不便な本屋はあなたをハックしない

不便な本屋はあなたをハックしない(3)独立書店と独立出版社――「課題先進国」としての台湾、韓国、日本

「不便な本屋はあなたをハックしない」目次
(序)
(1)本屋としての筆者
(2)「泡」と「水」――フィルターバブルを洗い流す場所としての書店
(3)独立書店と独立出版社――「課題先進国」としての台湾、韓国、日本
(4)日本における二つの円――「大きな出版業界」と「小さな出版界隈」
(5)「大きな出版業界」のテクノロジーに、良心の種を植え付ける
(6)全体の未来よりも、個人としての希望を
※「不便な本屋はあなたをハックしない(序)」からお読みください。

前述のように、筆者は2冊の共著を上梓していて、台湾・台北韓国・ソウル、それぞれの書店や出版社などを取材している。詳細はそれぞれ参照いただければと思うが、両国には共通点も感じた。特筆すべきは、先進国として高い識字率と一定の読書人口をもちながら、それぞれ繁体字とハングルというマイナー言語の中で出版活動を行っているがゆえに、欧米の出版業界よりも厳しい状況に置かれている点だ。この点においては日本語も同じ状況にあるが、彼らの市場のほうがより小さい。そしてそのような環境下で、高いクオリティや斬新なアイデアを携えた書店や出版社、その他の本にまつわる事業を手掛ける個人がいる。なお、その多くは1980年前後生まれの、筆者らと同世代か少し若いくらいの人物だ。

いわば台湾や韓国、それに続く日本は、インターネット以降の出版の世界における「課題先進国」なのではないか、というのが筆者らの仮説だ。欧米の出版業界はまだ、われわれ東アジアの出版業界が直面しているような状況には達していない。課題が先行している台湾や韓国、それに続く日本のプレイヤーのことばや実践を記録し発信することが、世界の同志たちの役に立つはずだと考えている。

2016年、共著者の綾女氏と韓国・ソウルの書店巡りをはじめた当初、たびたび発される「独立書店」「独立出版社」ということば(彼らの言語で発音されるが、日本語と同じ意味で、ほぼそのように聞こえる)が新鮮に聞こえたことを覚えている。少なくとも当時の日本では、それに類する小さな書店や出版社は「個人書店」や「ひとり出版社」と、あるいは「インディー」や「インディペンデント」という形容で表現されることが多かった。こちらでは「独立」と呼ぶのか、という印象が強く残った。そして取材を重ねるうちに、彼らにとって大手書店やネット書店と「独立書店」、大手出版社と「独立出版社」とは、はっきりと別のものと捉えられている印象を受けた。そしてその後に訪れた台湾においても、同じく「独立書店」「独立出版社」ということばが使われ、意志を持って発されていた。

なぜそのような分断を感じるのか。ヒントとなりそうな、台湾と韓国に共通していて、日本とは異なる特徴を3つ挙げてみたい。

1つ目は、Amazonがサービスを展開しておらず、国内企業が運営するインターネット書店が広く普及していることである。台湾では、ネット企業の「博客来」が大きなシェアを占め、ほか「誠品網路書店」「三民網路書店」などリアル書店のネット部門がある。韓国では、最大手の「YES24」や、チケット販売から伸びた「Interpark」、リアル書店「教保文庫」のネット部門、そしてネット企業の「aladin」の4社がシェア争いをしている。特に台湾では「博客来」が「okapi」というウェブメディアも運営し作家のインタビュー記事などのコンテンツを充実させていたり、韓国では「aladin」が高いクオリティのグッズや独自の出版物などを販促目的で作っていたりして、それぞれ独自の取り組みを通じて、本好きからも愛されている。

一方、日本ではAmazonを筆頭に、ネット書店といえばテクノロジーであり物流であり、システムであるというイメージが強い。韓国「aladin」には何人も有名なバイヤーがいて、それぞれ本の推薦コメントを書いていたりするが(筆者の『本の逆襲』の韓国語版にもコメントを寄せてくれた)、Amazonはそもそも中に働く人間などいないかのように錯覚させ(実際にAmazonの人と初めて名刺交換したときには不思議な感動があった)、いずれは本当にAIとロボットしかいなくなると思わせるほど、すべてを効率化し自動化することを目指しているように思える。

2つ目は、最大手のリアル書店が、ほぼ一強といえる状態であることだ。そして奇しくも各社がそれぞれ2018年に、日本との接点となる取り組みを発表していることも興味深い。台湾最大手は「誠品書店」で、このたび有隣堂がフランチャイジーとなる日本進出一号店が日本橋にオープンすることが発表された。韓国最大手は「教保文庫」で、日本では紀伊國屋書店と「両国の書店業界・出版業界における各種事業を強化するための業務提携」を締結し、新宿本店には教保文庫のプロデュースで韓国書籍のコーナーが設置された。両国それぞれ、他に大手チェーン書店と呼べる会社がないわけではないが、一社が圧倒的な存在感を持つ。

一方の日本において大手書店は、紀伊國屋書店や三省堂などのような老舗はもちろん、丸善ジュンク堂のようなブランド合併もあり、イオンには必ず未来屋書店が入っていて、神奈川の有隣堂や広島のフタバ図書のように東京以外を本拠地とするところもあれば、蔦屋書店やヴィレッジヴァンガードのように特徴ある業態を展開しているところもあり、まさに多種多様だ。沿線や地域ごとに展開する中規模のチェーン書店、フランチャイズの書店も多い。取次や印刷会社の傘下にグループ化されていく流れこそ進んでいるものの、棚づくりの特徴にはいまだブランドごとの差があったりする。さらにそれらの大手書店に勤めていながらメディアにたびたび登場する有名な書店員もいて、その話をすると台湾や韓国の出版業界人にはいつも驚かれる。

3つ目は、日本でいう日販やトーハンにあたるような、大きな取次が存在しないことである。台湾では、「聯合發行」「大河」「紅螞蟻」「知己中小」などの卸会社がたくさんあるが、それぞれ扱っている出版社は違い、規模もいずれも日本の取次と比べると小さい。「中盤商」と呼ばれる中取次も存在し、直取引も行われているほか、冒頭に紹介した書店の共同出資による組合も存在する。韓国では直取引が中心であり、卸会社を通すのは量がまとまらない場合や、地方書店に限られる。両国とも、大手書店は販売力を武器に好条件での直取引を進めやすく、一方の独立書店は、条件は悪くとも個別の小規模な仕入れがしやすい環境下にあるといえる。

一方、日本の取次は、大取次と呼ばれる文字通り大きな会社が、多くのネット書店や大手書店に大量の商品を卸す。中でも最大手の2社である日販とトーハンが物流を協業し、「物流の効率性を高め、出版取次会社としてサービスの維持向上を図り」、「マーケットイン型の出版流通ネットワークの実現を推進」するというニュースはまだ記憶に新しい。当然、大取次と大手書店との関係は深い。とはいえ、大手書店はたしかに条件面で優遇されてはいるが、掛け率でいえば数%の差であり、中小の書店でも口座さえ開ければ同じシステムを使用できる。大取次の口座が開けない書店が使う中小取次にも、取引のない出版社の商品は大取次を経由して入ってくる(仲間卸)。

また、そのような流通・販売環境のもとでは当然、出版社側の考え方も違っている。台湾や韓国の出版社は、大手書店や独立書店、ネット書店、大小さまざまな取次と直接の口座をもち、掛け率や返品の可否などの条件をそれぞれに交渉する。当然、出版社の側も大手でビッグタイトルがあるほど強気の交渉ができるし、逆に相手の書店が大手で販売力があるほど交渉力は相対的に弱くなる。大手出版社は大手書店と、独立出版社は独立書店と、自然とタッグを組みやすくなっていく。

こうした台湾と韓国に共通する特徴の背景には、日本よりも人口が少なく、小さな市場がさらに縮小しているという事実がある。小さな市場だからこそ、Amazonが上陸するより前に国内のネット書店が隆盛した。ネット書店の成熟とともに出版市場全体の売上が縮小すれば、外資が参入するメリットはさらに少なくなる。出版社が本をつくるときの初版部数も、日本よりさらに少ない。

これらを踏まえると、台湾や韓国において、大手書店と独立書店、大手出版社と独立出版社との間が、はっきりと分断して感じられるのも頷ける。この十年ほどの間で、衰退とともに寡占化が進み、もはやいわゆる「業界」と呼べるだけの、産業としての存在感は薄れた。そして同時に、大手に対するオルタナティブとして、独立書店、独立出版社の側に新たな勃興が起こっており、それが一種の活気を生んでいる。その活気こそが、筆者らが彼らを取材し、交流を続ける大きなモチベーションになっていることは言うまでもない。

(4)日本における二つの円――「大きな出版業界」と「小さな出版界隈」 へ続く

初出:『ユリイカ 2019年6月臨時増刊号 総特集 書店の未来

※上記は『ユリイカ』に寄稿した原稿「不便な本屋はあなたをハックしない」の一部です。2019年5月上旬に校了、5月下旬に出版されたものです。編集部の要望も踏まえ、しばらく間を空け順次の公開という形を取り、2019年8月にnoteでの全文公開が完了しました。
本稿以外にも多角的な視点で対談・インタビュー・論考などが多数掲載されておりますので、よろしければぜひ本誌をお手にとってご覧ください。

ユリイカ 2019年6月臨時増刊号 総特集 書店の未来
目次:【対談】田口久美子+宮台由美子/新井見枝香+花田菜々子【座談会 読書の学校】福嶋聡+百々典孝+中川和彦【未来の書店をつくる】坂上友紀/田尻久子/井上雅人/中川和彦/大井実/宇野爵/小林眞【わたしにとっての書店】高山宏/中原蒼二/新出/柴野京子/由井緑郎/佐藤健一【書店の過去・現在・未来】山﨑厚男/矢部潤子/清田善昭/小林浩【書店業界の未来】山下優/熊沢真/藤則幸男/富樫建/村井良二【海外から考える書店の未来】大原ケイ/内沼晋太郎


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