牛は行きたくない
小学校5,6年生の時だった。図工の時間で、ある一枚の絵を先生から生徒の私たちは見せられた。それは、男の子が牛に繋がれた綱を持って歩いている絵。題名は「牛は行きたくない」。何故行きたくないのか?というのが、授業で出された質問だった。
内容は覚えていないが様々な意見が出された。私も発言したが、先生は首を振る。実はこの牛の行先が問題だった。大人の方は薄々気づいているだろうが、牛の行先は「屠殺場」だったのである。それが分かった牛は、当然ながらそこに行きたくない、と抵抗している。そんな絵だったのだ。
私の姉は菜食主義者である。正しくは、「肉や魚などの動物が食べられない」人である。一応ベジタリアンやヴィーガンで通しているが、そこに思想があるわけではない。姉は小さい頃は肉が食べられた。だが、これがかつて生きていた動物の肉だったと幼い頃に知った際、あまりの衝撃を受け、それ以来30年以上肉や魚、はたまた卵までをも体が受け付けないようになったのである。
姉は度々、その時のショックを語る。この経験がきっかけなのかはわからないが、姉は吃音も発症している。ちなみに私も吃音がある。
私の家を少し車で走ると、豚の屠殺場があり、たまに豚が詰め込まれたトラックが、そこに入っていくのを見かけることがある。噂によると、豚の悲鳴までも聞こえる時があるという。だが私は姉と違って大の肉好きで、肉の柄の布を「可愛い!」と持っていたり、様々な肉に関するゲテモノの旅行記を読んだり、魚も卵料理も大好きだ。だが、姉の気持ちは心から理解できる。
「牛は行きたくない」の絵の牛は、それから屠殺場に連れていかれたのだろうか。業者に解体され、肉片となり、肉屋に売りさばかれ、調理され、食卓に並び、胃の中に入り、排出されたのだろうか。
肉は美味しい。だが、そこには確かに私たちと同じ命があったということ、育てる側の苦労があるということ、それを殺して解体する業者の立派な仕事ぶりがあるということ、肉を売るスーパーの努力があるということ、調理してくれる人の手があるということなど(それ以上の人の関わりもあるはずだが今は省く)を忘れないでいたい。
姉が将来、肉を食べられる日は来るのだろうか。それは、姉にとってどんな意味を持つのだろうか。人間のために殺されている生命体があるという、残酷だが多くの人間が平然と受け入れている現実が、今も世界中で当たり前に営まれている。生命維持として。食べる喜びとして。