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冷たいお茶を一杯

社会人になってこの方、夏休みらしい夏休みを過ごしたことがなかった。

転職も経験したが、どちらの会社も「社員一斉の夏休み」というものが存在せず、「3日間あげるので、7月から9月までの間にどこかで休みをとってください」「有給を上手に使って夏休みをとりましょう」などと言われるものの、結局仕事が忙しすぎて、まとまった休みが取れずに夏が終わる……というパターンでこの10年過ごしてきた。

そんなわけで、育休、という史上最大の休暇(?)のさなかではあるものの、いわゆる「お盆」期間に会社に行かなくてもいい、という状況は、夫の9連休と相まって(夫の勤め先はお盆に一斉に休みをとる会社だった)私のテンションを上げさせるには十分だったのだ。

***

夏休みを夏らしく楽しむには。

そんなテーマをかかげ、(夫の)連休初日に私は買い物に出かけた。
幾日かは人に会う予定や、出かけなくてはいけない日(保活とか保活とか保活とか)があるものの、基本的には生後7か月の赤子を抱える身。そのことがもともとの出不精に拍車をかける。
クーラーのかかった涼しい部屋で、夏を楽しむのだ。

思いつく限りの「夏」を、自転車のかごに放り込んでゆく。

夏野菜。
きゅうりになす、トマトにズッキーニ、おくらとミョウガ……好きなものばかりがスーパーのお得コーナーに並ぶ。
カルディで売っているハワイ料理のもと。
ガーリックシュリンプのもとに、ポキのもと。新婚旅行で訪れたハワイを思い出しながら、夏の暑さをハワイの暑さだと思い込もう。
ほろよい冷やしパイン味。
夫が焼きそばを作ると言っていた。二つ組み合わせれば、ちょっと縁日の屋台風。
好きな小説のシリーズ新刊。
形式ばった読書感想文は好きでなかったけれど、夏に涼しい部屋で読書するのは大好きだ。単純に時間の問題で、昔から秋よりも夏の方がたくさん本が読めた気がする。

そして、「これを買いに来た」と言っても過言ではないものが、この茶器だった。

ハリオのフィルターインボトル。
ネットで買ってもよかったのだが、あえて駅前にある、昔からあるお茶屋さんで買うことにした。

最寄りのN駅周辺には、お茶屋さんが二軒あった。

気づいたら一軒は見知らぬ飲食店になってしまい、残るはこの駅前の一店舗のみ。
だから頑張ってほしいというわけではないのだが、私はこの小さいお茶屋さんのちょっとした工夫が好きだった。
店頭に、お茶請けに良さそうなスイーツやアイスクリームをまとめて置いたり。ワンコインで買える、しゃれた茶器をワゴンで売ってみたり。
このハリオのボトルもそうした工夫の一つ。カラフルなボトルが、箱から出された状態でずらりと並べて見せられているのは、すごくおしゃれに感じたし、店の前を通るたびに目を惹いた。

いつか買おうと思ううち、結婚したり妊娠したりしてそれどころではなくなって、数年が経ってしまったのだ。

お店に入ろうとすると、店主らしきおじいさんが「どうぞ、この茶器で作ったお茶がありますよ」と話しかけてくれた。
中から出てきた息子らしき店員さんは、まるでワインボトルを持つように冷たい緑茶が茶葉ごと入ったボトルを持っていて、これまたコルクを外すようにふたを外してくれた。
紙コップに注がれた冷茶は、甘味があって、さらりと飲みやすい。

「水出しはゆっくりと茶葉が開いて、濃くなりすぎません。苦みがおさえられ、うまみが出てきます」

説明を聞くまでもなくおいしい。
なんということだ。すでにある容器を使って水出し茶を作っていたこともあったというのに、このおいしさ、忘れていた。

たくさんある色の中から茶色を選んで、冷茶におすすめのお茶二種類とともに袋に入れてもらう。「これもおいしいので、ぜひ」と1回分の鹿児島県産茶葉を包んでくれた。うれしい。ごひいきになりたい。

夏休みの準備が整った。

***

その日はほろよいと焼きそばでプチ縁日をして、寝る前に冷茶を仕込むことにした。
茶葉10グラムをそのままざらざらと入れて、水をそそぐ。冷蔵庫へ入れる。
簡単すぎてあっけない。

翌日から、冷茶生活が始まった。

桃の緑茶、昨年ハワイで買っていたブレンドティー、妊娠中に飲んではまったルイボスティー、冷茶におすすめと言われた緑茶、まとめ買いしたフルーツ麦茶……。

冷たいお茶がおいしい。

もともと生活にお茶があるのは当たり前だったが、それはだいたいポットで入れるホットティーだった。
たとえばそれは、夫婦のリラックスタイムには欠かせない。

自分の手で淹れた温かいお茶は、心にしみる。

一方で、自分好みの冷たいお茶は、体にしみわたるのだ。

自分で淹れた、というほど凝ったことはしていないけれど、自分好みの茶葉で作った冷茶の味は、丁寧に淹れるホットティーに匹敵しておいしい。
夏場の冷たい飲み物は、乾いた体にぐんぐんと取り込まれていく。

「暑いでしょ。ちょっと水分とりなよ」
と、夫に差し出すのも気軽だ。ホットティーを淹れるのは私の役目だけれど、「冷蔵庫に冷たいお茶があるよ」と言えば、自分でコップに注いでくれる。

***

ボトルに入った冷茶が冷蔵庫にある。

この事実が、私の夏のクオリティー・オブ・ライフを確実に上げてくれている。せっかくなら冷たいお茶はガラスのコップに入れたいと、友人の結婚式の引き出物でもらった、金で箔押しされた装飾が美しいグラスを引っ張り出してきた。コースターは青と白でさわやかに。
「真実がお茶ライフを楽しんでいてよかった」
と夫が言う。

そういえば、実家にはいつも冷たい麦茶が入っていた。
1リットルボトル二本分。
母が夏になるたび、毎日毎日、家族のために用意していたのだ。私も弟もそれを、水道水のようにがばがばと飲んでいた記憶がある。飲んでも飲んでも湧き出る泉か何かと勘違いしていたんじゃなかろうか。

うん。
やっぱり「夏休み」には、冷たいお茶が欠かせない。

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