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地域とアートがつなぐ時 #6|松川村の文化と食を伝える絵本④

長野県 安曇野 松川村での「アートプロジェクト」をご紹介するシリーズ「地域とアートがつなぐ時」。

2014年に出版された絵本『とんすけとこめたろう—はじめての 松川村—』を、数回にわたってご紹介しています。

この絵本は、松川村の文化と食を継承するため、「松川村の暮らしと行事食を伝える会」(以下、「伝える会」)と武蔵野美術大学が共同で制作。

「松川村 絵本プロジェクト」としてプロジェクト化し、2年間かけて制作・出版しました。

前回の記事では、私たち学生が松川村の文化を学んだプロセスをご紹介しました。

《ポイント》
・昭和30年代の生活を体験していない学生たちが、農作業や行事の様子を具体的にイメージするのは非常に難しかった

・学生たちは、松川村の文化を知るために、文献や聞き取りを通じてリサーチを行った。

・学生たちの疑問に「伝える会」が答えるかたちで、やりとりを重ねた。
「一緒に作っていく」という意識が生まれ始めた

・実際に行事の料理を作るなど、体験を通して学習を深めた

今回は、膨大な量のリサーチをもとに、四苦八苦してストーリーを作っていった過程をご紹介します。

絵本のストーリー作り

松川村でのリサーチの様子(2013年)|撮影者:「松川村 絵本プロジェクト」メンバー

リサーチを行った後は、いよいよ絵本のアイデアを出していきます。

アイデアを練るのは、プロジェクト監修者の今井良朗先生(武蔵野美術大学 造形学部 芸術文化学科 教授 ※当時)と私たち学生です。

この段階では、まだ絵は描かず、ストーリーを考えます。

なぜかと言うと、アイデアを出す際は、以下のポイントを押さえる必要があったからです。

調べた資料をそのまま絵本にするわけではない
オリジナルのストーリーを作ることが重要。
説明が多いと、従来の図鑑や知識絵本に近くなり、「松川村の文化を楽しく伝える」という目的を達成できない。

・現段階では、ストーリーを完成させなくて良い
→ストーリーを固めすぎてしまうと、自由に展開するのが難しくなる

学生それぞれが思い描いたアイデアを具体化する
→リサーチをもとに想像力を働かせ、ストーリーへと発想を膨らませる

今井先生は、「最初に絵を描くとイメージが固まってしまい、自由な発想をするのが難しくなります」とアドバイスをしてくださいました。

地域の文化を伝える絵本は日本各地にありますが、オリジナルの物語の絵本はあまり例がありませんでした。

前例が少ない中、新しいチャレンジとなるため、まずは枠にはめず自由にアイデアを出していくことが重要です。

それぞれの学生が、リサーチから思い浮かべたイメージをストーリーに仕立てていきます。

この時、誰が登場するのか、どんな料理が出てくるのかに注目し、場面をイメージしました。

たとえば、

登場人物:おばあちゃんと孫
場面:2人でアルバムの写真を眺めている
ストーリー:おばあちゃんが写真を見て思い出したことを、孫に語る

といった具合です。

いくつもストーリーを考え、今井先生と学生たちでブラッシュアップを重ねました。

最終的に、ストーリーは次の3つに絞られました。

①とんすけときーちゃん
鬼の子「とんすけ」が初めて松川村を訪れる。
村の女の子「きーちゃん」や住民たちと仲良くなり、村で一年を過ごす。

ダミー絵本『とんすけときーちゃん』豆まきのシーン

②だいちゃんとおこめの郵便屋さん
おこめの郵便屋さん「こめたろう」が手紙を配達する。
手紙は食材から調理器具に宛てたもので、両者をつなぐことで行事を伝える。

ダミー絵本『だいちゃんとおこめの郵便屋さん』
だいちゃんとこめたろうが出会うシーン

③たんすの手紙
女の子がおばあちゃんの家のたんすで手紙を見つける。
手紙には、ある女の子が体験した行事や思い出が綴られていた。

それぞれのストーリーにラフスケッチを添えた資料を作り、「伝える会」への発表の準備をしました。

「松川村の文化を正確に伝えたい」という想い

武蔵野美術大学メンバーによるストーリーの発表(2012年)
|撮影者:「松川村 絵本プロジェクト」メンバー

ついに、「伝える会」に3つのストーリーを発表する日を迎えました。

武蔵野美術大学メンバーが、具体的にアイデアを提案する、初めての機会です。

それぞれの案を考えた学生が、ストーリーを音読します。

「伝える会」のみなさんはじっと聞き入り、要所でメモを取りながら聞いてくださいました。

ストーリーの発表が終わった後、「伝える会」の方々から驚くほどたくさんのご意見をいただきました。

例えば、

「当時は、田んぼの形はこんなに真っ直ぐではなかった。区画が整備される前だったので、色々な形をしていた」

山並みは、実際の風景に基づいて描いてほしい。松川村のシンボルである有明山(ありあけやま)は必ず入れてほしい」

「豆まきのシーンで、村人が外に出て豆をまいているが、家の中から外に向かってまくのが原則

などです。

「伝える会」のメンバーは、昭和30年代に幼少期を過ごした方が多く、ストーリーをきっかけに当時を思い出したのです。

ラフスケッチの松川村の風景。田んぼは長方形で、有明山は描かれていません。
完成した絵本では、昭和30年代の松川村の風景を正確に描きました。
(絵本『とんすけとこめたろう—はじめての 松川村—』より)

また、「伝える会」のみなさんは、「昭和30年代の松川村の文化を正確に伝承する」ことを重視していたため、心を込めて教えてくださいました。

学生たちは、「リサーチを重ねてきたけれど、まだまだ知らないことがあるんだ!」と実感しました。

「もっと知りたい」という気持ちが強くなり、必死にメモをしたり、「田んぼの形はこんな風ですか?」と絵を描いたりして、正確な情報を集めていきます。

さらに、「伝える会」のみなさんは、ストーリーの発表の後すぐに、絵本を読み聞かせるところまで思い描いていました。

「絵があれば、子どもに『これなに?』と聞かれたときに答えやすい」
「絵本の読み聞かせに加えて、『こうやって使ったんだよ』とその場で話で補える」
「説明しすぎず、想像する余地は残したほうが良い」

など、絵本をどうやって使うかについても、ご意見をたくさんいただきました。

「伝える会」の方々は、「絵本をこんな風に活用したい」と先々のことまで考えて向き合ってくださっていたのです。

発表の後、武蔵野美術大学メンバー全員で、学生たちが集めた情報をシェアしました。

「田植えの様子を教えてもらった」
「想像していた行事とまったく違った」
「絵本をこんな風に活用したいとお話しがあった」

など、次から次へと興味深い情報が出てきます。

新しい発見がいっぱいでワクワクしました。

意見をまとめたり、ひとつの物語に仕上げたりと課題はありますが、「伝える会」が求める絵本に少しずつ近づいていく感覚がありました。

実は、「伝える会」のみなさんは、まさか自分たちがストーリー作りにも関わるとは考えていらっしゃらなかったそうです。

そのため、いくつものストーリーの案があったり、どんな絵本にしたいか考えたりすることに、最初は戸惑いを覚えたそうです。

しかし、絵本が完成した後、

「私たちもオリジナルな物語創作の過程を知り、自分たちでかかわったわけですから、この本にうんと思いが込められます」
「本当に愛着のある絵本になりました」

浜田夏実『絵本で伝える個人の記憶と地域の記憶—絵本の可能性とひろがり』
(卒業制作レポート 2014年)より抜粋

と話してくださいました。

「伝える会」が作った新しい物語

「伝える会」作 ダミー絵本『とんすけの松川一年』三九郎のシーン

ここからは、ストーリーをブラッシュアップする段階に入ります。

たくさんのご意見を反映しながら、以下の課題をひとつずつクリアしていきます。

《課題》
絵本に盛り込む内容を絞り込む
→網羅的なストーリーにすると、ページ数が多くなりすぎてしまう

・学生たちは昭和30年代を経験していないため、知りたいことをピックアップする
→若者世代や子どもたちを読者として想定しているため、知りたいポイントが共通している

主人公の設定をはっきりさせ、ストーリーの流れを明確にする
→たくさんの情報を盛り込もうとすると、登場人物が多くなったり、説明的になってしまう

最終的に、『とんすけときーちゃん』『だいちゃんとおこめの郵便屋さん』の2つに絞り、それぞれダミー絵本を制作しました。

ダミー絵本とは、ラフスケッチやテキストを仮にレイアウトした冊子のことです。

ダミー絵本『とんすけときーちゃん』とんすけ登場のシーン
ダミー絵本『だいちゃんとおこめの郵便屋さん』
だいちゃんが「みそたき」をするシーン

2冊のダミー絵本を「伝える会」に送り、次回の会議の前にイメージを確認してもらいました。

すると、ここで新しい展開が巻き起こります。

なんと、「伝える会」のみなさんが、2つのストーリーを合体させた新たなダミー絵本を作ってくださったのです!

それは、学生たちが作ったダミー絵本を切り貼りしたり、新たに絵を描き加えたりしてできたものでした。

別々の物語の主人公だった「とんすけ」と「こめたろう」が、1つの絵本に仲良く登場しています。

ダミー絵本『とんすけの松川一年』
とんすけとこめたろうが出会うシーン
ダミー絵本『とんすけの松川一年』
行事の内容が分かるよう、資料が貼り付けられたページもありました。

2つのストーリーを合わせた理由は、

  • 松川村に初めてやってきた「とんすけ」

  • 米づくりがさかんな松川村を象徴する「こめたろう」

という2人のキャラクターによって、「松川村らしさ」がより伝わるのではないかということでした。

こうして、絵本『とんすけとこめたろう—はじめての 松川村—』の原型が出来上がったのです。

「伝える会」の方々がダミー絵本を作ってくださったことに、武蔵野美術大学メンバー全員が感動しました。

「伝える会」の「私たちの手で作りたい」という強い思いが伝わり、私も涙が出たのを覚えています。

こうして、ダミー絵本を合作したことをきっかけに、両者が妥協せず、楽しみながら絵本を作っていく流れが生まれました


今回は、絵本のストーリー作りの過程をご紹介しました。

・膨大な量のリサーチをひとつのストーリーに反映させる

・松川村の文化を伝えるオリジナルの物語を作る

この2点を達成するために、多くの時間をかけ、丁寧に工程を進めてきました。

また、ストーリーを作る段階から「伝える会」と武蔵野美術大学メンバーが共同で制作したのも重要なポイントです。

「伝える会」の方々にとっては、「作る工程にも関わる」という想定外の出来事でしたが、最終的に愛着のある絵本に仕上がりました。

「自分たちの手で作った」と誇りに思えたことで、10年以上経った今でも、絵本を活用した様々なイベントが行われているのだと感じます。

次回は、いよいよ絵本が完成するところまでご紹介する予定です。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

こちらの記事は、今井良朗先生のご著書『ワークショップのはなしをしよう 芸術文化がつくる地域社会』を参考文献として執筆しました。
ご興味のある方は、下記リンクからぜひ詳細をご覧ください。

『ワークショップのはなしをしよう 芸術文化がつくる地域社会』
著者:今井良朗
発行日:2016年2月10日
発行所:株式会社武蔵野美術大学出版局

▼シリーズ「地域とアートがつなぐ時」


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