開けるために閉めている
経営者になるつもりじゃなかった
「将来はベンチャーを立ち上げたいけど、まだ何を事業にしていいかはわからない」。大学生のころ、友人のそういう告白を何度か聞いた。
ぼくはそれがどういう悩みなのか、心の底から、まったく意味がわからなかった。いま思えば、彼らは経営者になりたかったのだったし、ぼくも彼らと同じ商学部にいた。
ぼくが商学部に入ったのは、経営者ではなく、ミュージシャンになりたかったからだった。音楽で食べていきたいので、ビジネスの勉強をしたほうがよいと考えた。
結局、ミュージシャンにはなれなかったし、大学の授業もほとんど真面目に出ていなかった。
そのうちに、やりたいのは本のことだということがわかってきて、いまは本屋になった。
そういう過去から、いまの仕事に至るまでの話については、何度か話してきた。
何度話してもおこがましい限りだが、ぼくには「本の世界をどうにかする仕事がしたい」という気持ちがまず先にあった。
ぼくにとって「ビジネス」とは「儲からないといわれる本の世界でどうにか利益を上げながら本の魅力を伝えるための方法を考えること」で、「経営」とは「本屋を中心とした自分の会社をどうにかビジネスとして回していくためにバランスをとること」だった。
なので、ぼくは父になるつもりじゃなかったのと同じように、経営者になろうとしたのではなかった。
いまとなっては、誰かのビジネスや経営を手伝う立場にあることも多いが、ぼくにはあくまで本が先にあって、ビジネスや経営はあとからついてきたものだった。
開業と休業
2020年4月1日。この1~2年、その日をめがけて仕事をしてきた。
どちらも「BONUS TRACK」という場所にある。その場所全体をつくる仕事も、小野裕之くんと「散歩社」という会社を一緒につくってはじめた。
その日に向かうまでの間に、そして迎えた直後からはさらに、状況は次第にきびしくなっていった。
曖昧な要請に心が引き裂かれて苦しむ多くの事業者と、この状況下に相応しい節度ある行動をしている近隣に暮らす人たちの顔を思い浮かべながら、「散歩をしよう」というステートメントも書いた。
けれど、ぼくの経営する2つの店は4月4日(土)からいまも休んだままで、オンラインでの取り組みに集中している。
新刊書店ならば、あるいは飲食店ととらえれば、日中ならば、営業したいのならば、できないことはないのではないか、と思われている方もいるかもしれない。
この休業はどちらかといえば、経営者としての決断だ。
一冊ずつ選書された、ついあれもこれも欲しいと思ってしまうような本棚から、本を買いたい。そういう店を成り立たせるためにも、毎日トークイベントを開催しよう。チケットを売り、ビールも売ろう――「本屋B&B」はそういう店だ。
だから同じ規模のほかの本屋と比べると当然、スタッフもたくさん必要だ。開業当初こそ少ない人数でやっていたが、とくに人が集まるイベントの運営には、かなりの無理があった。安定してやっていくために、利益が見込めるようになるたびに、すこしずつ人を増やしていった。
しかしいま、その「イベントに人を集める」ということができなくなった。
そして、たぶん事態が回復を見せはじめても、その「イベントに人を集める」ができるようになるのには、だいぶ時間がかかるはずだ。一番最後まで回復しない分野だということは、容易に想像がつく。
すべての歯車が回ってこそ成り立つ店であることを、今回ほど痛感したことはない。いまの体制では、どれだけ考えても、ただ店を開けているだけでは成立しない。
経営者としてそういったリスクを想定しておくべきだと言われたら、ごもっともですとしか返せない。ともあれ、スタッフのほうを向いても客のほうを向いても、一度休業して、根本の根本から考え直す必要があるのは明らかだった。
もうひとつの「日記屋 月日」は小さい店なので、コーヒー&ビアスタンドとしてなら、開けておくという選択肢もないわけではなかった。けれど、新しくできたばかりでまだオペレーションも全然できていないし、ぼくがほとんど一人で立ち上げてしまった新規事業だったし、店長は電車で1時間かかるところに住んでいる。
経営者であるぼくのリソースはいま、会社を生き延びさせることに集中させなければならない。そう考えたら、どちらも休業するしかなかった。
いまは、ほとんどのスタッフが休んでいる。
誰一人としてぼくを責めないどころか、みながやさしいことばをかけてくれるのには、心から救われた。
4月の、最初の2週間
さて、どうすべきか。苦しいのはどこも同じだ。最初は、全体を救えないだろうかと考えた。どんな本屋にも生き延びてほしいと思った。
けれどどれだけ皮算用をしても、思いつく限りのアイデアでは、すべての本屋は救えなかった。
まずは、自分たちが沈むわけにはいかない。葛藤しながら、とにかく旗を立てることに決めた。
まずはこのように方針を掲げた。
移転前から、イベントはオンラインに切り替えつつあった。いまも苦戦しているが、少しずつ、形は見えてくるようになった。
とはいえぼくたちは本屋で、本を売りたい。できれば紙の本を売りたい気持ちも大きかったが、まずPDFデータをデジタルリトルプレスと呼ぶことに決め、「本屋B&B」のオンラインストアを立ち上げた。
その思いは、以下の記事に書いた。
リアルの本屋に行けないとして、なるべくそれに近い楽しみを提供することができないかと考えて、本棚を眺めて人と話し合う「わたしたちがブックストア」というコミュニティもつくった。
「日記屋 月日」では、本来もっと後からはじめるつもりだった「月日会」を急いで立ち上げた。
そのあと「本屋B&B」と同じく、こちらは日記に特化して、デジタルリトルプレスを売りはじめた。
そうした新しい取り組みの立ち上げと並行して、本格的に資金繰りの準備をはじめた。
そもそも、2つの店に、持てるすべての資金を投資したばかりだ。借り入れをしたのも初めてだった。オープンまでは正直、オープンするまでの資金のことしか考えていなくて、その後のランニングは最低限を確保していただけだった。
つまり最もキャッシュがない状況下で、過去最大の固定費を抱えているのだった。融資や助成金の情報を追って、税理士や社労士、知人友人の経営者、いろんな人に相談して、あらゆる可能性を考えた。いまも考えている。
この、最初の2週間でぼくがやっていたことは、飲食店で言うと以下の記事が提示しているようなことだ。
読んだのは考えつくし調べつくした後だったが、もしその前に読めていたら、丸2日くらいは時間の余裕ができていたかもしれない。このタイミングでこれを書いて投稿したこの人のことは、どなたかわからないがとてもリスペクトしている。
救うことと救われること
さらにそれと並行して、何度かB&Bのイベントにも出ていただいていて、お客様としてもよくいらしてくださっている、佐藤尚之(さとなお)さんからメッセージをいただいた。
通常、クラウドファンディングとは、お金を集める本人が立ち上げるものだが、いま、お店のファンが自発的にたちあげて、お店にお金が入る「#応援させて」というクラウドファンディングの仕組みをつくっているという。
さとなおさんには『ファンベース』という著書もある。ファンというものの力をよく知る人だ。
そんな「#応援させて」の一環として、さとなおさん自身がひとりの「本屋B&B」のファンとして、B&Bのためのクラウドファンディングをたちあげたいという。
こんなに、ありがたいことはない。よろこんで快諾した。
それと同時に、おこがましいけれど、やはり少しでも本屋全体に寄与したいという気持ちは消えなかった。
自分たちの店も、まったく先行きは見えない。けれど、ならばもちろん、自分たちと同じかそれ以上に苦しいところがたくさんあるはずで、どの店もなくなってほしくない。
BONUS TRACKでは「日記屋月日」のお向かいさんである「本の読める店 fuzkue」の阿久津さんが、「書店のための基金みたいなものをつくって、お金を集めて分配するみたいなこと、できないですかね」と言った。
ぼくはそのとき、正直、それはかなり難易度が高そうだと感じた。書店の数を考えると、どれだけのお金が集まれば実効性のある金額を分配できるだろう、と思うと気が遠くなった。阿久津さんにも、そのときはそう伝えた。
けれどそうした会話を交わした数日後、「ミニシアター・エイド基金」が立ち上がって、みるみる1億円を突破した。これはぼくにとって、想像をはるかに超える金額だった。このくらい集めることができるならば意味のある、少なくともやらないよりはずっとやったほうがよい活動になるのではないかと思った。
阿久津さんはすでに支援者になっていて、ぼくは「この前に言っていたのって、まさにこれですよね」と言って、発起人のひとりの大高さんが知人なので詳しく聞いてみる、と伝えた。そしてその夜、阿久津さんが、次のツイートをした。
たくさんの賛意が寄せられた。そうして翌日、大高さんと編集者の武田くんと4人でzoomで話して、急いで「Bookstore AID」を立ち上げることに決め、準備をはじめた。最初の募集告知をnoteで出して、公開してすぐに、花田さんが「手は空いているから手伝わせてほしい」と言ってくれて、5人になった。
正直、そこから立ち上げまでの1週間は、自分の会社のことはいったん脇に置いて、ほぼすべての時間をこれに費やした。ひたすらSlackとGoogle Docsを行き来し、毎晩20時からzoomでMTGをした。
そして4月30日17時、プロジェクトを公開した。すべての思いを、このプロジェクト本文に込めているので、ぜひ読んでほしい。
「Bookstore AID」には、「本屋B&B」は参加していない。
正直にいえば、ずっと悩んでいた。「本屋B&B」の状況を知っている他の事務局のメンバーが、入ることを望んでくれたりもした。
まだ「Bookstore AID」の構想をはじめた当初は、作家さんやその団体などに呼びかけの主体になってもらうことを考えていた。自分たちは、あくまで裏方。そのときは、参加書店として「本屋B&B」が名を連ねることにも、一定の意味があると感じていた。
けれど同時に、スピードが重要だった。あらゆることを並行して進めているうちに結局、呼びかけ主体探しに本腰を入れるよりも先に、プロジェクトへの取材依頼をいただくようになった。自分たちが前に出て呼びかけていくしかないのだと、覚悟を決めた。
そうなった以上、自分の店が支援を受ける側になることは、自分だけは、やはりできないと思った。
いくら同じ一書店の立場にあるといっても、表で運営メンバーの顔で取材を受けたり、参加書店・古書店のみなさんに声をかけたりしながら、実際は自分も「本屋B&B」と書店として支援を受ける、というあり方はやはり、いびつだと感じた。
ちょうど、さとなおさんが立ち上げてくださった「本屋B&B」のクラウドファンディングも、昨日スタートした。
こういう方がいてくださるのだ。ぼくは「Bookstore AID」のほうに集中してよい、きっとそのほうがよいはずだ、と思えた。
こうして現在、2つのクラウドファンディングが立ち上がっている。奇しくも、どちらも締切は5月29日。誰かがこちらを救いたいと言ってくれて、こちらは誰かを救いたいという恰好になった。
店を開けたい
オープン前日の3月31日、友人の写真家・高橋宗正くんが、写真を撮りに来てくれた。
上が「本屋B&B」で、下が「日記屋月日」だ。どちらもまだ3日だけ、時間も短縮でしか営業していない。
それから1か月しか経っていないなんて信じられない。
ぼくはできたばかりの店をなんとしても潰さずに残したいし、みんなと一緒にまたそこで働き、たのしみにしてくれている人たちを迎えたい。必ずそうする。
いまも気づけば、そのことばかり考えている。
経営者になるつもりじゃなかったけれど、いまはそのために経営をしている。正直、まだ目途は立っていないけれど、とはいえ、やるべきことがまったく見えていないわけじゃない。
また店を開けたい。
デジタルの、オンラインのことばかりやっているように見えるかもしれない。そちらに行くのか、うまくやってるね、というふうに見ている人も、いるかもしれない。
そうではない。いま閉めているのは、また開けるためだ。
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