『結婚式のメンバー』 カーソン・マッカラーズ 村上春樹訳
僕は一度読んだ本をあまり読み返さないのだけど、この本に関しては読み終える前から、きっとこれから先に何度も繰り返し開くことになるだろうという予感があった。それは文章の美しさであり、鮮やかさであり、将来に亘って“今へと続く物語”だったからだ。
僕は残念ながら“12歳の少女”になったことはないのだけど、12歳の少年なら多少覚えがある。その頃に通過した様々な感情は、適切な言葉を与えられることなく、ただ曖昧と浮かんでいた。しかしその感情の雲から降った雨は、確実に僕という人間の根幹を育て、大人への歩みを進めることになった。
そのような経験は、おそらく性別も国籍も時代も関係なく、誰もが通過するのだろうと思う。もちろん細部も結末もまったく千差万別なのだけど。12歳のあのとき、言葉を持てなかった感情や風景が、この本には鮮やかなまでに描かれ、眼前に立ち上がってくる。
僕らはときどき、12歳の自分の声に耳を傾ける必要があるのかもしれない。記憶の中に立つ自分が、果たしていまの自分に何を残そうとしていたのか。大人になった自分は、それをしっかり受け取れたのか。言葉を持たなかった12歳のメッセージを、僕らはいつでも聞くことができる。優れた小説が一冊あれば。
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?