セルフネグレクトの伯父のこと②
以前書いた伯父の話の続きです。
たこ焼きを買ってきてほしいと伯父に頼まれたので老人ホームに持って行きました。すると、たこ焼きの入った袋をおぼつかない手つきでがさがさと探りながら「これはすぐに食べられるの?」と言われました。意味がわからなかったので聞き返すと「見えないから開けてほしい。ソースもかけて」と頼んできました。
伯父の話す内容のほとんどはこうしたことです。人の顔が見えない、テレビもよく見えない、手元が見えないから文字も書けない、書類が見えないから書いて、あれやってこれやって。見えない見えないとこぼすばかりでなんの行動もしません。病院にもかからず眼鏡を作るわけでもない。それでいてできないことはすべてわたしにやらせてくるのでいつもいやな気分になります。
ある日さすがに耐えられなくなり「見えないと言っててもなにも変わらないよ。眼鏡を作ればいいんじゃない?」と言いました。すると伯父は大きく目を見開き、まるでわたしがとんでもなく非常識な発言をしたかのように「出かけられないんだ!」と急にむきになって言い返してきました 。
出かけられない。出かけたとしても、まず病院に行って糖尿病からくるものかなんなのか調べなければいけない、それから眼鏡を作らなければならないし、そもそも出かけることができない。云々。
これも初めてのことではありません。以前電話で会話した時も同じ反応をされました。目が見えないなら眼鏡を作ればいいのでは、というごく普通のすすめに対して「とんでもないことを言うやつだ!」とばかりの剣幕で反論してくるのです。驚きますし、わけがわかりません。これまでにも体調を崩し、車に乗せてもらって病院を受診しているはずなのに、眼鏡を作るためには外出できないとはどういうなのことでしょうか。
「なに言ってんだこいつは…」という軽蔑のまなざしを浴び続けることに我慢ならなくなったわたしは、外に出られないとはどういうことなのか、外出を禁止されているのかと聞きました。すると一転して伯父の歯切れが悪くなったので、ちょうど近くに来た職員さんに尋ねてみました。
すると、外出はできるし眼鏡屋さんに来てもらうこともできるとのこと。ですよね…。それを直接職員さんから本人に説明してもらうと「…あ、そうなの?」という反応。……。┐(´ー`)┌
…というのが今年の5月頃の話でした。そのあと眼鏡屋さんが老人ホームに来てくれましたがどれも見えず、白内障の治療が先という結論になり、この夏伯父をようやく病院に連れて行くことができました。来月手術を受けます。
医師の説明によると伯父の容態は、普段診察している白内障の方々の病状をはるかに超える悪さなのだそうです。日常生活がままならないほどになるまで受診をしぶったのですから悪化したのは当然です。伯父は「目が見えないと困るね」と言いました。わたしは呆れはて「…そうだね」としか返事ができませんでした。
そもそも伯父がいま下半身の麻痺という重い障害を負っているのも、本人が自分の体調異常を放置したからです。そのためにいまは生活のほとんどに介助を必要としています。
それなのに、今度は目の症状を無視して手術をすることになりました。しかも重症なのでかつてのように見えるまでに回復するわけではありませんし、糖尿病でもあるためさらなる加療が必要になる可能性もあります。
困るのは自分(結果的にはわたしも)なのに、なぜ同じことを繰り返してしまうのでしょうか。病院が怖いのか、お金がもったいないのか、危機感がないのか。わたしにはさっぱりわかりません。
入院する際の申し込み書に記入しているとき、テレビの視聴が別料金のため伯父に「テレビはいる?(音だけでも聞きたいかもしれないし一応聞いとこ…)」と確認すると「目の手術するんだよ!?(見るわけねーだろ)」とのお返事でした。
ほんとにわたしを打たれ強くしてくれる人だなぁ〜〜〜。いつかナイスバルクになれそうです。ᕙ( • ‿ • )ᕗ ヌエ! ファビュラスマッスル!
ちなみに前の記事①で依頼されわたしが購入したスマホは目が見えないためまっっったく使っておらず、解約を検討しているそうです。ᕙ༼◕ ᴥ ◕༽ᕗ ヌエ! エレガントマッスル!
(ついでに)
伯父が手術をする病院は、わたしにとって「父が亡くなった場所」です。ですから何度訪れてもつらい気持ちがよぎります。
あの日わたしは入院する父を車に乗せてこの病院に来ました。そして手続きを終え、病室へ向かうエレベーターに乗りこむ父の背中を見送りました。それが最後に見た父の元気な姿でした。二度目の命日がすぎたいまでも悪い夢のようです。