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ブルースのある英語、ニューオリンズ・ラスカルズ のバンジョー 、ボーカル担当 川合純一氏(その3)


はじめに

ニューオリンズ・ラスカルズのバンジョー、ボーカ ル担当川合純一氏インタビュー(その1)と(その2)に続き(その3)です。聞き手は筆者、O.D. C.J. (オリジナル デキシーランド ジャズクラブ)、神戸ジュアズストリート常任委員の口羽巌氏も話に加わりました。以下2009年当時のままお届けします。



音楽も英語も耳から


川合:
もう僕たちの音楽は聞いてくださったということだけど、僕、英語なんか メチャクチャですよ。

鈴木: あれがいいんですよ!

川合: いや、ジャズ・ミュージシャンいうのはいわゆる感情でしゃべってますか ら、失敗もあるんですよ。ボキャブラリーはないし、もう単語はめちゃく ちゃ。だから僕はたぶん中学一年生程度の英語レベルしかないですよ。

鈴木: その英語で充分。それでいろんな表現ができますよね。

川合: ジャズというテーマだけの話ですよ。向こうのミュージシャンの話も、聞 くのはよくわかるんですよ。ヒアリングはよくて、簡単な英語でこれなら 自分もってね。ただ、早口で言いますから、もう少しゆっくり言うてくれ たら、ものすごく鮮明にわかります。ジャズの話だったら一応知っている 名前が出てきますから。だから僕のやり方は、まず自分の知っていること ばっかり、わあっと言ってまうんです。そうしたら会話のテーマが自分の 得意なものになるじゃないですか。ほんなら自分もそん中にいれる。ずっ と黙っていたら知らないテーマが出てきて、自分がどんどん入れなくなる から、とにかく自分の得意なテーマを先にどんどん入れちゃうんですよ。 そういったたぐいが僕のしゃべり方。もう勝手なしゃべり方や。ただね、 ニューオリンズの黑人の英語はクセがあってわからないから雰囲気で話し てます。そんなんだから、私のしゃべり方なんていうのは、その辺から生 えてきたんかなって思うんです よ。

鈴木: 音楽をされているので、おそらく耳が普通の人以上に良いからでしょう か。

川合: そうそう、多分そうだと思うんですよね。やっぱりヒアリングから入って いったんですね。

鈴木: 音楽も英語もヒアリングからですね。

川合: やっぱり言葉が黑人独特で、ルイス・ネルソンとかトランペット、ドラム の人なんかもカチカチですからね、全然わかりません。でもわからないけ れども、言う事を毎日聞いてたらね、やっぱりわかるようになるんです よ。ベイビーでもそうでしょう。聞いていたら言葉がわかる。この感覚で すよ、気さくにしゃべれるようになったのは。

ブルースのある英語

鈴木: ジョージ・ルイスが来日した1963年の話に戻りますと、大阪では毎日演奏 を聴きに行ったり、話しをしに行ったりしたんですよね。

川合: そう、でもその時は片言の英語しかしゃべれませんでした。字引きは持っ ていましたけれど、字引きを引くひまはないんですよ。

鈴木: 日本で勉強している英語では、そういうところではほとんど通用しませんよね。

川合: テンポ良くしゃべっているのに、主語からちゃんとしっかりしゃべろうと か考えてたら、時間かかって会話の中に入っていけないじゃないですか。 だから“I am〜”なんてちゃんと主語はなくても、もうどんどん入ってい きます。

鈴木: そうして意思疎通をはかりながら、加えて、音楽でも通じ合うというわけ ですね。

川合: だから僕の英語は感情的な英語ですね。省略して省略して目的語だけポー ンと出して、その後は“You know”とか“I mean”とか“I know”とかでつ いていく。そういう言葉はよう使いますね。それとこんなこと言ったら申 し訳ないけど、ニューオリンズ・ミュージシャンは教育を受けていない人 ばっかりなんですよ。たまに字をよく書けない人もいますし、当然英語は わりとめちゃくちゃで、よくしゃべるのは生活に関することです。その中 に僕たちは入りまして、ずっとそんな感じで今まで来てるから、ホンマに ブロークンなんですよ。それでも木村さんはアメリカに2年留学していま すから、彼が基本的には一番しゃべるのはできるんですけれども、彼曰 く、僕の英語には勝てんと。いや、僕には理由は良くわからないんですけ れども、感受性だけのもので考え込んでしゃべってないから、それがかえ っていいのかな。もちろん木村さんの方がぜんぜん上ですから、電話なん かだと僕らはしゃべれないですよ。でも僕の場合は目の前に人がいて、そ の人に伝えるための話は出来る。だから僕はこれで充分満足しています し、それで楽しいですしね。やっぱりそういう絶妙なジャズ・ミュージシ ャンの英語、会話っていうのが僕は素晴らしいと思っているんですよ。

鈴木: なるほど。恐らくそういった会話を通じて、ニューオリンズのスピリット やブルースが、大阪に根付いたんですね。どこかぴったり合ったんでしょ うか。

川合: いわゆる生活に密着したものとしてね。

鈴木: ニューオリンズのミュージシャンたちもずっと虐げられたところにいて、 日本も戦争に負けて貧しい生活をしました。それを感じながらもはねのけ ようとする川合さんをはじめとする当時の若者たちの気合と言いましょう か気迫といいましょうか、どこか共通するブルースのようなものがあった んでしょうか。私もそんな若者の一人であったわけですが。川合さんたち が彼らの音楽にすごく共感したのと同様に、多分、川合さんの英語の話に 彼らが共感するブルースがあったのではないでしょうか。

川合: そんな英語じゃありませんって(笑)。


(英語について楽しそうに話す河合純一氏)

口羽: いや、僕は英語のことはわからないけれども、今おっしゃっていることを 聞くとね、彼のバンジョーも一緒なんです。川合さんのバンジョーを僕は いつも聞いているから、彼のバンジョーが当たり前と思っていて、他の人 のバンジョーを聞くとブルースがない。彼は結構演奏ミスもあるんですけ ど、それがブルースになる。間違うことがまたいいんですね。それはやっ ぱりニューオリンズ・ジャズのミュージシャンやなって思います。

川合: 正確さっていうのは、そらもちろん大切なんですよ。でもね、その時の状 況に合わせていくということも、大切なんです。まずは相手を見て、その 立場をちゃんと尊敬して、それでいかに楽しもう、会話をちょっとでも楽 しもうとする。そうなると、あんまり難しいことは言えませんわね。今こ こに来るまでにこんなことがあったとか、その場のことですよね。今日も そうやったんですけど、タクシーに乗ったら間違った方に行っちゃったん ですよね。もちろん僕の言い方も悪かったんですけど、そういう時言った 言わんという話になるけれども、でもその間にタクシーの運ちゃんといろ いろ会話できて、やっぱりね、楽しかったんですよ。こんな風にミュージ シャンっていうのは楽しむことから入っていくんですね。特に外国の人っ ていうのはホンマに⻑いこと、とにかくしゃべりますよね。それも聞いて て面白い、これはすごいなと思う。昔の人、例えばルイ・アームストロン グにしても、ワーワーワーって勢いでしゃべるんですよ。それはなんでや ろって僕は不思議やなぁって思って。

鈴木: 彼らにとってはおそらく音楽も会話だったと思うんです。ミュージシャン というのは音楽でも話しちゃう。例えば1800年代は、黑人がちょっとで も何か言うと制裁を受けた時代です。それを避けるためになるべく白人に 分らないように話したり、音楽を通して話す術を見つけたのではないでし ょうか。今、川合さんが言われたように、その日、その時、その場の気 分、悲しいことや楽しいことをそのまま音にぶつけて表した。「まずは俺 の気持ちをこの演奏でくんでくれ」という思いがあり、それに言葉をかぶ せたのだと思います。ミュージシャンの気持ちをくめるのは、やっぱりミ ュージシャンでしかないんじゃないかなと。BBCが制作したブルースの発 祥についての番組で、B.B.キングは、「ブルースというのは会話なんだ」 と繰り返し言っていました。

川合: そうですよ。そうです。

鈴木: 「誰だってブルースを持っているんだ、フィーリングを表現するんだ、そ れをそのまま表すのがブルースだ」とB.B.キングは言っています。たぶん 川合さんもそうですよね。

口羽: そうですよ。彼は大阪で一番ブルースを表現できるミュージシャンの一人 ですから。

川合: いやぁ(笑)。言おうとしたのは外国の人はいかに会話を楽しむかという ことなんだけど。オバマ大統領もそうでしょう、うまいじゃないですか。冗談を言うからね。そういうことはホントはしょうもない話なんです。で もホンマに話って自然に楽しくなるもんやと思うんです。日本はやっぱり ね、家に客を入れないでしょう。絶対に外でご飯を食べるでしょう。部屋 が狭いとかそれは関係ないですよ。要は嫌なところを見られたくない、と かそういうこと。ホンマの付き合いじゃない。一番最高の接待は、家でご 馳走なんですよ。会話でも絶対同じ事と思いますよ。なんかきれいごと言 わなあかん、正確に言わなあかんって思うんですかね。英語の場合はね、 少々文法が間違ってても、正確にならんでも、細かいことはわからんけど 向こうの人は何言うてるかわかるんです。そら、正確に言うのは100%に こしたことはないですよ。でも時間たったら話も変わってくるから。

鈴木: 川合さんは大阪生まれの大阪育ちですよね。

川合: こてこて(笑)

鈴木: そうですよね。僕はアメリカに10年いましたけどね、その間、大阪の人 にも会いました。彼らはそのままアメリカ社会に入っていきましたね。東 京の人は構えてしまうから、なかなか入れずにはじかれてしまうことがよ くあります。特にニューオリンズとかメンフィスとか南部の情の深い場所 に行くには、大阪のこてこてのおばちゃんみたいな人が向いてますね、そ のまま入っていけるから。土壌がそっくりなんじゃないかな。ニューオリ ンズ・ジャズが大阪に根付いたって言うのはそういう背景もあるんでしょ うかね。ナッシュビルやメンフィスにも大阪出身のカントリー・ミュージ シャンが活躍していたのを覚えています。フィドル奏者の方だったような 気がします。


英語学習の本質は「楽しい」こと

川合: 僕は中学の英語の先生が日本人っていうのがそもそも間違ってるんじゃな いかと思って。会話の場合はやっぱりちゃんと外国人じゃないと。外国人 の先生が冗談ばっかりで面白かったら、生徒は興味を示すじゃないです か。授業を楽しくすること、それがやっぱりポイントですよね。ですから 本を読むのは基礎なんやけれども、その前に、これは向こうの子供の本や ねんとか、そうやって興味を持たせたらわかるやないですか。

鈴木: 私も思うに、やっぱり言葉っていうのは音楽やスポーツと同じで、楽しく なくちゃ。

川合: 体で覚えないとね。

鈴木: 音楽や言葉、スポーツは楽しくなきゃダメですよね。楽しいからやりたく なる、しゃべりたくなるっていう風にしないと。楽しくてやるから友達が 出来て、英語を話す機会も増える。増えれば話すからさらに英語も上達す る。そういうのが日本の英語教育に欠けているような気がするんです。

川合: 僕は言葉のことはよくわからないんですけれども、楽しい授業をやったら それでいいと思うんですよね。子どもは外人さん来たら楽しみますよね。 外人さんは子どもに対してなんか独特のノウハウを持ってるから。この前 ドイツのクラリネット奏者のトーマスが2、3日こちらにおったんです が、昼間に大阪城を廻ったらしいんですよ。そんならちょうど小学校の記 念撮影をやってたんですね。あんなん外国にないから、トーマスも写真を 撮らせてもらったらしいんですよ。トーマスがどう言うたか知りません よ、でも子どもたちが笑ってる写真を持ってるんですよね。ちょっとひと こと子どもたちに言うたら、みんなハローハロー言うねんて。ハローって 言葉だけでいいんですよね。

鈴木: 私は言語学を研究してきましたが、川合さんのお話から言葉の本質とは何 かを改めて実感しました。今の英語教育において欠けているものを、川合 さんが言ってくれました。大切なことは「楽しい」という感覚ですね。自 分の好きなこと、楽しいと思うことをしながら言葉を使い身につけていく のが一番です。英語でも何語でもよい、勉強ではなく友達を作りさえすれば、その言葉を使っておのずと話すようになる。また、言葉だけじゃない ということですね、言葉だけでは全てのことを表現できませんから。だか らラスカルズのみなさんは言葉を超えた思いを音楽で表現し、その上で言 葉でも交流しているわけですよね。そのようにして、世界中のミュージシ ャンとお付き合いが⻑く続くのでしょう。その人その人の人格がにじみ出 てこなければ、どんなに立派な英語を話しても友達はできません。その場 その場に合う言葉や話し方でなければ疲れますし、⻑続きはしません。 今、私は立命館大学で、その前には慶應義塾大学で教えていましたが、そ こで感じたことを言いますと、英語が出来ない人は英語ができないからで はなく、それを使って表現するものがないということです。表現するもの があれば、中学校で習った英語で十分表現できます。音楽が好きな人は、 好きな音楽について調べたことを英語で発表してもらう。野球部の学生に は、野球活動を英語で発表させる。こういう学生が、アメリカ遠征に行く と向こうの野球チームのメンバーとすぐ友達になるんですよね。それに伴 い野球もうまくなり、卒業後はプロになり活躍した学生もいます。怪我し て引退しましたけど、広報部に入り文化としての野球を伝えたりしてい る。やはり楽しくないと何事も⻑続きしません。私がOJDCに入会したの は、ジャズを聞くのが好きなだけなのですが、川合さんたちはジャズに生 きている、だから⻑続きする交流の輪が世界に広がっているのでしょうね。


「音楽に国境なし」 【1985年 神戶ジャズストリート出演のミュージシャンたちとニューサントリ ー5にて】

川合: 僕たちが幸せっていうのはほんまにこの音楽に出会ったから。全世界の仲 間を僕はジャズ・ファミリーと呼んでますけれども、今はもうメールでポ ーンとやりとりしますけれど、昔は手紙を書いて、それが返ってきて、そ のうち日にちも変わってなんてやってました。でも、みんなファミリーや 恋人に手紙を書くじゃないですか。そういう気持ちは今でも同じなんです よね。それと同時にね、この音楽は生活のためにやっているのではなく て、なんていうかな、生活から出ている、生活の中でジャズが歌われてい るんです。ポイントはリラックス。自然のままでいれるという。だから賛 美歌と同じなんですよ。メロディをいかにキレイにじゃなくて、いかに伝 えるかなんですよ。そういう意味でニューオリンズ・ジャズ演奏の仕方 は、自然だから人の心をつかむんですね。だから僕たちがこの音楽を続け ているのは、最高に自然だから。ホンマの話、音を続けていってもね、何 も無理せんといられて、それでいて友達が出来て、いろんなことが楽しめ て、すごく幸せで。だから余計に大事にして、大事にするからいろんなと ころに広がる。ま、そういうわけですごく楽しいんですね。

鈴木: 生きている限り、生涯現役ミュージシャン!

川合: そう!それとやっぱり、相手を尊敬しないとダメですね。まずは相手があ ってですから。相手の立場、それは音もそうですよ。彼がどんな音を出していて、自分はどのポジションか。最適な場所を見つけて、いいものを作 っていくと。

鈴木: 音楽もコミュニケーションも一緒ですね。


鈴木の感想

一度きりの人生ですから、良いことであれば好きなことを一生し続けら れたらなんと幸せなことでしょうか。川合さんはそういう恵まれたお一 人でしょう。ニューオリンズ・ジャズを極められ、そのことにより人の 輪が生まれ、コミュニケーションのネットワークが生まれていく様子を 伺いました。皆さんも、その原動力というかダイナモとなった、ニュー オリンズ・ジャズを一度聴いてみるとよいでしょう。大阪でいう、「ホ ンマ・モン」ですよ。

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