アメリカ留学を振り返って-Memorable Teachers (その3の2):California State University at Hayward (現 East Bay) 分割バージョン
表紙写真Cal State Hayward 、1970年代初頭の春学期, 昼過ぎ青々とした西洋芝の上でくつろぐ学生たち。燦燦と照る太陽、海からの涼しいそよ風。時にはここで授業が。
「アメリカ留学を振り返って-Memorable Teachers (3-1):California State University at Hayward」の続き(3-2)です。
Shakespeare専門家Staniforth先生
Cal State Haywardで最初に取った授業の一つが、Staniforth先生が担当するBibliographyという授業でした。English master’s programでは最初に取らなければならない必修授業です。これは後々非常に役に立った授業で拙稿「Writing Style Guides-アメリカの大学・大学院におけるEssays, Papers, Theses, DissertationsなどのWritingに必須!」で取り上げたwriting styles、及び、研究に要するbasicsを教えてくれました。
Staniforth先生は、40代の女性で、声をやや震わせながらゆっくりと噛みしめるように話しました。履修者は約10名、筆者以外は全員アメリカ人で、高等学校で日本の国語に当たるEnglishの教職を探している人、あるいは、既に教職に就き、教えながらM.A.を取ってステップ・アップを目論む人のどちらかでした。今でも憶えている課題の一つに、指定された10個の項目に関する文献を特定し、内容の要約(abstract)をつけて報告せよというのがありました。
聞いたことがないかなり専門的で絞られた項目ばかりで、Cal State Haywardの図書館では間に合わずに全米1位の蔵書数を誇っていたUCBの図書館に何度も通いました。(*13)現在ならインターネットで検索できることが、当時は手間暇費用を掛けなければなりませんでした。授業ではそれぞれが書いた要約(abstract)をもとにdiscussionします。留学1年経ただけの筆者の英語力ではついていくのが精一杯、それでも、それなりの情報を提出できました。
この授業の目標の一つは、各自が修士論文に考えているテーマに関する文献リスト(bibliography)を作る事でした。筆者はピューリタン文学の傑作John BunyanのThe Pilgrim’s Progressを研究していたので、それに関する詳細なbibliographyを仕上げたと記憶しています。授業では、アメリカの英米文学でアメリカModern Language Association(MLA)が使用するwriting manualを基に、(*14)引用の仕方、bibliography、referencesの書き方、abstractの書き方などを細部に至るまで厳しくコメントをしてくれました。この授業を受け、日本で執筆した学部卒業論文と修士論文に付した参考文献など、全く自己流で体をなしていなかったことがよく分かりました。で、筆者が提出したアメリカの大学院の志望書(statement)と推薦状が真っ赤に直されていたと述べましたが、こうしたbasicsに関する直しもありました。(*15)
Staniforth(*16)先生は、この授業以外にShakespeare関係の授業を担当していました。日本の大学でShakespeareの授業を取り、原書で何冊か読んでいたこともあり、履修することにしました。ただ、日本の大学での通年授業では、1年掛けて、The Merchant of Venice , King LearとTwelfth Nightの3冊を部分訳しただけで、それに対し、この授業では1 quarterで、Shakespeare The Complete Works(1948, Harcourt, Brace, & World, Inc.)に収められている悲劇、喜劇、歴史劇の主要作品からソネットまで読まなければなりません。月・水・金の授業ごとに1作品を読んでdiscussionし、学期中2つのpapersと2つのessayテストが課せられました。目から火が出る思いで、やっとついて行きました。
そんなある日、この授業で最初のpaperが返却された際にアポイントメントを取って先生のコメントを聞きに行きました。確か、B+と評価され、各所に直しがありました。先生は、コメントし終えると、書棚から日本のある大学から送られてきた紀要集を取り出し、英語で書かれたアメリア文学に関する論文を開けてこう言いました。
English-wise and even content-wise, your paper is much better than this gentleman’s. (英語も内容も、この人のより君の書いたpaperの方が数段上よ。)
LSUでのMr. Millerのwriting の授業、UCSBでの2つの授業の効果が現れたのでしょう。筆者がこれまでの経緯と今後の抱負を話すと、先生はさらに懇切丁寧に英語を見てくれるようになりました。
古代神話学専門家Rumburg (後Krafchik)先生
Rumburg先生は、小柄で明るい感じの40代半ばの女性で、心地良いジョークを挟みながら、澄んだ声でやや早口で軽快に話す姿が印象的でした。先生は古代エジプト、メソポタミア、ギリシャ地域の神話に関する授業を担当していました。旧約聖書の創世記(Genesis)にあるノアの箱舟の話は、メソポタミア地方の神話に大いに関わり、ヘブライ人の祖先アブラハムもメソポタミア南東部のウルの出身です。筆者はプロテスタントの信者でもあり、欧米文化を知り、かつ、英米文学を理解するには、聖書やギリシャやローマの神話をしっかり勉強したいと考え、先生の全授業を履修しました。正確な名称を忘れましたが、古代エジプトとメソポタミアの神話の授業とギリシャ神話の授業と聖書(特に旧約聖書)を扱うBiblical Literature(聖書文学)と称する授業の3つでした。どれも古代作品を扱いながらもとても新鮮でした。
エジプトとメソポタミアの神話に関する授業では、The Epic of Gilgamesh(1960, N. K. Sandars, Penguin Classics)やBefore Philosophy(H. Frankfort, et al. Penguin)など複数の本を読みました。ギリシャ神話に関する授業では、ホメロス(Homer)の、The Odyssey(Penguin Classics)、The Iliad(Bantam Books, Inc)などを読みました。”Biblical Literature”ではThe Oxford Annotated Bible: Revised Standard Version (1962, Oxford University Press)の中からGenesis(創世記)やJob(ヨブ記)など、特に文学としての定評が高く、メソポタミア地方の神話的要素が濃い箇所を拾い読みしたと覚えています。
非常に人気がある授業で、大学院生と学部高学年が入り混じり、小教室には30名の履修者が立錐の余地もないほど詰め掛けていました。筆者は高校生の時に洗礼を受け、慶應義塾大学では1、2年次に聖書研究会のクラブに所属し、聖書についてかなり勉強しました。クラブのリーダーは倫理哲学学科の博士課程の先輩で、ヘブライ語と古代ギリシャ語に長け、旧約聖書をヘブライ語で新約聖書をギリシャ語で読みこなし、キリスト教神学についてはかなり博識な人でした。その先輩が聖書について解説してくれたことが、Biblical Literatureの授業で役立ちました。平均的なアメリカ人はそれほど聖書を知っているわけではなく、日本人の筆者が何故そこまで知っているのかと驚かれたことがありました。
Rumburg先生は小柄で若々しくいつもニコニコしているので、さぞかし授業は易しいのではと思うと大間違い、Staniforth先生の授業に劣らずとても厳しい授業でした。(*17)神話の解釈をめぐり活発なdiscussionが止まることなく展開されます。Myth(神話)とreality(現実)という現実社会にも当てはまるテーマで、いかようにも解釈でき、正解はありません。どのように解釈し、どのようにそれをサポートするかが求められました。これら3つの授業を通して筆者のdiscussion能力はかなり成長しました。
先生は学生が提出したpapersを細部に亘りコメントして返してくれました。筆者が返されたpapersを持って先生のオフィスに行くと、更に細かくコメントをしてくれました。筆者の手元には、”Honor;the focus in Homer’s description of Achilles, Agamemnon and Amphimedon in the Odyssey”と題するpaperが一点だけ残っています。”Some good thinking! Try to economize your writing, which sometimes overlaps quite a bit.”(オーバーラップする部分あり要簡素化。)とのコメント付きで A-と評価されています。1971年3月と日付がありますから、渡米して3年目に書いたpaperです。クラスで1位か2位のpaperでしたが、今見るとタイトルを含めて全面的に直したくなり、AではなくA-と評価されたのも納得です。
「アメリカ留学を振り返って-Memorable Teachers (3-3):California State University at Hayward」に続く
(*13)映画”The Graduate”で出てくる図書館のシーンはUCBの図書館です。
(*14)”Formatting a Research Paper“The MLA Style Centerを参照してください。また、上述の本コラム第125回も参照してください。
(*15)帰国し赴任した慶應義塾大学経済学部で英作文の授業を担当し、writing stylesのbasicsを教えられていないことが学生にとってブレーキになっていることに気づきました。その後の慶應義塾大学SFCおよび立命館大学生命科学・薬学部ではしっかり教えました。
(*16)Staniforth先生は、Shakespeareの専門家で、Shakespeare劇をよく見に行かれていました。当時の先生の関心テーマはShakespeare作品に必ず登場するfoolsでした。
(*17)California State University, HaywardのEnglish Departmentの成績評価は非常に厳しかったです。当時のアメリカ人はオープンで”What did you get for English 701?” “Oh, I’ve got a C. How about you?” “I had a B.”などといった会話があちこちで交わされるのをよく聞きました。ですから、クラス・メートの成績が分かりました。大学院生は平均B以上を要求されていたので、留学して一年足らずの筆者は大変苦労しました。
For Lifelong English 生涯英語活動のススメ (鈴木佑治Website)