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Halloweenで賑わうニューイングランドSalemで17世紀末に起きた魔女裁判(5-2)...巨星ホーソーンの代表作『緋文字』とのつながり


表紙写真は現在のSalemです。

Halloweenで賑わうニューイングランドSalemで17世紀末に起きた魔女裁判(5-1)...巨星ホーソーンの代表作『緋文字』とのつながり」の続き(5-2)です。


あとがきEndicott and the Red Crossストーリーを裏付ける史実

本作品のまえがき"The Custom House"では、ストーリーが史実に基づくことを示す為に、ナレーターすなわち自身がSalem Custom Houseで見つけたThe Scarlet Letterと関連書類などの確たる証拠に基づいた史実であることを訴えます。作品のあとがき”Endicott and the Red Cross”では、当時the Salem trainband(セイラム民兵隊)を率いた歴史的人物John Endicott (John Endecott後のMassachusetts Bay植民地知事)の人物像、考え方、非道な行状を細々と描写し、このストーリーがアメリカ史の一コマであることを訴えます。以下、簡単に要約します。

The Scarlet LetterあとがきEdicot and the Red Cross (The Scarlet Letter, P.247 )

イギリス本国の迫害を逃れニューイングランドにピューリタンの理想郷を実現しようと移住したSeparatist Puritan (排他的ピューリタン)で組織された民兵隊トップであるEndicottは、本国がPlymouthとMassachusettsのPuritan植民地を潰そうと軍を派兵したという一報を耳にします。即座に植民地に掲げられているthe Red Cross(イギリス十字軍に由来するイギリス国旗)を下げ反旗を翻し戦闘準備にかかります。

民兵と民衆The Massachusetts Puritans: What You Need to Know! - The History of the ...

植民地民衆に対しては厳しい監視の目を光らせます。ピューリタンの戒律を守らせ、それを守らずイギリス国教会(Epispocalian)やカソリックに柔軟な姿勢をとる穏健派を、カソリック教徒、国教会教徒とみなしさらし台(Scaffol Pilory)に頭部を固定し見せしめにします。聖書を勝手に解釈するとさらし刑に処し「インチキ福音者」という文言を胸元に掲げさせ、姦淫を犯すとアルファベットのAを終生胸元につけて暮らさなければなりません。住民同士が監視して隠れて犯した罪を探し出して通報し、その当事者を昼日中有無を言わせず公けに晒すという慣習が、Endicottをはじめこの地の先祖の間で横行していたことを克明に描写しています。写実主義の影響でしょう。

さらし台刑(Posterazzi: Puritans Pillory 17Th Cent Nthe Use Of The Pillory To ...

Endicottが活躍した場所はSalem(Salem Village)であること、また、Salem 魔女裁判の背景に酷似していることから、このストーリーの舞台はSalemではないかと想像します。そして、この地で起きた魔女裁判が史実であり、このストーリも史実に基づいていることから、Hesterは魔女裁判の被害者と同じく実在した人物でありその体験は本当に起きた悲劇であったことをほのめかしています。


作品のテーマ姦淫罪(adultry)について一言

本作品タイトルThe Scarlet Letter『緋文字』ですが、正確にはThe Scarlet Letter A『緋文字A』で、Aはadultry(姦淫)の頭文字のAであることが分かります。旧約聖書出エジプト記20章14節に記録されているモーセの十戒の一つが"You shall not commit adultry."(汝、姦淫を犯すなかれ)です。旧約聖書レビ記20:10には姦淫の当事者(男女とも)は民衆の前で石打の刑に処せられたという記録があります。聖書を一字一句厳格に守る急進派ピューリタンにとって、本来なら石打の刑に処するところ、公衆の面前で罪を告白させ緋文字Aを生涯胸元に付けさせ、社会から隔離し差別化するスティグマ(stigma)としての効果が大きかったのでしょう。

Hesterの夫Chillingworthの過去については学者であるこ以外につまびらかではありませんが、おそらく、彼も排他的ピューリタン急進派の一人で、このマサチューセッツ植民地への移住を計画したことにも納得です。ピューリタンの理想郷を夢見ての移住であるとしたらEndicotのように聖書の戒律厳守を日ごろから標榜していたことでしょう。レビ記20:10に盲従しHesterの姦淫の相手を探し出し、石打の刑とは言わぬまでもHesterと同じ刑に服させようと執念を燃やしたのでしょう。

少々それますが、なんであれ原理主義が陥いる宿命でしょうか全体が見れず一部を切り取り自らの主張に都合よく解釈します。これに関連し新約聖書の福音書にこんなエピソードがあります。

ある時キリストの前に偽善者パリサイ人が姦淫の現場を押さえられた女を引き出します。そしてレビ記20:10には石打の刑に処せとあるがあなたはこの女をどう処分するかとキリストに詰め寄ります。なにやら地面に書きながら、キリストはあなた方の内心に罪を犯したことが無い者が打つが良いと答えます。すると一人去り二人去り誰もいなくなります。それを見てキリストは彼女に言います。私もあなたを罰しない、さあ行って悔い改めなさいと一言ささやきます。旧約から新約までの一貫したコンテクストでみると、キリストは情欲をもって見る者は姦淫の罪を犯しているのだと説いています。ChllingworthもHesterを裁いた者達も新約聖書の世界では姦淫を犯したことになり、一人去り二人去ったパリサイ人と同じなのです。

マグダラのマリアは元は娼婦でした。彼女はその後改心し最後までキリストに仕え、おじけづいて雲隠れしてしまった男の弟子たちと違い、母マリアとともに堂々と磔になったキリストの死体を引き取とり墓に安置した女性です。パリサイ派、そして、ここでは急進的ピューリタンと大きく違うところは、キリストは「許し」をセットにしていることです。Hesterは筆者にはマグダラのマリアを連想させます。彼女はその後人目を恐れずつつましくも慈善に励み娘を育てながら堂々と暮らします。やがて人々の目にはThe Scarlet Letter Aが女性の威厳の象徴までに変化していきます。

Hesterは異邦人?

2章The Market Placeのオープニング・シーンに戻ります。上述したような厳格なPuritan植民地で、うら若き女性、ヘスター・プリン(Hester Prynne)が産まれたばかりのパール(Pearl)を両腕に抱いて町の牢獄から群衆の前に引き出されてきます。彼女の着物の胸には緋文字Aが縫い付けられています。黒色でくすんだような服で身を固めた人々、特に、女性たちの目には、金糸で見事に仕上げた緋色のA、彼女の美貌そして幼児を抱く姿は幼児を抱えたマリアのように映ったかもしれません。聴衆の中に嫉妬を感じた女性が居たとの表現もあったと記憶しています。

さらし刑に立つHester(blogspotより)

本作品(Signet Classic版)の60-61ページにその(様子が詳細に綴れれています。簡単に編訳します。

「金色の糸で赤地の文字の周りを鮮明に光るように見事に刺しゅうされ、年頃の衣装飾りのように輝き、その芸術的なセンスは贅沢を禁ずるこの社会の規制をはるかに超えたものです。彼女は背が高く完璧に近い体形で、その黒い豊かな髪は日の光に輝き、顔は色合い目鼻立ちといい美しく、くっきりとしたまゆに黒い澄んだ瞳をしています。牢獄に繋がれる前を知る者たちは獄中生活でさぞかしやつれた姿で出てくると思いきや、以前より美しくなり、誰よりも淑女のように威厳を持ち凛と立つ姿を見て驚きを隠せません。」


注目したのは、黒い豊かな髪、黒い澄んだ瞳です。一般的イギリス人とかけ離れた特徴です。以下のSignet Classic版の表紙絵がその特徴を忠実に再現しています。彼女はロマ二(Romani People)の血を引く女性であったのではないかと推察します。ヨーロッパ各地を移動し、ShakespeareのOthelloそして後のEmily BronteのWuthering Heights 『嵐が丘』のHeathciffもロマの人々であることからそのように想像していまいました。

The Scarlet Letter (Signet Classic版表紙)

そうであるなら、上述した如く、異質なもの、異端(カソリック教徒、クエイカー教徒、バプテスト教徒などを含む)、異邦人(Endicotの周辺のアボリジニ種族に対する虐殺戦争)に対する容赦ない仕打ちもそんな人種的背景が重なっていた可能性があります。魔女裁判で主の娘に魔法を掛けたとでっち上げられた住み込みのお手伝いの女性はカリブ海系であったとあります。幼い時に祖父から民話を主の幼い娘におとぎ話として聞かせただけなのです。異教徒、異文化を異質なものとして排除する、何か関係がありそうですね。真相はHawthorne研究者に委ねたいところです。

The Scarlet Letterの事件は魔女裁判の前景

このようにThe Scarlet Letterのストーリーは魔女裁判とほぼ同じ時期、同じ場所で起きたものと推察されます。The House of the Seven Gablesはその後1850年頃までのこのピューリタン・コミュニティーの歩みと考えられます。魔女裁判の事件はその後、子孫らが闘い名誉を回復します。The House of the Seven Gablesでは、魔女狩りの被害者の子孫が加害者の子孫を救います。The Scarlet Letterでは「Dimmesdale牧師と不変の愛で結ばれたのであり決して姦淫ではない」と密かに信じ、逆境に立ち向かうHesterの毅然とした生き方が、彼女自身を救うのです。Pearlにとってそれは誕生の原因であり自由に生きる原動力なのです。

Hauthorneのこれら2つの作品は、ピューリタンがゆがめた人物や事象を冷静に見つめ直し、こびりついてしまったスティグマに光を当てて引きはがしポディティブな流れを作ったことは確かです。彼の文学的創造力の成した技でしょう。偉大な文学にはそういう力があります。

今から50年前アメリカが建国200年(Bicentinnel)を迎えた1976年10月、筆者はワシントンD.C.のジョージタウンの短い秋を堪能していました。10月末になるとポットマック河に沿った地域の木々の葉が黄色と赤に染まりさらさらと音を立てながら一斉に散りはじめ10月31日はそのピーク、その美しかったこと。日が暮れると保護者に付き添われ、仮装した小さな子供たちが三々五々集まり近隣の家々の玄関の戸をコツコツと叩きます。家主が現れると鈴が鳴るような声でTrick or treat(魔法を掛けられか、お菓子をくれるか、どっち?)と言います。魔法(witchcraft)は近隣の触れ合いを促すメッセージ、過去の冤罪への反省の意がこもっているかのような静かでユーモラスな行事でした。懐かしいです。

1970年代10月末のジョージタウン (15 fall things to do in Georgetownより)




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