あなたの知らない脳~脳神経学者の話はおもしろい
子どもの頃、お菓子を食べる時になくてはならなかったのは本でした。
漫画はもちろん「小学館の入門シリーズ」とか、伝記本とか、とにかく何かを読みながらお菓子を食べることが好きだったのです。
それゆえにお行儀の悪いお話ですが、私の本はどれもお菓子の食べこぼしの跡がありました。
しかし、スマートフォンというものが現れてからというもの、お菓子のおともはこの文明の力(りき)に変わってしまいます。
ついつい手に取って見てしまう、そんなスマートフォンの中毒性にやられながら、おやつの時間がくると本棚をあさっていた自分をなつかしく思っていました。
ところが今回お話しするこの本は、久しぶりについつい手に取って読んでしまいたくなる…何十年ぶりに私の「お菓子のとも」となる存在でした。
(もちろんこれまでご紹介してきた本はどれも素晴らしいものですが。)
「あなたの知らない脳ー意識は傍観者である」
デイヴィッド・イーグルマン 著
大田直子 訳
発行 早川書房
この本のテーマは
「自分をコントロールしているのは自分の意識ではなかった」
ということです。
そして興味深いエピソードや研究論文をふんだんにつかってはなしを展開してくれます。
読みながら何度も「はぁ~」とうなずいてしまいました。
話はちょっと変わります。
先日(2024年9月)に開催した私の個展では自分の胃カメラ画像を刺繍した作品「肚(はら)の中」をメインビジュアルにつかいました。
この作品を作るきっかけになったのは自分の胃カメラ画像をみたときの衝撃でした。
うっすらと炎症をおこした縞(しま)模様がみられ、「暴飲暴食なんかしてごめん」と詫びる気持ちとともに、自分の体であって自分の体でないような奇妙な心もちになったのです。
私がそうしようと思わずとも、食べたものを胃は消化して腸へと送りつづけます。
炎症をおこしていてもボイコットはしません。
そして何より、その薄ピンク色の粘膜がまるではじめてみる我が子のような、見たことのない生物が目の前にいるような、不思議な感覚をおぼえました。
胃カメラの画像なんて教科書の写真や患者さんの検査結果で何度も見たことがあるのに、自分のものだといわれるとその実感がわかないのでした。
そんな時にちょうどこの本「あなたの知らない脳」に出会いました。
呼吸器官、心臓などは私が眠っているあいだも働いていることはもちろん知っていました。
しかし、私を私たらしめていた脳までが自分のコントロール下になかった…というのは衝撃でした。
詳しい内容はぜひお手にとって読んでいただきたいのですが、冒頭に出てくる
「あなたの意識は大西洋を横断する蒸気船に乗っている小さな密航者のようなものだ」
という一文に集約されていると思います。
つまり脳は独自に物事をしきっていて、自分の意識はなんのアクセス権もないというのです。
ここで先ほどお話した胃カメラの時に私が感じた違和感につながってきます。
私の中に知らない生き物がいる…どころの話ではなく、勝手に動くジャイアントロボの上に私という意識がくくり付けられている、ということです。
「からだは生きている間の借り物だから、粗末にしてはいけない」
という昔の人のことばをふと思い出しました。
では私の意識はなんのためにあるのでしょう。
脳にあるたくさんの独自プログラム(ここでは自分で制御できないことから”ゾンビシステム”と表現されていました)で自分の脳は生きるために運営されています。
しかしこのゾンビシステムどうしがせめぎ合ってにっちもさっちもいかなくなったときや、問題解決困難となった時に動き出す大会社のCEOが私たちの意識なのだそうです。
CEOである意識は、ゾンビシステムを仲裁したり調整したりする役目があると著者は考えています。
例として、帰宅時に家のドアノブをまわして中に入ったことをしっかり記憶している人は少ないと思います。
これまでインプットされてきたノブの感触やドアの重さを脳内のゾンビシステムが処理して無意識に家のなかに入る動作をさせているからです。
しかし、誰かが家のドアノブを交換していたとすると、さわったことの無い感触に異常を感じCEO(自分の意識)がネットワークに呼び出されて状況をアセスメントし、次にどうしたらよいかを理解しようとします。
(このようにわかりやすい例がたくさん述べられていて面白いです。)
しかしこの「意識」もどのようにして生まれているのかは、私も自分なりに調べてみましたが解明されていないのだそうです。
本を読んでいて自分の脳をあやつれないことに衝撃はあるものの、私の体に対するたのもしさや安堵感をおぼえました。
つくづく人体というものはミステリアス。
だからこそ神々しくありがたい気がします。
私が著者のイーグルマン氏に敬意を抱いたのは
還元主義だけで人間は理解できない、という考え方です。
※還元主義=研究対象である物事に階級をつけ、上のステージの現象が必ず下のステージの概念と法則で説明がつく、と考えること。
脳を神経細胞の単なる集まりとして理解するのではなく、あくまで精神というものを理解するには人間の内部のかけひきや、周囲の世界との相互作用が左右しており、解決困難なものである、と述べられています。
(わたしの大まかなまとめですみません。)
何兆ものシナプスが会話する広大な構造の回路は思いもよらないアルゴリズムで、これを理解することが崇高な経験でありどんな聖典にしめされているどんなことよりも素晴らしい…という作者の思いにはとても感動しました。
そんなに簡単に人間を解明できてたまるか、というイーグルマン氏がこれまでたどってきた研究者としての研鑽や誇りのようなものを感じ、シビれたのでした。
どこをひらいても面白いこの本をこれからも近くに置いて、美味しいお菓子と楽しもうと思っています。
ちなみに今日のおやつは
著者には失礼ながらチョコレートで汚れようと構いません。
私だけの本ですし、大のお気に入りという証ですから。
今日も最後まで読んでくださってありがとうございました。
ナース刺繍は現役看護師兼、刺繍家の私が人体、医療をモチーフに制作をしております。
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