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不便な本屋はあなたをハックしない(序)

「不便な本屋はあなたをハックしない」目次
(序)
(1)本屋としての筆者
(2)「泡」と「水」――フィルターバブルを洗い流す場所としての書店
(3)独立書店と独立出版社――「課題先進国」としての台湾、韓国、日本
(4)日本における二つの円――「大きな出版業界」と「小さな出版界隈」
(5)「大きな出版業界」のテクノロジーに、良心の種を植え付ける
(6)全体の未来よりも、個人としての希望を

筆者の経営する「本屋B&B」はこのたび、台湾の「有限責任台灣友善書業供給合作社」に加わった。非中国語圏の書店としては初となる。やけに長い名前だが、要は本の流通を共同で行う組合のようなもので、入会には出資金と、社員(会員)の推薦が必要だ。現在約150店の「独立書店」が参加しており、台湾で現在流通している本の多くを、各書店が定価の7掛で仕入れることができる。注目すべきは、その流通拠点から国内の各書店までの送料を国が補助していることだ。つまり台湾においては「独立書店」が全国に広がり、そこに本が行き渡り彼らが商いを続けることに対して、政府が税金を使うに値する意味を認めているということになる。

日本においても、書店の経営がビジネスとして厳しい状態であることは、おそらくご承知の通りだ。けれど本稿では、書店の方法の話からいったん離れて、おかれた現状を確認し、書店の意義や役割について考えたい。なお、本屋をはじめる方法、続ける方法については拙著『これからの本屋読本』に詳述したので、そちらを参照されたい 。全文をインターネットで無料公開したのでGoogleで検索すればどこからでも読める 。

本稿では少しの自己紹介をしたあと、まず「泡」と「水」という2つのキーワードを挙げる。次に、東アジア諸国の事情を参照したうえで、日本の現状を「大きな出版業界」と「小さな出版界隈」の二つの円のイメージで描く。最後に筆者らが台湾の流通組合への入会を決めた理由にも触れながら、現代における書店の意義や役割について私見を述べる。

「書店の未来」という特集の本書を手にするあなたが、もし「業界」に近いところにいるならば、頭の中に横たわっているのは未来への輝かしい希望ではなく、長年にわたる悲観だろうとは思う。どうせ繰り返し述べられてきた何かが語られているだけだろう、と想像しつつ手に取った方も多いかもしれない。拙稿がその想像を裏切ることができるかはわからないが、ともあれ、未来をどこかからやってくるものと考えること、誰かの影響によって左右されるものと考えることには、もう限界がきていると感じる。

筆者は研究や執筆を生業としている者ではなく、実務家である。自分で言うのもなんだが、「業界」と「界隈」を行き来して、比較的広くカバーして働く、珍しい類の実務家だ。それぞれの場所で事情も異なるので、方法については知見を交換しつつ、各々知恵を絞るとして。そもそもこんな便利な時代に、こんなに無理して不便な本屋をやるのって、いったい誰のどんな役に立つためなんだっけ? ということを、自分が立っている足元を念入りに観察しながら考えたい。​

(1)本屋としての筆者 へ続く

初出:『ユリイカ 2019年6月臨時増刊号 総特集 書店の未来

※上記は『ユリイカ』に寄稿した原稿「不便な本屋はあなたをハックしない」の一部です。2019年5月上旬に校了、5月下旬に出版されたものです。編集部の要望も踏まえ、しばらく間を空け順次の公開という形を取り、2019年8月にnoteでの全文公開が完了しました。
本稿以外にも多角的な視点で対談・インタビュー・論考などが多数掲載されておりますので、よろしければぜひ本誌をお手にとってご覧ください。

ユリイカ 2019年6月臨時増刊号 総特集 書店の未来
目次:【対談】田口久美子+宮台由美子/新井見枝香+花田菜々子【座談会 読書の学校】福嶋聡+百々典孝+中川和彦【未来の書店をつくる】坂上友紀/田尻久子/井上雅人/中川和彦/大井実/宇野爵/小林眞【わたしにとっての書店】高山宏/中原蒼二/新出/柴野京子/由井緑郎/佐藤健一【書店の過去・現在・未来】山﨑厚男/矢部潤子/清田善昭/小林浩【書店業界の未来】山下優/熊沢真/藤則幸男/富樫建/村井良二【海外から考える書店の未来】大原ケイ/内沼晋太郎
※2019年7月2日(月)夜に、下北沢・本屋B&Bにて、刊行記念のイベントが開催されます。よろしければぜひいらしてください。
有地和毅×林和泉×内沼晋太郎
「書店の現在」
『ユリイカ 総特集:書店の未来』(青土社)刊行記念

http://bookandbeer.com/event/20190702/


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