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地域とアートがつなぐ時 #3|松川村の文化と食を伝える絵本①

長野県 安曇野 松川村での「アートプロジェクト」をご紹介するシリーズ「地域とアートがつなぐ時」。

今回は、2014年に出版された絵本『とんすけとこめたろう—はじめての 松川村—』をご紹介します。

『とんすけとこめたろう—はじめての 松川村—』
発行:松川村の暮らしと行事食を伝える会
発行日:2024年1月28日

絵本を制作した背景

秋の松川村の風景(2012年)|撮影者:「絵本プロジェクト」メンバー

この絵本は、松川村の文化と食を伝えるため、「松川村の暮らしと行事食を伝える会」(以下、「伝える会」)と武蔵野美術大学が共同で制作しました。

「伝える会」のメンバーは、松川村の農業を担ってきた女性有志の方々です。

メンバーのみなさんは、時代の流れとともに、松川村の伝統や文化が薄れていく状況を危惧されていました。

そこで、昭和30年代(1955〜1964年)の行事や行事食について、当時の生活を知るご年配の方や学識者の方から学び直し、若者世代や子どもたちに伝承する活動を開始。

秋祭りの行事食(2012年)|撮影者:浜田夏実

調べた内容をまとめる中で、「文章のみでまとめる方法だと、よほど興味がある方でないと、あまり身近に感じてもらえないのでは」と悩んだそうです。

そして、「子どもたちや子育て世代にも気軽に親しんでもらいたい」「松川村の文化を楽しく伝えたい」という思いから、絵本という形で継承しようと決意されました。

その後、「松川村 絵本プロジェクト」が発足し、武蔵野美術大学の今井良朗先生が監修され、7名の学生と「伝える会」のみなさんで絵本作りがスタートしました。

お盆のシーン(絵:浜田夏実)
秋祭りのシーン(絵:浜田夏実)

絵本の舞台とあらすじ

鬼の子「とんすけ」(左)とお米の神様「こめたろう」(右)
『とんすけとこめたろう—はじめての 松川村—』表紙の一部

絵本の内容を知っていただくために、舞台とあらすじをご紹介します。

絵本の舞台

舞台となるのは、昭和30年代の松川村。

昭和30年代は、高度経済成長期に差し掛かる前で、ご近所で協力して田植えをするなど、昔ながらの生活が残っていたそうです。

映画『となりのトトロ』の設定と年代が近いので、メイやサツキの生活を思い浮かべると、分かりやすいと思います。

また、「伝える会」のメンバーの中には、この頃に「子ども時代を過ごした」という方もいらっしゃいました。

幼い頃の体験を絵本に盛り込めば、子どもたちや若者世代により共感してもらえる内容にできるのでは、と考えました。

あらすじ

主人公は、鬼の子「とんすけ」です。

とんすけは泣き虫で、仲間の鬼から「よわむし とんすけ」と呼ばれています。

物語は、ある年の節分から始まります。

鬼のお父さんと一緒に松川村にやってきたとんすけ。

初めて人里を見てドキドキしていると、人間の子どもから豆を投げつけられ、驚いてしまいます。

そして、夢中で逃げて隠れているうちに、鬼たちはとんすけを置いて帰ってしまいました。

とんすけが困り果てていた時、お米の神様「こめたろう」や心優しい「はつよばあ」に出会います。

とんすけは、はつよばあの家で、来年の節分まで一緒に暮らすことになりました。

とんすけは、村の人たちと田植えをしたり、行事に参加したりして、だんだんと松川村の暮らしに親しんでいきます。

楽しい思い出ができたり、時には失敗もしたりと、とんすけは少しずつ成長していきます。

次の年の節分で、無事に鬼のお父さんと再会。

松川村で色々な経験をして成長したとんすけは、「もっと立派な鬼になる」と決意し、「また あそびにくるで!」と言って、住処に帰って行きました。

《絵本のポイント》

  • とんすけは、「初めて松川村の暮らしを知る」という立ち位置で描いています。当時の暮らしを知らない子どもや若者世代が共感できるよう、工夫しました。

  • とんすけが成長するストーリーとしても楽しめる内容にしました。

  • 「伝える会」のみなさんが特に伝えたい内容を、厳選して描いています。食卓や農耕器具、田植えのしかたなど、細部まで何度も修正を重ね、こだわって表現しました。

絵本の特徴

松川村の田んぼ(2011年)|撮影者:浜田夏実

絵本『とんすけとこめたろう—はじめての 松川村—』の特徴は、地域での活用を目的として制作した点です。

「絵本を作ったら活動は終わり」ではなく、松川村の方々が自由に活用できる絵本を作り、村の文化が長く語り継がれることを目指しました。

出版から10年経った今でも、安曇野ちひろ公園にある体験交流館では、絵本を読むコーナーや原画プリントの展示を楽しめるスペースがあります。

私は、2023年9月に体験交流館を訪れ、絵本が村の方々に親しまれていることを改めて実感しました。

体験交流館 絵本コーナー(2023年)|撮影:浜田夏実
体験交流館 絵本の原画プリント展示(2023年)|撮影:浜田夏実
体験交流館 入り口(2023年)|撮影:浜田夏実

体験交流館の中には、松川村の方々が手作りした「とんすけ」も並んでいます。

村の方々が作った「とんすけ」を見て、「今でも愛されているんだなあ」と、とても嬉しく感じました。

また、体験交流館では、絵本に登場する行事食を作る体験会や、とんすけの巻き寿司作りなどが行われています。

とんすけの巻き寿司(2023年)|撮影者:「絵本プロジェクト」メンバー

なお、松川村の様々な場所で、紙芝居の読み聞かせやオリジナルで制作した演劇の公演会なども開催されています。

絵本という形に留まらず、さらに発展を続けている点も、『とんすけとこめたろう』の特徴です。

10年もの時が経っても、松川村の方々の活動に役立てていただき、紙芝居や演劇としても親しまれている『とんすけとこめたろう』。

絵本作りの目標であった、

  • 松川村の文化と食を継承する

  • 松川村の文化や伝統を楽しく伝える

  • 子どもたちや子育て世代にも気軽に親しんでもらう

という3点を達成できたと感じています。


次回の記事からは、何回かに分けて、以下についてお伝えしていきます。

  • 絵本をどのように制作したのか?—プロセスの紹介

  • 絵本をどのように活用しているのか?—行事食のレシピ講座や演劇の紹介

次回は、長い間地域で親しまれる絵本がどのように作られたのか、ご紹介する予定です。

なお、「アートプロジェクト」について詳しく知りたい方は、第1回の記事で詳しくお伝えしていますので、ご覧いただけましたら幸いです!

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

▼第1回の記事はこちら

こちらの記事は、今井良朗先生のご著書『ワークショップのはなしをしよう 芸術文化がつくる地域社会』を参考文献として執筆しました。
ご興味のある方は、下記リンクからぜひ詳細をご覧ください。

『ワークショップのはなしをしよう 芸術文化がつくる地域社会』
著者:今井良朗
発行日:2016年2月10日
発行所:株式会社武蔵野美術大学出版局

▼シリーズ「地域とアートがつなぐ時」


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