を編ませているような気がしている。どこまでが自分の意志によるものなのかはわからない。意志というより反応に近いのかもしれない。とにかく、土地がそれをさせるのだ。

たとえば海の町で暮らすこと。見知らぬ場所に新たな自分を見出すこと、発見と記録を移動のなかで繰り返すこと。そのような連続性に身を置きながら生き続けることが、自分にとっての生活だった。そして生活をするそばから、自分はみたものや聞いたものをゆっくりと忘れていく。忘れてしまうものごとを拾い集めて書きとめながら、意識はもう次の移動の先端で風を受けている。

あとがきより

土地の空気を吸って、吐き出す。行間から、まだ見知らぬ真鶴の風が吹いてくるような爽やかな随筆の数々だった。

amazonだと現状サインつきの高額本しかなく、出版社在庫も品切れしているようだったので、もしよろしければお譲りします。すみません珈琲をこぼしてしまいました。なのでそれでもよければですが……。

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