No.21 難波啓一氏 〜生命の起源を探る、電子顕微鏡の最新技術〜
「“宇宙は人類最後のフロンティア”と言われるが、私は“生命も最後のフロンティア”だと思う」と話される難波先生は、お誕生の命名祈願で「将来は研究者になるよ、この子は」と大阪天満宮で預言されたそうです。好奇心の塊のような少年に刻まれた預言の記憶はその後に生物や物理を深く学ぶという行動を誘発し、大阪大学基礎工学部に新設されてまもない生物工学科という当時はまだ珍しい異質な組み合わせの分野に進むことになったのです。
――新しい分野の学科だそうですが、どこに触発されたのですか
「私は生物工学科第4期生でした。学生や先生も入れて200名規模でこじんまりとしていて、好きだった物理、工学、数学、大脳生理学など幅広く学ぶことができました。ご指導いただいた先生方も皆さん若くて柔軟な発想と異分野へのご理解があり、分野を問わず今で言う文理融合的な学びができたと思います。」
「大学院では筋タンパク質繊維のX線回折による観察に進み、その後もアメリカで5年間ポスドクとして研究ができました。帰国後にはつくばで新技術事業団のERATOプロジェクトに5年間参加し、その後も現パナソニックの京阪奈研究所にお誘いを受け、こちらでも10年間研究に従事できました。
光学顕微鏡でも見えないナノの世界にとらわれて、クライオ電子顕微鏡の技術を進歩させ、高速撮影や高解像度解析ができるようになり、学生時代の夢が現実になってワクワクする感覚を覚えました。」
――ご研究のクライオ電子顕微鏡の特徴は何ですか
「現在も開発が進む新しい技術ですが、観察試料をそのまま急速凍結して直接その透過像を観察できるということです。最近の技術進歩によってカメラの性能も飛躍的に向上し、解析に必要な時間が年単位であったものから時間単位になるまでのブレイクスルーが起きました。私が学生だった1970年代はタンパク質など観察試料をグリッド上で染色して乾燥させてから撮影するので、いわばアジの干物を焼いて覗くことになっていました。生命機能を支えるタンパク質の立体構造観察では、干からびたものを見て生の状態を想像するしかなかったのです。」
「私自身は生体分子モーターなどエネルギーを使って動く分子に関心があったので、クライオ電子顕微鏡の開発を進めつつ、骨格筋や心筋の収縮弛緩のメカニズムや細菌べん毛の自己形成や動作の機構など、生命システムの不思議さに触れることができてよかったです。」
――学生や後進へのメッセージをお願いします
「研究テーマもそうですが、自分が知りたいことの中でできるだけ大きな問題を設定し、長い時間をかけても解くぞと強く思うことが大事だと思いますね。いろいろな先生方と出会うことで研究の発想や視野が広がるものです。人との出会いも大切にしてほしいです。」
「生物のしくみは、宇宙の果てと同じように深く大きく広がっています。観察する対象も無限にあります。細胞の中で起きている事象を原子レベルで観察し続けることで、生命の不思議を解き明かしていただきたいですね。」
ミクロの世界はどんどん深く細かく、分子原子のレベルで観察ができるようになりました。その世界で何が起きているのか、生命の仕組みを探りたいために、生物学だけでは足りずに物理学、工学、数学、医学などを結集させて臨んでいる難波先生のエネルギーを感じたお話でした。先生の尽きることのない探究心や好奇心は、幼少の頃から、そして預言としてすでに芽生えていたのも不思議なめぐり合わせだったのですね。